「奥高麗茶碗」と検索している人でも、本物の桃山時代の古唐津を値段で見分けられず、数十万円の損失を出している人が後を絶ちません。
奥高麗茶碗を語るうえで、まず避けて通れないのが「奥高麗とは何か」という問いです。これが意外と奥深く、研究者の間でもいまだ定説がありません。
奥高麗茶碗は、桃山時代(16世紀末〜17世紀初頭)に九州肥前地方、現在の佐賀県唐津市周辺で焼かれた古唐津茶碗の一種です。朝鮮半島の高麗茶碗、とりわけ熊川(こまがい)茶碗の形や雰囲気を手本にして作られたものとされています。つまり、名前に「高麗」が入っていても、朝鮮から輸入された茶碗ではなく、日本の唐津窯が焼いた国産品だという点が重要なポイントです。
「奥」という字の意味についても諸説あります。「往古(おうこ)=古い」を意味するという説、「朝鮮よりも内陸の奥で産した」という説、その他にも複数の解釈が存在し、根津美術館が2024年に開催した特別企画展「謎解き奥高麗茶碗」でも、その成立の謎を解明しようと試みられました。窯跡の特定もできていないため、焼かれた場所すら現在も正確にはわかっていません。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 産地(推定) | 佐賀県唐津市周辺(肥前地方)の唐津窯 |
| 時代 | 桃山時代(16世紀末〜17世紀初頭)が古唐津の名品 |
| 手本 | 朝鮮・熊川茶碗など高麗茶碗の形を写したもの |
| 特徴 | 枇杷(びわ)色の土肌、無文、椀形、土見せ部分が多い |
| 分類 | 古唐津の一系統(唐津焼の範疇) |
形の特徴としては、枇杷色(淡い橙〜茶色)の土肌、文様のないシンプルな椀形、高台まで釉薬をかけずに土が露出する「土見せ」の部分が多いことが挙げられます。土は他の唐津茶碗より粒子が細かく「ねっとり感がある」と評されることが多く、薄くかかった釉薬の下に高台周辺の「梅花皮(かいらぎ)」が見られるものも珍重されます。
これが奥高麗の基本です。
著名な陶芸家・加藤唐九郎はその著書の中で、奥高麗茶碗について「薄い釉で、何の変哲もなく、表面に力を見せていない。これがまたいいんだね」と述べており、一見地味に見えながら深い味わいをもつ点がこの茶碗の本質といえるでしょう。
参考:奥高麗茶碗の成立と謎に迫る根津美術館の特別企画展の展示内容と解説が詳しい
根津美術館「謎解き奥高麗茶碗」展示情報(根津美術館公式)
参考:MIHO MUSEUMが所蔵する銘「入舟」を通じ、奥高麗茶碗の形状・胎土の特徴が詳しく解説されている
奥高麗茶碗 銘 入舟(MIHO MUSEUM公式)
奥高麗茶碗の値段は、一口に言えるほど単純ではありません。同じ「奥高麗茶碗」という名前でも、古唐津の名品と現代作家の作品では、価格が数百倍異なる場合があります。
まず、オークション市場のデータを見てみましょう。Yahooオークションの過去120日分の落札データによると、「奥高麗茶碗」というキーワードで落札された約370件の平均価格は17,365円でした。最安値は300円、最高値は655,600円と、幅が非常に大きいことがわかります。
これは驚きの数字ですね。
しかしこの「平均17,365円」という数字は、時代物の本物の古唐津とは切り離して考える必要があります。オークションで流通している多くの品は、現代の写し物や時代の浅い唐津焼であるためです。桃山時代の本物の古唐津・奥高麗茶碗となると、話はまったく別になります。
| カテゴリ | 値段の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| オークション平均(全般) | 約17,365円 | 現代品〜時代物混在(Yahoo!オークション) |
| 現代作家・岡本作礼 | 220,000円 | 唐津の人気作家作品(窯と土) |
| 現代作家・丸田宗彦 | 275,000円〜 | しぶや黒田陶苑での販売価格 |
| 現代作家・辻村史朗 | 550,000円 | gallery yamahon(人気作家) |
| 桃山時代の古唐津買取実績 | 335,000円(買取価格) | 状態良好品(2021年実績) |
| 桃山時代の名品・伝世品 | 1,500万円前後〜 | 「奥」の「古い」に由来する最上品 |
名品の世界を示す例として、あるブログの記録には「奥高麗の名品の価格は1,500万円」という記述があります。また、2024年7月放送の「開運!なんでも鑑定団」では、20年来の焼物コレクターがネットオークションで格安で入手したと信じていた奥高麗茶碗について、鑑定士・中島誠之助氏が「近代の唐津焼であり、奥高麗ではない」と判定するケースが放映されました。本人評価額は200万円でしたが、鑑定の結果は違うものでした。これは非常に示唆的な事例です。
つまり奥高麗の値段です。現代作家品は20〜55万円台が相場のラインと考えるとよいでしょう。
桃山時代の本物の古唐津・奥高麗茶碗については、唐津焼の専門買取業者によれば「桃山時代の唐津焼のぐい呑だと百万円を超えるものもある」とされており、茶碗サイズで状態が良ければ100万円を超えることも珍しくありません。さらに銘入りの名品・伝世品ともなると、数百万円〜数千万円の世界になります。
参考:桃山時代の奥高麗茶碗(古唐津)の実際の買取価格と査定ポイントが掲載されている
桃山時代の奥高麗茶碗(古唐津茶碗)を購入しました(出張買取ドクター)
奥高麗茶碗の価格がここまで大きく変わる理由は、単に「古さ」だけではありません。茶の湯の美意識に基づく複合的な価値判断が、値段を動かしています。
① 時代・産地の真正性
最も根本的な要素です。桃山時代の古唐津か、江戸時代以降の唐津焼か、それとも現代作家品かで、値段のスケールが完全に変わります。本物の奥高麗茶碗は「胎土が非常に緻密で、ねっとりとした感触がある」ことが特徴で、新しい唐津焼とは土の質が根本から異なります。これが基本です。
② 高台の作り
奥高麗茶碗の見どころとして専門家が必ず挙げるのが高台(こうだい)です。高台周辺の「縮緬皺(ちりめんじわ)」や「梅花皮(かいらぎ)」の出方が評価の対象となります。ただし注意が必要で、縮緬皺や三日月高台などの「約束事」は贋作でも意図的に再現されるため、これだけで判断してはいけません。
③ 釉薬の景色
薄く施された釉薬の下から、枇杷色の土肌が透けて見える独特の表情が奥高麗の魅力です。釉薬が自然に流れて変化した「景色(けしき)」の豊かさも評価を高めます。高台近くに現れる梅花皮(釉がエイの皮のように粒立ちした部分)は特に珍重されます。
④ 銘・箱・来歴(伝来)
著名な茶人や大名が所持した来歴(伝来)があるもの、または固有の「銘」がつけられた名品は、値段が大幅に上がります。奥高麗茶碗の代表的な銘品としては、利休所持伝来の「ねのこ餅」、松平不昧蔵の「秋夜」、文人石川丈山所持の「さざれ石」、そして是閑・中尾・真蔵院などの名品が知られています。共箱(作家や伝来の人物による箱書)があるかどうかも査定額を大きく左右します。
⑤ 状態(キズ・金継ぎ)
古陶磁では「キズ」や「金継ぎ(きんつぎ)」の有無も価格に影響します。ただし茶の湯の世界では、金継ぎが施された名碗はその侘び(わび)の美学とともに高く評価されることもあり、一概にマイナス要因とはなりません。桃山時代の唐津の酒盃では「キズがあっても一客50万円から」という評価がなされる世界です。
参考:古唐津の贋作の種類と見分け方の限界について、専門家視点で詳細に解説されている
古唐津の贋作にはどのようなものがあるか(kokaratu.com)
奥高麗茶碗の世界で最も気をつけなければならないのが贋作(がんさく)問題です。古唐津専門家の言葉を借りれば、「奥高麗茶碗は非常に高価であり、贋作が多く出回っている。掘り出し物は皆無の状態」と言い切られるほど、市場は混濁しています。
奥高麗茶碗に贋作が多い理由は明確です。値段が高いこと(桃山時代の名品は数百万〜数千万円)、かつ作風が「くだけた」素朴なもので、精密な文様が不要なため写しやすいという二点が重なるためです。
贋作の見分けが難しい最大の理由は、「約束事の逆転現象」にあります。縮緬皺や三日月高台などは本物の唐津焼に見られる特徴として広く知られており、贋作師もこれを必ず再現します。つまり「縮緬皺がある=本物」とは言えず、むしろ贋作のほうが「約束事」を律儀に守っている場合があります。本物の古唐津は、必ずしもこれらの約束を揃えていないというのが皮肉な現実です。
痛いですね。
また、「二度焼き(再焼成)」という手法も存在します。発掘品など価値の低い古唐津を素材に再度高温で焼き直すことで、釉薬の光沢を増し、傷や風化を隠すことができます。胎土が古い土であるため鑑定が難しく、専門家でも判断に迷うケースがあります。
では、どう対処すればいいのでしょうか?
現実的な対策として、次の3点が有効です。
- 信頼できる専門店・老舗骨董商からのみ購入する:古唐津を専門に扱い、長年実績のある業者を選ぶことが最重要です。「なんでも鑑定団」の鑑定士・中島誠之助氏のようなトップ鑑定士でも難しいと言われる世界です。
- ネットオークションでの「掘り出し物」に期待しない:先述の鑑定団の事例のように、「格安で名品を入手した」というケースが本物であることは極めて稀です。
- 共箱・来歴書類の確認:著名作家や伝来が明確な品には、信頼性を裏付ける共箱や箱書が伴います。ただしこれも偽造されることがあるため、一つの参考情報として扱うことが必要です。
参考:「開運!なんでも鑑定団」での奥高麗茶碗の鑑定事例(本物と認められなかったケースも掲載)
開運!なんでも鑑定団「奥高麗茶碗」鑑定結果(テレビ東京公式)
桃山時代の古唐津を本物で入手するのは現実的に難しいとしても、奥高麗茶碗の世界に触れる方法が一つあります。それが現代作家による「奥高麗写し」の茶碗です。
唐津焼の現代作家の中には、古唐津の様式を深く研究し、桃山時代の奥高麗の精神を現代の技術で再現しようとしている作家が複数います。値段は20万円台〜55万円台が中心で、一般的な茶道具として手が届く範囲に収まっています。
代表的な作家と値段の目安を紹介します。
- 岡本作礼(おかもと さくれい):唐津を拠点とする作家。奥高麗茶盌の価格は220,000円(税込)。広い見込みと素直な器形が特徴で、「生掛け」による梅花皮が出ることもある。
- 丸田宗彦(まるた むねひこ):口径15.5cm、高さ10.5cmとおおらかなサイズの奥高麗茶碗が知られる。価格は275,000円〜(しぶや黒田陶苑)。ミカン色の土肌と釉薬の変化が見どころ。
- 辻村史朗(つじむら しろう):gallery yamahonでの販売価格は550,000円(税込)。茶の湯の世界で高く評価される作家で、奥高麗茶碗も手がける。
これは使えそうです。
現代作家の奥高麗茶碗は、実際に抹茶を点てて使ううえでも魅力的です。加藤唐九郎が指摘したように「土が柔らかいからお茶の味も柔らかい」という表現は、磁器のように硬い口当たりとは異なる、土っぽい温かみを指しています。茶道具として日常的に使用しながら育てていく楽しみは、現代作家の作品でも十分に味わえます。
入手先としては、専門ギャラリーへのアクセスが最も安全です。Gallery一番館(佐賀・唐津)、しぶや黒田陶苑(東京・渋谷)、gallery yamahon(三重)などが唐津焼の作家作品を扱う信頼性の高い専門ギャラリーとして知られています。現物を手に取って確認できる点も大きな利点です。
参考:佐賀県の現代陶芸家による唐津奥高麗茶盌の実物写真と参考価格が掲載されている
唐津奥高麗茶盌(佐賀県の現代陶芸 公式サイト)
参考:現代作家・岡本作礼の奥高麗茶盌の詳細と購入情報が確認できる
岡本作礼 唐津奥高麗茶盌(窯と土 オンラインストア)
奥高麗茶碗の値段を考えるうえで、多くのガイドが触れない視点があります。それは「謎が多いこと自体が価値を高めている」という側面です。
通常、美術品や陶磁器の価格は「出自が明確なもの」ほど高くなります。しかし奥高麗茶碗は逆で、窯跡も産地も、「何が奥高麗を奥高麗たらしめるか」という定義自体が未解明のまま、江戸時代後期から茶人の間で珍重されてきました。根津美術館ですら2024年に「謎解き」という特別企画展を開催したほどです。
この「謎」が生み出す価値の仕組みを、ここでは「不確実性プレミアム」と呼びます。
定義が曖昧であるということは、「奥高麗か否か」の判断が専門家の鑑識眼に委ねられることを意味します。奥高麗と認定された茶碗は、その一点だけで茶の湯の世界の最高峰に近い評価を受ける一方、「奥高麗ではない」と判定されれば値段は大幅に下がります。2024年の鑑定団の事例がまさにこれで、所有者が200万円と評価した品が「近代の唐津焼」と判定されたわけです。
いいことですね、知っていれば損をしない。
奥高麗の中でも特に評価が高い名品には、是閑(ぜかん)、中尾(なかお)、真蔵院(しんぞういん)などの銘がつけられたものがあります。これらは茶の湯の歴史の中で権威ある茶人が「これこそ奥高麗の真髄」と認定してきた品々であり、その来歴の重みが値段を支えています。
この視点が投資・蒐集(しゅうしゅう)判断にとっても重要です。奥高麗茶碗を購入するときには、値段だけを見るのではなく、「誰がその茶碗を奥高麗と認定したか」「どのような来歴があるか」という権威の連鎖を確認することが、長期的な価値の維持につながります。
現代陶芸家の作品であれば作家自身がその連鎖の出発点となり、古唐津であれば著名な茶人・美術館・老舗骨董商のお墨付きが一つの基準になります。奥高麗茶碗の値段は、結局のところ「誰が価値を保証しているか」という信頼の構造で成り立っているのです。これが原則です。
参考:加藤唐九郎ら専門家による奥高麗茶碗の本質的評価と、現代作家の作品解説が詳しい
奥高麗茶碗について(現代クラシック やきもの館)