熱水噴出孔からの熱水は、主にマグマによって加熱された海水と、マグマから直接放出されるマグマ水の2つから構成されます。東太平洋海嶺や中部大西洋海嶺などのプレート境界では、新しい地殻が形成される際に高温のマントルプリュームが上昇し、周辺の地殻を加熱します。この過程で海水が1000℃を超える超高温環境に曝露され、その後冷却される際に深海の高水圧と相まって、数百度の超高温液体として噴出するのです。
ブラックスモーカーと呼ばれる高温の熱水噴出孔からの噴水温度は、通常400℃以上に達し、過去の計測では380±30℃の記録が報告されています。これらの極端な温度は、地球上の通常の環境では想像すら難しい値です。さらに興味深いのは、同じベント場であっても複数の熱水孔が存在し、それぞれ異なる温度を示すという点です。噴出口から離れるほど海水が混入して温度は低下し、10℃程度の低温湧水も存在します。
一般的に深海の海水温は約2℃程度であるのに対し、熱水噴出孔周囲の水温は60℃になり、最高で464℃にも達する例が知られています。この1000倍以上もの温度差は、深海生態系における最も劇的な環境変化をもたらします。また、地殻の相分離のために、熱水噴出孔から吹き出す流体中の塩分は時おり大きく変動することが知られており、同じ温度環境でも塩分濃度が異なることで、さらに複雑な化学環境が形成されるのです。
超高温の熱水に溶解している鉱物が、0℃に近い冷たい海水と接触すると、接触面で急速な化学反応が進行し、生成物が析出・沈殿して、チムニーと呼ばれる円柱状の構造物が形成されます。チムニー形成の初期段階は、無水石膏の堆積から始まります。その後、銅や鉄、亜鉛などの硫化物が海水の境界面で析出し、チムニーの隙間に沈殿していき、時間の経過とともにチムニーの多孔性が低下していきます。
驚くべきことに、チムニーの成長速度は非常に速く、一日あたり30センチメートルもの成長が記録されています。これは鉱物が急速に析出・堆積していることを意味し、地質学的には異例の速度です。熱水噴出孔周辺では数十年で数十メートルのチムニーが形成されることもあり、その中には高さ60メートルに達するものまで報告されています。かつてオレゴン州沖合では高さ40メートルで折れた、通称「ゴジラ」と呼ばれるチムニーが発見されました。
ブラックスモーカーは、黒色の硫化物鉱物を含む熱水を噴出する高温の噴出孔です。地殻から熱水に溶け込んだ高レベルの硫黄含有ミネラルや硫化物を含む粒子が、黒い煙のように見えることから、この名称が付けられました。ブラックスモーカーが放出する熱水は400℃以上の高温に達することも多く、地球の地殻下から過熱された熱水が海底を通過する際に幅数百メートルに広がり、複数のブラックスモーカーが形成されます。これらの堆積した金属硫化物は、やがて塊状硫化鉱床になる可能性を持っています。一方、ホワイトスモーカーはバリウム、カルシウム、シリコンなどの明るい色のミネラルを放出し、温度がやや低い傾向にあります。
熱水噴出孔周辺では、太陽光が全く到達しない深海でありながら、極めて活発な生物活動が営まれています。その生物密度は周囲の深海環境と比較して10,000~100,000倍にも達します。この驚異的な生命活動は、太陽エネルギーではなく、熱水に含まれる化学物質のエネルギーに依存する化学合成生態系によって成り立っています。
熱水から噴出する水は、溶解したミネラルが豊富であり、それらを利用する化学独立栄養生物(バクテリアやアーキアなどの原核生物)が繁茂し、大規模な集団を形成します。特に硫黄化合物、とりわけ硫化水素といった、ほとんどの生物種にとって有毒な化学物質を利用して、化学合成により有機物を生産する細菌が主役を担います。温度の上昇に伴い、サーモコッカスやメタノカルドコッカスといったアーキアの割合が増加し、超好熱性微生物による化学合成活動が活発化します。
驚くべき発見として、メキシコ沖合の日光が全く届かない深さ2,500メートルのブラックスモーカー周辺で、光合成細菌の一種が発見されました。緑色硫黄細菌に属するこれらの細菌は、太陽光ではなくチムニーからのかすかな赤外光を利用して光合成を駆動させています。これは太陽光以外の光のみを利用して光合成を行う、自然界で発見された最初の生物です。このように、熱水噴出孔は、通常の生命の常識を覆すような生物群の宝庫なのです。
熱水噴出孔周辺では、単細胞の化学合成生物だけでなく、シボグリヌム科のチューブワームやジャイアントムール貝、エビ、カニ、ナマコなどの大型生物も生息しています。チューブワームは2メートル以上に成長することもあり、熱水噴出孔の生態系において重要な位置を占めています。驚くことに、これらのチューブワームには口も消化管もなく、体内に化学合成細菌を共生させることで栄養を得ています。
チューブワームの体組織1グラムあたりには約1000万の共生細菌が寄生しており、相利共生の関係が成立しています。チューブワームの先端にある赤い冠毛状の部分で硫化水素、酸素、二酸化炭素などを取り込み、特殊なヘモグロビンと結合させて、共生するバクテリアに供給します。共生細菌はこれらの化学物質を利用して化学合成を行い、有機化合物を合成してチューブワームに供給するという仕組みです。
チューブワームのヘモグロビンは、通常は酸素と硫化物は極めて反応性が高く、相互に干渉することで知られていますが、チューブワーム体内の硫化水素に結合する亜鉛イオンが、硫化物が酸素と反応することを阻害するため、硫化物による干渉なしに酸素を運ぶことができます。このメカニズムは2005年に解明されました。また、チューブワームは2つの異なる方法でCO₂を代謝でき、環境条件の変化に応じて必要に応じて2つを交互に切り替えることができることも明らかになっています。
2001年にインド洋のカイレイ熱水噴出孔フィールドで発見されたスケーリーフット(ウロコフネタマガイ)は、鉄と有機物のうろこで装甲した鱗状足を持つ腹足類です。この生物は一般的な巻き貝のように炭酸カルシウムを利用する代わりに、硫化鉄(黄鉄鉱とグレイジャイト)を利用して装甲板を形成しており、深度2500メートルの極度の圧力(約250気圧)によってこの硫化鉄が安定化されています。この硫化鉄の装甲は、恐らく同じ生態系に生息する捕食性巻き貝の有毒な歯に対する防御として機能していると考えられています。
また、80℃の水温でも生息できるポンペイワーム(Alvinella Pompeiana)も1980年代に発見されました。この生物の発見は、生命が耐えられる温度の限界を大きく広げる結果となりました。
地球の生命起源については様々な仮説が存在しますが、その中でも有力な説の一つが熱水噴出孔起源説です。この仮説は、無機物や有機物から生命が誕生した場所が、熱水噴出孔周辺であったと考えるものです。日本の海洋研究開発機構(JAMSTEC)と理化学研究所は、熱水噴出孔の周囲で微弱な電流を確認し、これが生命を発生させる役割を果たした可能性があるとの研究結果を2017年5月に発表しました。
生命の熱水噴出孔起源説に対しては、「ウォーターパラドックス」という批判が提示されていました。これは、水による分解で、生命につながる複雑な有機物の合成が妨げられてしまうというものです。しかし、JAMSTECは2022年11月、二酸化炭素が液体または超臨界が有機物を取り込むものの、水とほとんど混じらない状態で存在していることを沖縄トラフ海底で確認しました。こうした環境が原始地球にも存在していたと考えられ、それが生命発生の前段階の化学進化を促したとする「海底熱水-液体/超臨界CO₂仮説」が提唱されました。
2017年3月には、地球上でおそらく最も古い生命体の形跡が報告されました。この古代微生物は、カナダのケベック州のヌブアギトゥクベルトにある熱水噴出孔の沈殿物中から発見され、42億8000万年前に生息していた可能性があります。これは44億年前に海が形成されてからほどなく、そして45億4000万年前に地球が形成されてからまもなく存在していた微生物である可能性があり、生命の起源と熱水噴出孔の関連性を強く示唆しています。
熱水噴出孔は、地球の歴史において生命の誕生に直結した環境である可能性が高く、その極端な温度環境こそが、化学進化を駆動し、やがて生命へと進化させていったと考えられるのです。
熱水噴出孔周辺に形成される塊状硫化物堆積物には、金、銅、コバルト、亜鉛、鉛などの金属元素、特に現代の電子産業に不可欠なレアアース元素が豊富に含まれています。2000年代半ばから卑金属類の価格が高騰したことに伴い、特に鉱物資源が主に国際的な輸入に由来する日本などの国において、海底の熱水フィールドからの鉱物資源の探査と採掘に関心が集まっています。
世界初の大規模な熱水噴出鉱物鉱床の採掘は、2017年8月から9月に日本の石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)によって実施されました。沖縄トラフにおける「Izenaホール/コールドロン」ベントフィールドで行われたこの採掘は、熱水噴出孔由来の鉱物資源利用の可能性を実証しました。
しかし、海底採掘は採鉱機械からのダストプルーム(海底堆積物の巻き上げ)、ベントの崩壊や再形成、メタンハイドレートの放出、海底地すべりといった様々な要因により、熱水噴出孔周辺の環境や生態系に甚大な影響を与える可能性があります。熱水噴出孔という非常に特異かつ希少な環境に対して、採掘によって最も大きな被害を与える恐れがあるため、採掘を開始する前に、事前に海底採掘の潜在的な環境への影響を明らかにし、適切な管理措置を実施するべく様々な研究が実施されている段階にあります。
今後、鉱物資源の採掘と生態系保全のバランスを取りながら、持続可能な方法で熱水噴出孔の鉱物資源を利用していくことが、重要な課題となるでしょう。熱水噴出孔の極端な温度環境は、単なる鉱物資源の供給源だけでなく、生命の起源や極限環境微生物の研究など、科学的価値をも有しているからです。
深海環境における熱水噴出孔の温度メカニズムと、そこで営まれる独特の生態系、さらには鉱物資源としての価値について、総合的な理解と適切な管理が、これからの深海研究の重要なテーマとなっていくのです。
<参考にした資源>
熱水噴出孔の基本情報と温度環境について、より詳細な情報が必要な場合は以下を参照ください。
Wikipedia 熱水噴出孔
超臨界水と化学合成生態系の詳細については、学術論文が参考になります。
J-STAGE 深海環境における高温・高圧の極限状態
熱水噴出孔周辺の生物生態系については、JAMSTECの研究報告が参考になります。