トヨタ自動車は、次世代のバッテリー技術として期待される全固体電池の実用化に向けて、着実に歩みを進めています。2023年6月には従来のハイブリッド車への搭載計画を見直し、2027~2028年にバッテリーEV(BEV)での実用化を目指すことを発表しました。この戦略転換は、電池の耐久性を克服する技術的ブレイクスルーを発見したことが大きな要因となっています。
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2024年には実証ラインを稼働させ、全固体電池の量産技術を確立する段階に入りました。さらに2025年1月にはパイロットラインの稼働を開始し、集約化、連続化、高速化をコンセプトに量産コストを下げるための研究を進めています。経済産業省も2024年9月にトヨタの全固体電池計画を「蓄電池に係る供給確保計画」として認定しており、2026年から段階的に生産を開始し、2030年には年間9GWhという本格的な量産体制を確立する予定です。
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トヨタが開発する全固体電池は、従来のリチウムイオン電池を大きく上回る性能を持っています。最大の特徴は、フル充電時間を10分以下に短縮できる点で、これはガソリン車の給油時間に匹敵する利便性です。航続距離も約1200キロに達し、現行のEVが抱える「航続距離への不安」という課題を一気に解決できる可能性を秘めています。
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全固体電池が優れている理由は、電解質が液体ではなく固体であることにあります。従来のリチウムイオン電池では可燃性の液体電解質を使用していたため、液漏れや発火のリスクがありました。しかし全固体電池は固体電解質を採用することで、これらの安全性の問題を大幅に改善しています。さらに高温に強い性質を持つため、充電時に発生する熱に対しても耐性があり、超急速充電が可能になります。
参考)マンスリーコラム
エネルギー密度についても、リチウムイオン電池の2~3倍に達するとされています。これにより同じサイズでより大きな電力を蓄えられるため、バッテリーの小型化や車両重量の軽減が可能となります。結果として車内空間を広げたり、リチウムイオン電池に必要だった冷却機構を省略できるなど、車両設計の自由度が大幅に向上します。
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トヨタの全固体電池実用化を支える重要なパートナーが出光興産です。両社は2023年10月にBEV用全固体電池の量産実現に向けた協業を発表し、数十名規模のタスクフォースを立ち上げました。協業の対象となるのは、BEV向けに高容量・高出力を発揮しやすい硫化物系の固体電解質です。この硫化物固体電解質は柔らかく他の材料と密着しやすいため、電池の量産がしやすいという特徴があります。
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出光興産が全固体電池の材料開発で重要な役割を果たせる理由は、石油精製技術にあります。硫化物系固体電解質の原料となる硫黄は、実は原油精製の脱硫工程で副産物として大量に発生します。出光興産はこの硫黄成分の有用性を1990年代半ばから見出し、長年の研究力と技術力によって固体電解質を生み出すことに成功しました。この独自の製造プロセスにより、出光社内で硫化リチウムを安定的に調達できる体制を構築しています。
参考)出光とトヨタ、バッテリーEV用全固体電池の量産実現に向けた協…
2025年2月には、硫化リチウムの大型製造装置の建設を決定しました。この装置で製造した硫化リチウムを用いて、パイロットプラントで硫化物系固体電解質を生産し、トヨタに納品する計画です。出光興産は2030年に1000トン/年規模の生産を目指しており、トヨタへの供給で成果を出せた後は他社への販売も構想しています。
参考)https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2502/28/news139.html
全固体電池の実用化において、もう一つの重要な技術が正極材です。トヨタは2025年10月8日、住友金属鉱山と全固体電池用の正極材量産に向けた協業を発表しました。全固体電池の課題の一つは、充放電を繰り返すと正極材が劣化することでした。この問題を解決するため、住友金属鉱山が持つ独自の粉体合成技術を活用し、耐久性に優れた正極材を両社で新たに開発しました。
参考)住友金属鉱山とトヨタ、全固体電池用の正極材量産に向けて協業
住友金属鉱山は20年以上にわたり多くの電動車に正極材を提供してきた実績があります。この豊富な知見を活かし、全固体電池に適合する新開発の正極材を供給し、その後の量産化を目指しています。BEVに搭載した場合、航続距離の拡大や充電時間の短縮、高出力化などの性能向上が見込まれます。
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正極材の開発は、全固体電池の性能を左右する重要な要素です。従来のリチウムイオン電池では、正極にリチウムを含むLiCoO2などの金属酸化物を使用していましたが、全固体電池ではより高いエネルギー密度と耐久性を実現するために、新たな材料設計が必要とされています。トヨタと住友金属鉱山の協業は、この技術的な壁を乗り越えるための重要なステップとなっています。
全固体電池の実用化には、リチウム、ニッケル、コバルトといった鉱石資源が不可欠です。これらはレアメタルと呼ばれ、埋蔵地が南米や特定の国に偏在しているため、地政学的リスクや資源の安定供給が大きな課題となっています。2030年までに電気自動車用バッテリーの生産に必要な一次原材料は、リチウムが25万~45万トン、コバルトが25万~42万トン、ニッケルが130万~240万トンに達すると予測されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8412975/
特にリチウムは、全固体電池でも電解質の材料として必須です。現在、脱炭素化の流れにより全世界でリチウムの需要が急増しており、価格高騰や供給不安が懸念されています。リチウムは鉱石と塩湖から採掘され、鉱石由来は主に豪州で、塩湖由来は主にチリやアルゼンチンで採掘されます。このような資源の偏在は、EVやバッテリーのサプライチェーンの持続可能性を脅かす要因となっています。
参考)次世代エネルギーの革新!高性能バッテリー「ナトリウムイオン電…
興味深いことに、トヨタと出光興産が開発する硫化物系全固体電池は、この資源問題に対して一つの解決策を提示しています。硫化リチウムの原料である硫黄は、石油精製の脱硫工程で副産物として発生するため、高価なレアメタルを使用する一部の電池と異なり、資源調達の観点でメリットがあります。ただし、リチウム自体は依然として必要であり、長期的には資源の確保とリサイクル体制の構築が重要な課題となります。
参考)https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2508/28/news005_2.html
全固体電池の実用化における最大の課題の一つが、製造コストです。全固体電池の製造には高価な材料と高度な製造技術が必要で、特に高純度の固体電解質や特定の電極材料のコストが大きな障壁となっています。科学技術振興機構(JST)の2020年の資料によると、硫化物系の全固体電池の製造コストは従来のバッテリーより4~25倍高いと試算されています。
参考)全固体電池のメリット・デメリットとは?仕組みや実用化への課題…
製造コストが上昇する理由は、新規材料を使う全固体電池の量産プロセスがまだ確立されていない点にあります。従来のリチウムイオン電池とは異なる製造プロセスが必要なため、新たな製造設備を導入する初期投資費用が課題となっています。トヨタはこの課題を解決するため、パイロットラインで量産技術の確立に取り組んでおり、集約化、連続化、高速化をコンセプトにコスト削減を進めています。
参考)全固体電池の実用化における課題と対策 ~コスト・安全性・環境…
また、固体電解質と電極材料の界面抵抗も技術的な課題です。全固体電池では、固体同士の接触面での抵抗が高くなりやすく、これが電池の性能を低下させる要因となります。トヨタは耐久性を克服する技術的ブレイクスルーを発見したとしていますが、さらなる性能向上と量産技術の最適化によって、全固体電池のコスト面での競争力を高めることが求められています。実用化のためには、技術革新とともに規模の経済による低コスト化が不可欠です。
参考)全固体電池とは?仕組みや種類、メリット・デメリットなどを解説…
トヨタ自動車 - 住友金属鉱山とトヨタ、全固体電池用の正極材量産に向けて協業
正極材開発の詳細と両社の協業内容について
出光興産 - 出光とトヨタ、バッテリーEV用全固体電池の量産実現に向けた協業を発表
硫化物系固体電解質の開発と量産化計画について
日本経済新聞 - 住友金属鉱山とトヨタ、全固体電池量産で協業 正極材で耐久性
全固体電池の実用化スケジュールと正極材の劣化課題について