「平戸焼」は平戸市では買えません——あなたが探しに行くと空振りになります。
「平戸焼」という名前から、長崎県平戸市で作られていると思い込んでしまう方は少なくありません。しかし実際の産地は長崎県佐世保市三川内(みかわち)地区です。現在の正式な工芸品名称は「三川内焼(みかわちやき)」であり、経済産業大臣指定の伝統的工芸品としても「三川内焼」の名で1978年(昭和53年)に認定されています。
では、なぜ「平戸焼」と呼ばれるようになったのでしょうか?
江戸時代、この地域は平戸藩松浦氏の管轄下にありました。平戸藩の御用窯として生産された磁器は、幕府や朝廷への献上品として使われ、藩の名称にちなんで「平戸焼」と広く呼ばれるようになったのです。つまり「平戸」とは産地の地名ではなく、藩の名前に由来する呼称です。これが重要です。
歴史的な経緯も興味深いところです。1598年(慶長3年)、初代平戸藩主・松浦鎮信が朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の帰国時に、約100名の朝鮮人陶工を伴い帰国しました。朝鮮人陶工の巨関(こせき)が最初に開窯したのは現在の長崎県平戸市内でした。その後、1650年(慶安3年)に主力陶工が全員三川内山(みかわちやま)へ移転し、御用窯の体制が完成します。
三川内は、有田(佐賀県)や波佐見(長崎県)と隣接した「肥前窯業圏」の一角を担う産地でした。江戸時代の記録では「平戸焼」という呼び名が定着していましたが、現代では産地名「三川内」を冠した「三川内焼」が正式名称として用いられています。余談ながら、江戸時代に作られたものを「平戸焼」、明治以降のものを「三川内焼」と呼び分ける場合もあります。
つまり「平戸焼」=「三川内焼」です。
実際に産地を訪れる場合は、長崎県佐世保市三川内地区に向かうのが正しい選択です。平戸市を目指すと、窯元は一軒も見つかりません。焼き物目当てで長崎を旅するなら「佐世保市三川内」を目的地に設定するだけ覚えておけばOKです。
参考:みかわち焼の歴史(朝鮮陶工から御用窯成立まで詳細年表あり)|みかわち焼 三川内焼 総合サイト
平戸焼(三川内焼)が他の焼き物と一線を画す最大の理由は、その超絶技巧にあります。主な技法は「染付(そめつけ)」「卵殻手(らんかくで)」「透かし彫り」の3つです。それぞれを詳しく見ていきましょう。
まず「染付」は、白い素地に呉須(ごす)と呼ばれるコバルトを主成分とした顔料で絵付けし、透明釉をかけて高温で焼成する技法です。三川内焼の染付が際立っているのは、絵柄がパターン化・様式化されずに「絵画そのもの」のような写実性を持ち続けている点です。有田焼では主流の「しぼり濃み」ではなく、器を動かしながら呉須を染ませる「流し濃み」という独自の方法をとることで、濃淡による立体感や遠近感を表現します。他の産地とは確かに違います。
次に「卵殻手(らんかくで)」は、壁面の厚さがわずか1ミリ以下という極薄磁器です。光源にかざすと電球のように輝くほどの透光性を持ち、英語では "egg shell china"(卵の殻の磁器)と呼ばれました。1831年(天保2年)頃から輸出が始まり、ヨーロッパで爆発的な人気を獲得しました。コーヒー碗やワインカップとして西洋人の食卓に上り、「世界一薄い焼き物」として高い評価を受けたのです。2006年にはノーベル賞作家・大江健三郎氏にも贈呈されたことで知られる窯元も存在します。これは使えそうです。
そして「透かし彫り」は、素地が乾燥する前に細かく穴を開け、そこに透明釉を流し込む技法です。焼き上がると光にかざした際に幻想的な模様が浮かび上がります。特に「蛍手(ほたるで)」の名で知られ、かごの編み目のように見える全面彫りまで技法が発展しました。一つ穴を開けるたびに器が不安定になるため、全体のバランスを見極めながら作業を進める必要があり、非常に高度な集中力と技術が求められます。
このほかにも、土を盛り上げて立体的な絵柄を貼り付ける「置き上げ(おきあげ)」、手で磁器製の菊の花を一枚一枚切り起こす「菊花飾細工(きっかしょくざいく)」など、三川内焼独自の技法は多岐にわたります。
| 技法名 | 特徴 | 代表的な製品 |
|---|---|---|
| 染付(そめつけ) | 呉須(藍色)で絵画的に描く。流し濃みで遠近感を表現 | 唐子絵の湯呑・皿 |
| 卵殻手(らんかくで) | 厚さ1mm以下。光を通す極薄磁器 | コーヒー碗・ワインカップ |
| 透かし彫り(すかしぼり) | 穴を開け透明釉を流し込む。蛍手とも呼ばれる | 香炉・飾り瓶 |
| 置き上げ(おきあげ) | 土を盛って立体的な絵柄を作る | 壺・鉢 |
| 菊花飾細工(きっかしょくざいく) | 手捻りで磁器の菊を一枚ずつ作る超精密細工 | 香炉・装飾瓶 |
参考:みかわち焼の代表技法(各技法を動画で解説)|みかわち焼 三川内焼 総合サイト
三川内焼(平戸焼)を象徴するモチーフといえば「唐子絵(からこえ)」です。唐子とは、中国風の服装と髪型をした子どもの姿を描いた文様で、幸せや繁栄のシンボルとして江戸時代から現代まで描き続けられています。
唐子が三川内に登場したのは江戸時代、寛文年間(1661年頃)のことです。御用窯の絵師・田中与兵衛尚俊が、明代の染付から着想を得て考案したと伝わっています。当初は比較的自由に描かれていましたが、やがて「松の下で蝶などと遊び戯れる唐子」という形式が定まっていきます。献上品として様式化されると、口縁に「輪宝(りんぼう)」と呼ばれる連続文様が連なり、松・太湖石・牡丹をセットにした構図が主流になりました。
唐子の人数には意味があります。
1人・3人・5人・7人という奇数がほとんどで、中国の伝統において「多くの男児に恵まれること=最大の幸福」とされたことに由来します。偶数の唐子は非常にまれで、奇数を見かけたら「縁起物の正統な唐子」と覚えておけば問題ありません。
さらに意外なのが、唐子の顔の表情は窯元ごとに大きく異なるという点です。明治以降、各絵師が個性を加えるようになり、現在の唐子は窯によって表情も動きも全く違います。複数の窯元を回って「お気に入りの唐子」を探す、という楽しみ方を持っている愛好家も多くいます。これはいいですね。
「唐子絵」は、どんな食器に使われているかも確認しておくと購入時に参考になります。湯呑・飯碗・皿・蓋付きの碗(蓋茶碗)などの日用食器から、飾り皿や置物まで、幅広い製品に描かれています。唐子絵の食器は贈答品や記念品としても根強い人気があり、初めて平戸焼(三川内焼)を購入する方にも選びやすいアイテムです。
参考:唐子がおどる・三川内焼/平戸焼の技法と文様の詳細解説|骨董こたろう
平戸焼(三川内焼)の窯元は、長崎県佐世保市三川内地区に集中しています。三川内皿山を中心に、複数の窯元が徒歩圏内に点在しており、「窯元めぐり」として一日で複数の窯元を訪問できます。
アクセス方法は以下の通りです。
主な窯元を紹介します。
窯元では実際の作業を見学できる場合が多く、絵付け体験を実施している窯元もあります。たとえば「嘉泉窯(かせんがま)」では染付体験ができ、平戸焼の技法を自分の手で体感できます。見学や体験を希望する場合は、事前に各窯元へ連絡しておくのが確実です。
また、三川内地区には「三川内焼伝統産業会館(みかわち焼美術館)」があり、御用窯時代の名品や現代作家の作品を鑑賞できます。窯元めぐりの前に立ち寄ることで、平戸焼の歴史と技法への理解が深まります。入館後に窯元を回ると、作品の見方が格段に変わります。
参考:みかわち焼ガイドマップ(窯元の場所と三川内へのアクセス詳細)|みかわち焼 三川内焼 総合サイト
平戸焼(三川内焼)は現地に行かなくても購入できます。主な入手方法は「現地窯元での直接購入」「オンラインショップ」「骨董・専門店」の3パターンです。
現地窯元での直接購入は、最も品揃えが豊富で、職人と直接会話しながら器を選べるメリットがあります。平戸松山窯や平戸洸祥団右ヱ門窯などは展示販売スペースを設けており、湯呑・皿・蓋茶碗などの実用品から、透かし彫りの飾り物まで幅広く揃っています。一般的な染付の湯呑で3,000〜8,000円程度、唐子絵の湯呑セットで15,000〜30,000円程度が目安です。卵殻手や透かし彫りの作品は職人の超絶技巧が価格に反映されるため、数万円〜十万円台になることも珍しくありません。
オンラインで探すなら「三川内焼オンライン・ショップ」が産地公認の総合ショップとして機能しています。複数の窯元の作品を一度に比較できるため、初めて購入する方にも利用しやすい構成です。ヤフオクやメルカリでは骨董・中古品の平戸焼白磁の平均落札価格が約24,756円(過去120日分のデータ)と記録されており、アンティーク好きにはネットオークションも選択肢になります。
古い平戸焼(骨董・古平戸)を求めている場合は、専門の骨董商・鑑定士が在籍する店舗に相談するのが安全です。偽物や他産地品との混同リスクを避けるためにも、長年のキャリアを持つ専門店に依頼することをおすすめします。たとえば福岡市博多区に実店舗を構える「天平堂(TENPYODO)」は平戸焼の販売・買取に特化した実績ある専門店です。
現地を訪問する際は、毎年春と秋に開催される「三川内焼陶器市(はまぜん祭り)」も狙い目です。窯元が直接販売するアウトレット品や新作を格安で入手できるチャンスがあります。アウトレットコーナーでは通常価格の30〜50%引き程度で手に入れられる場合もあり、陶器好きなら見逃せません。これは使えそうです。
参考:世界が認めた「みかわち焼」の三川内皿山をあるく(窯元・体験・購入情報)|佐世保観光情報