天然ガス価格は3つの主要市場によって大きく異なります。アメリカのヘンリーハブスポット価格は2024年の年間平均2.19ドル/MMBtuで比較的安定しており、2025年は3.45ドル/MMBtuへと上昇が見込まれています。一方、ヨーロッパのTTF(Title Transfer Facility)市場は2024年平均10.96ドル/MMBtuで、地政学リスクによる変動が大きく、2025年は12.53ドル/MMBtuへの上昇予測です。日本向けLNG価格は2024年に12.84ドル/MMBtuと過去数年で高止まり傾向が続き、2025年は12.35ドル/MMBtuの若干の低下が予想されています。
この地域別の価格差が存在する理由は、LNG輸送コスト、地政学的リスク、地域の需給バランスが異なるためです。特に2021年から2022年にかけての欧州エネルギー危機では、TTF価格が40.34ドル/MMBtuまで跳ね上がり、世界的な注目を集めました。その後2023年には13.11ドル/MMBtuまで低下しましたが、供給懸念が完全には払拭されていません。
1980年代から現在までの長期チャートを見ると、天然ガス価格は周期的な変動を繰り返しています。1980年代は3~4ドル/MMBtuで安定していましたが、2000年代初頭の4~6ドル、2005年から2008年の急騰期(ピーク12.53ドル)を経て、2009年の金融危機で3.95ドルまで下落しました。2010年から2012年の間は上昇基調で推移し、その後2015年から2016年に2.61ドル、2.49ドルという低水準を記録しています。
特に注視すべきは2020年から2021年のコロナ後の回復局面です。2020年の8.31ドルから2021年に10.76ドルへと上昇し、その後2022年の18.43ドルというピークに達しました。このパターンは経済回復と供給制約が同時に発生した場合の価格上昇メカニズムを示唆しており、将来の予測において重要な参考値となります。
2024年11月の事例では、NY天然ガス先物が18%の急騰を記録しました。この上昇の主要因は、①気温低下による暖房需要の増加観測、②市場予想に反した在庫減少、③ウクライナ情勢の緊迫化による供給懸念、の3点です。技術分析の観点からは、10日線や13週線との乖離が広がり、日足モメンタムが過去1年間の高水準に達していることから、過熱感を示唆する状況となりました。
短期的な下落要因としては、地政学リスクの一時的な後退と在庫の増加が挙げられます。過去の傾向から見ると、夏季に在庫が60億立方フィート減少した後、秋季に増加へ転じるパターンが観察されており、これが売り圧力となりやすい局面です。したがって、長期チャートの中でも季節パターンを加味した短期トレンド分析が重要となります。
公式予測機関による見通しをまとめると、EIA(米国エネルギー情報局)は2026年のアメリカ市場で3.90ドル/MMBtuを見込んでいます。これは2025年の3.40ドルから緩やかな上昇を示唆しており、基本的には需給バランスが改善局面にあることを示しています。ヨーロッパ市場では2026年に10.6ドル/MMBtuへの低下予測であり、ウクライナ情勢の安定化と供給正常化への期待が織り込まれています。日本市場は2026年に11.5ドル/MMBtuと予想されており、2024年から2025年よりも低下基調となる見込みです。
ただし、World Bankの予測でも明記されているように、地政学的リスクが予測を大きく狂わせる可能性が存在します。シェールガス生産地域での投資動向、LNG液化施設の稼働率、異常気象による需要変動なども、実績値を左右する隠れた要因です。
日本の天然ガス市場規模は2024年に665億ドルでしたが、2033年までに1,422億ドルへと年平均7.90%で成長すると予測されています。この成長は単なる価格上昇ではなく、脱炭素化政策によるエネルギーミックスの転換を反映しています。一方、IEEJと国際エネルギー機関(IEA)の間には、2030年から2050年の天然ガス需要見通しで大きな乖離が存在します。IEEJは年間9,500億立方メートルの増加を予想する一方、IEAは117億立方メートルの減少を予想しており、この見通しの相違が長期チャートの解釈を複雑にしています。
電源構成における天然ガスの位置付けは、各国の原子力政策、再生可能エネルギー導入状況、CO2削減目標によって大きく異なります。日本がエネルギー安全保障と脱炭素化のバランスを取りながらガスシフトを進める中で、実現される需要水準は予測よりも低くなる可能性も存在し、長期的なチャート推移を不確実にしています。
参考情報:以下のサイトには天然ガス価格の詳細な統計データと長期推移グラフが掲載されています。月次・年次の実績値、地域別比較、予測値の推移を追跡できます。
ecoDB - 天然ガス価格の推移
参考情報:EIA(米国エネルギー情報局)の短期エネルギー見通しには、天然ガス価格の3ヶ月先から2年先までの詳細な予測値が掲載されており、市場予測の参考になります。
U.S. Energy Information Administration - Short-Term Energy Outlook