秀衡塗の箸を食洗機で洗うと、金箔が高温で発火する危険があります。
秀衡塗の起源は、平安時代末期(12世紀頃)にさかのぼります。奥州平泉を支配した奥州藤原氏の第3代当主・藤原秀衡が、京の都から漆職人を招き寄せ、地元特産の漆と金をふんだんに使った器を造らせたのが始まりとされています。平泉といえば世界遺産「中尊寺金色堂」で知られる場所です。この金色堂の内陣にも、漆・金箔・金銀蒔絵・螺鈿など多彩な漆芸技術が使われており、当時の平泉が日本屈指の漆芸文化の中心地であったことがわかります。
秀衡塗の箸に入る、あの黒と朱の美しい色味は、偶然に生まれたものではありません。黒漆を下地に塗り重ね、その上に朱漆を重ねていく技法によって生み出されています。長年使い込むと朱の表面が少しずつ剥れ、下の黒漆が顔を出す「根来(ねごろ)」と呼ばれる独特の風合いが生まれます。これは茶人や民芸運動家たちが「使い込まれた美」として高く評価してきた点です。つまり、朱と黒のコントラストは、秀衡塗の本質そのものといえます。
一度は明治・大正時代に秀衡椀の装飾技術が途絶えかけました。それを昭和11年に翁知屋2代目・佐々木誠氏が独自の金箔張り技術を開発し復活させ、日本橋・高島屋での発表で大好評を博しました。民芸運動の父・柳宗悦もその美しさに感銘を受け、翌年研究者を連れて現地を訪問しています。歴史の危機を乗り越えた工芸品であることを知ると、手にしたときの重みがひとつ変わります。
現在では、岩手県平泉町を中心に少数の職人によって丁寧に作られており、経済産業大臣指定の「伝統的工芸品」にも認定されています。伊勢志摩サミット(2016年)でG7各国首脳への贈呈品にも秀衡塗が選ばれたことで、世界的な知名度も高まりました。
翁知屋 公式サイト「秀衡塗とは」- 秀衡塗の歴史と起源について詳しく解説されています
秀衡塗の箸を手に取ると、まず目に飛び込むのが菱形の金箔模様と、色鮮やかな漆絵です。この菱形模様は「有職菱紋(ゆうそくひしもん)」と呼ばれています。平安時代の公家社会で用いられた格式ある文様が由来で、「職が有る者(位の高い人物)が職人に命じて作らせた菱形模様」という意味合いを持ちます。
有職菱紋は、菱形と短冊形に切った本金箔を「源氏雲(げんじぐも)」と呼ばれる雲の形の上に組み合わせて配置することで完成します。源氏雲は、平安時代の絵巻物にしばしば登場する雲形モチーフです。金箔の間に描かれた草花には「子孫繁栄・豊作」の願いが込められており、縁起の良い文様としても知られています。金箔が敷き詰められた佇まいは、まさに贈り物にぴったりです。
朱と黒のどちらの箸にも、この有職菱紋が入ります。ただし、朱ベースの箸と黒ベースの箸では、金箔の輝き方や草花文様の見え方が大きく異なります。朱の地に金箔が乗ると、華やかで温かみのある印象になります。一方、黒の地に金箔が乗ると、深みと格調が増し、引き締まった美しさを感じさせます。この違いが、秀衡塗の朱・黒の大きな選びどころのひとつです。
金箔は上にコーティングされていないため、長年使い続けると少しずつ剥れていきます。これを「不良品では?」と思う方もいますが、実際には違います。16世紀安土桃山時代の古代秀衡椀の現存品も、金箔はほとんど剥れた状態で、現在は一つ数十万円の美術工芸品として扱われています。使い込むほどに「育つ」工芸品というのが、秀衡塗の本質です。
翁知屋 公式ブログ「秀衡塗の模様の意味と金箔のはがれについて」- 模様の意味や金箔の扱いについて職人が直接解説しています
秀衡塗の箸を購入しようとしたとき、「朱にするか黒にするか」で悩む方は少なくありません。まず知っておきたいのは、価格帯の目安です。入門的なウレタン塗装の朱・黒箸は1,264円(税込1,390円)前後から購入できます。一方、八角箸など本格的な漆塗りタイプは7,000円台を超えるものもあり、用途と予算に合わせて選ぶことが大切です。
朱(赤)色の箸について説明します。朱は古来から「魔除け・生命力・お祝い」を象徴する色とされています。日本の神社の鳥居や仏具にも朱が多用されているのも、この縁起の良さからです。秀衡塗の朱箸は、食卓に華やぎをもたらす色味で、毎日の食事が少し特別に感じられます。夫婦箸では、女性側の箸として朱が選ばれることが多いです。
黒色の箸について説明します。黒漆は、塗り重ねを重ねるほどに深みが増す色です。格式・威厳・堅牢さを表し、男性的な印象を与えます。夫婦箸では男性側として選ばれることが多く、また贈り物としては格式ある場(就任祝い、周年記念品など)に向いています。黒地に金箔の有職菱紋が映える佇まいは、漆工芸の真骨頂といえます。
| 比較項目 | 🔴 朱(赤) | ⚫ 黒 |
|---|---|---|
| 印象・雰囲気 | 華やか・温かみ・祝い | 格式・深み・落ち着き |
| 伝統的な意味 | 魔除け・生命力・縁起 | 堅牢・威厳・永続性 |
| 夫婦箸での役割 | 女性側(長め22cm前後) | 男性側(長め23cm前後) |
| 贈り物の場面 | 結婚祝い・お誕生日・お土産 | 就任祝い・周年記念・御礼 |
| 使い込んだ変化 | 根来模様(黒が顔を出す) | 艶が増す・金箔が育つ |
夫婦や家族へのプレゼントには、朱と黒の1膳ずつのセット「めおと対応(夫婦箸)」が人気です。二本で一膳、つまり「二人が揃って完成する」という意味を持つお箸は、結婚祝いや記念日ギフトに最適な贈り物として長く親しまれています。なお、箸は「橋渡し」という語感から「人と人をつなぐ」縁起物でもあります。プレゼントにそういう文脈があることを添えると、受け取る側の喜びが増すでしょう。
秀衡塗の箸のお手入れは、普通の食器よりも少しだけ気を遣う必要があります。ただ、覚えるポイントは多くありません。正しく扱えば世代を超えて使えるのが秀衡塗の強みなので、基本さえ押さえておけば大丈夫です。
まず最大の注意点から確認します。電子レンジ・食器洗浄機・食器乾燥機は絶対に使用しないでください。これは単に「傷む」という話ではありません。金箔が高温に晒されると発火する危険性があります。食洗機のカタログにも「漆器は洗わないでください」と明記されているほどです。秀衡塗の箸を食洗機に入れてしまうと、最悪の場合、火災に発展するリスクがあります。これだけは絶対に守る必要があります。
洗い方の基本は、ぬるま湯と中性洗剤、柔らかいスポンジの手洗いです。食後すぐに洗うことが望ましく、ご飯粒などが付着している場合は5〜10分程度水に浸けてからやさしく洗います。金箔部分は特に力を入れずに撫でるように洗いましょう。スチールたわしやクレンザーなどの研磨剤入り洗剤は塗面を傷めるため使用禁止です。
洗い終わったら、すぐに乾いた布で水気を拭き取ることが重要です。濡れたまま放置すると、木地が水分を吸って変形・割れの原因になります。
直射日光に長時間あたると、艶が落ちて漆が分解され、触ると手に粉状の漆が付くほど劣化します。また、極度の乾燥環境に長期間置くと木地が反ったり、割れたりすることがあります。台所の食器棚が最も適した保管場所です。
丸三漆器 公式サイト「お手入れ・修理」- 職人目線での正しいお手入れ方法と修理受付情報が掲載されています
秀衡塗の箸を購入するとき、多くの方が「ウレタン塗装」と「本漆塗り」の違いを意識せずに選んでいます。実はこの違いが、使用感・寿命・価格に大きく関わる重要なポイントです。
ウレタン塗装の秀衡塗箸は、1,100〜1,400円前後と手ごろな価格で入手できます。秀衡塗の有職菱文様を手軽に楽しめる入門品として、観光土産や贈り物に広く使われています。耐久性はそれなりにありますが、長期間使うと漆塗りのような深みのある経年変化は期待できません。
本格的な本漆塗りの秀衡塗箸になると、価格は5,500円〜7,200円台以上になります。これは単に素材が違うだけでなく、工程数がまったく異なるためです。本漆塗りは下地から上塗りまで何度も塗り重ね、乾燥させる工程を繰り返します。乾燥だけで数日かかる工程もあり、職人の時間と技術が凝縮されています。使い込むほどに艶が出て手に馴染む「育つ箸」という体験ができるのは、本漆塗りならではです。
ウレタン塗装の寿命は使用頻度にもよりますが、おおむね1年前後を目安に買い替えるケースが多いです。本漆塗りは適切にお手入れすれば10〜15年、さらには世代を超えて使い続けることができます。単純な年間コストで比較すると、本漆塗りのほうが長期的には割安になることも十分あります。これは使いやすさです。
購入場所については、岩手県平泉町の「翁知屋」と「丸三漆器」が2大代表産地工房です。東京では日本橋や岩手県アンテナショップ「いわて銀河プラザ」(東京・銀座)でも実物を確認して購入できます。オンラインで購入する際は、写真の色味とモニターの発色の差に注意が必要です。「朱」の深さは商品によって異なるため、可能であれば実物確認がベストです。
なお、2016年の伊勢志摩サミットでG7各国首脳への贈呈品として秀衡塗が選ばれたことは、品格の証といえます。世界の首脳が手にした工芸品を日常使いできるという点も、秀衡塗の箸の魅力のひとつです。
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