2025年4月18日に公開された映画『名探偵コナン 隻眼の残像（フラッシュバック）』において、灰原哀が「非線形光学の理論」という専門用語を口にするシーンが話題となりました。非線形光学とは、物質に強い光を照射したときに、弱い光とは異なる応答を示す現象を扱う学問分野です。通常の光学では光の強度が変わっても物質の反応は変わりませんが、非線形光学では光の強度によって屈折率が変化したり、波長が変換されたりする特殊な現象が起こります。
参考）受験コラム｜コナンから広がる学問の世界｜学思館(公式サイト)
この理論は、レーザー加工や光通信への応用において極めて重要な役割を果たしています。劇中では灰原哀が専門家でも一度では成功しないという高度な操作を成し遂げる場面があり、彼女の天才的な知性を印象づけるキーワードとなりました。映画のクライマックスでは、野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡を模したパラボラアンテナが重要な役割を果たし、レーザー装置との奇跡の共演が実現しています。
参考）名探偵コナン 隻眼の残像 - アニヲタWiki(仮) - a…
非線形光学効果を発揮する結晶には、さまざまな種類の鉱物が使用されています。代表的なものとして、りん酸二水素カリウム（KDP）、りん酸二重水素カリウム（KD*P）、ホウ酸リチウム（LBO）、ホウ酸バリウムベータ（BBO）などがあります。これらの結晶は、それぞれ異なる波長域や用途に適した光学特性を持っています。
参考）非線形光学結晶 - 夏目光学株式会社
KDPとKD*P結晶は、高い非線形光学係数と幅広い透過範囲を特徴とし、特に周波数倍化と高出力レーザーの変調で使用されます。大きなサイズでの成長が容易であることから、大開口結晶を必要とする用途にも選ばれています。一方、BBO結晶は第二高調波発生（SHG）や第三高調波発生（THG）、光パラメトリック発振器（OPO）といった紫外領域のアプリケーションに向いています。LBO結晶は優れた物理的・化学的安定性を持ち、紫外から中赤外領域まで幅広い波長変換に利用されています。
参考）非線形光学結晶 (Non-linear Crystals) …
鉱石愛好家にとって興味深いのは、これらの結晶が天然には存在せず、人工的に育成される点です。結晶成長から研磨・コーティングまでの全工程が精密に管理され、大変純度の高い単一結晶として製造されます。また、CLBO（セシウムリチウムホウ酸塩）結晶のように、深紫外域（波長266nm、213nm、193nm）への波長変換に優れた特性を持つ特殊な結晶も開発されています。
参考）https://annex.jsap.or.jp/photonics/kogaku/public/38-08-kaisetsu2.pdf
非線形光学技術は、意外なほど私たちの身近なところで活用されています。最も分かりやすい例が緑色のレーザーポインタです。実は緑色のレーザーポインタは、人間の目に見えない赤外線のレーザー光を発振し、非線形光学効果を利用して緑色の可視光に変換しています。具体的には、Nd-YAGレーザー（波長1060nm）から緑色の光（波長532nm）を生成する技術が使われています。
参考）杉田篤史先生 - こんな研究をして世界を変えよう
医療分野でも非線形光学結晶は重要な役割を果たしています。KTP（チタン酸リン酸カリウム）、LBO、BBO結晶を用いた第二高調波発生により、近赤外のNd-YAGレーザー光を532nmのグリーン出力に変換し、皮膚科での血管性病変治療や眼科処置に利用されています。波長570nm〜600nm帯の黄色および橙色の固体レーザー光源は、眼科治療などの医療分野で多く実用化されています。また、エルビウムレーザーの医療応用として、複数の歯科処置も挙げられます。
参考）医療用レーザを実現する結晶
光通信やレーザー加工の分野でも、非線形光学結晶による波長変換技術は不可欠です。レーザー光として発振する波長は飛び飛びの値しか存在しないため、この欠点を補う技術として非線形光学結晶が活用されています。kW級の高出力シングルモードレーザー光を加工に適した品質を維持したまま数十～数百メートルに渡り伝送する技術も実現しており、ものづくりの変革をもたらす技術として期待されています。
参考）https://www.optronics.co.jp/sample/s9784902312294.pdf
映画『名探偵コナン 隻眼の残像』のティーザービジュアルに描かれた巨大なパラボラアンテナは、長野県の野辺山宇宙電波観測所にある45m電波望遠鏡をモデルにしていると考えられています。この望遠鏡は1982年に完成してから30年以上経過した現在でも、ミリ波と呼ばれる比較的波長の短い電波を観測できるものとしては世界トップクラスの性能を誇ります。
参考）https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2412/04/news187.html
実際のパラボラアンテナは極めて繊細な構造をしています。アンテナ表面には特殊な処理が施されており、少しの凹みも許されず、作業者が乗るときには専用の靴を履いて静かに歩くほどの精密さが要求されます。全体で理想的なパラボラ面からの誤差はわずか約0.2mmしかなく、畳よりも一回り大きなパネル約600枚で構成されています。重量は約700トンに達し、直径22mの円形のレールの上を6台の車輪が走行することで、水平方向は360度どこでも向けることができます。
参考）【劇場版名探偵コナン 隻眼の残像に登場】あの巨大アンテナ、実…
映画のクライマックスでは、このパラボラアンテナを使った驚きのシーンが展開されます。技術者の視点からは「それやっちゃだめ！」と心配になるような使われ方だったようですが、防錆処理を施工した新免鉄工所の関係者は「自分たちの手がけた構造物が、物語の中で重要な働きをする姿には、やっぱりグッとくるものがある」と複雑な心境を語っています。野辺山宇宙電波観測所は太陽フレア発生時の電波バーストを観測することで爆発のメカニズムを解明する研究も行っており、名探偵コナンの舞台として選ばれたことで多くの注目を集めました。
非線形光学結晶の研究開発は、現在も活発に続けられています。特に深紫外域（波長200nm以下）と中赤外・遠赤外域での実用的な結晶材料の開発が課題となっており、より優れた材料を求めて世界中で探索が行われています。深紫外非線形光学結晶は、フォトマスク検査、半導体リソグラフィ用光源、殺菌・滅菌用途など、産業・医療のさまざまな分野で導入が進められています。
参考）https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000176.pdf
興味深い開発例として、フッ化物系の非線形光学結晶があります。KBe2BO3F2（KBBF）結晶を基本構造とした新しい混合アニオン系の結晶が合成され、短波長紫外から深紫外域での位相整合が可能な材料として注目されています。また、セレン化物系赤外非線形光学材料AIIMg6Ga6Se16（AII = Ca, Sr, Ba）は、強い第二高調波発生（SHG）応答と高いレーザー誘起損傷閾値（LIDT）を兼ね備えた優れた特性を示しています。
参考）https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11062089/
有機非線形光学結晶も注目分野の一つです。DAST（4-dimethylamino-N-methyl-4-stilbazolium tosylate）やBNA結晶を用いた広帯域波長可変テラヘルツ波光源の開発が進められており、無機結晶とは異なる特性を活かした応用が期待されています。さらに、第一原理計算を用いた高速スクリーニング手法の確立により、非線形光学結晶の材料ゲノム工学的なアプローチも提案されており、既知または予測された結晶構造から化学的安定性、バンドギャップ、非線形光学係数、複屈折、位相整合能力を迅速に評価できるようになってきています。
参考）https://www.semanticscholar.org/paper/6c2e0a70f3c10d952e9f1c942a8e1bb62e5aa8db
鉱石や結晶に興味を持つ方にとって、非線形光学結晶は単なる工業材料ではなく、光と物質の相互作用を利用した最先端科学の結晶です。コナン映画をきっかけに、この魅力的な分ナン映画をきっかけに、この魅力的な分野への関心が広がることが期待されます。
