「摺動」という言葉は機械工学や材料科学の分野で頻繁に使用される専門用語で、「しゅうどう」と読みます。「摺」という漢字の本来の音読みは「しょう(セフ)」ですが、この熟語においては慣用読みとして「しゅうどう」が定着しています。
参考)「摺動」の読み - 上の漢字はなんと読むのですか? - Ya…
「摺」という漢字には「こする」「こすりつける」という基本的な意味があり、画数は14画、漢字検定準1級レベルの文字です。手部に属するこの漢字は、版木で刷る、絵柄を摺るといった用例で使われ、何かを当ててこすり動かす動作を表現しています。
参考)漢字「摺」の部首・画数・読み方・筆順・意味など
「摺動」の意味は「すべって動くこと」「滑らせて動かすこと」です。特許技術用語集では「接触してすり動くこと」と定義され、英語では「to slide」や「to move slidingly」と訳されます。国語辞典には掲載されていない専門用語ですが、大辞林には「機械の装置などをすべらせながら動かすこと」と記載されています。
参考)https://ameblo.jp/saglasie/entry-12266579811.html
興味深いことに、「摺動」という語は法廷における特許訴訟でもその定義が議論されており、「接触状態ですり動かすこと」という解釈が裁判でも採用されています。この言葉の特徴は、単なる滑り運動ではなく、必ず接触を伴う点にあります。
「摺」という漢字の成り立ちは、手を表す「扌(てへん)」と音符「習」から構成されています。この漢字には「こする」「折りたたむ」「折り重ねる」といった複数の意味があり、いずれも物体同士が接触する動作を表現しています。
「摺る」という動詞の語源は「擦る(する)」と同源とされ、古くから印刷や染色の分野で使われてきました。古今和歌集には「月草に衣は摺らむ」という用例が見られ、植物や染料を布にこすりつけて模様を染め出す技法を指していました。
技術用語としての「摺動」は、明治時代以降の工業化に伴って定着した比較的新しい言葉です。西洋の機械工学用語「sliding」や「sliding motion」を日本語に翻訳する際に、接触を伴う滑り運動を表現する適切な言葉として「摺動」が選ばれたと考えられます。
現代では一般の国語辞典には収録されていないものの、工学系の専門書や特許文書では標準的な用語として確立しており、機械設計や材料工学の分野では欠かせない概念となっています。
摺動部品とは、機械内部で相対的にこすれ合いながら滑る部分を指し、軸と軸受け、ピストンとシリンダー、レールと可動体などが代表的な例です。これらの部品には高い機械的強度と優れた耐摩耗性が求められるため、材料選定が極めて重要となります。
参考)摺動部とは?摺動面とは?例や可動部との違い、摺動性を評価する…
金属材料としては、鋼、ステンレス鋼、高炭素クロム鋼などが一般的に使用されています。特に摺動部では真鍮やアルミ合金が使われるほか、摺動性を高めるために鋳鉄や特殊鋼材を選択するケースもあります。金属材料の選択では強度や熱伝導率を重視し、熱膨張や加工精度の観点も考慮する必要があります。
参考)【徹底解説】摺動部品とは? カーボン摺動部品の特性と応用例に…
エンジンのシリンダライナは摺動部品の好例で、ピストンやピストンリングとの摺動面を形成します。シリンダライナに求められる特性は以下の通りです。
参考)シリンダライナとは?
金属摺動部品の表面処理技術として、ショットピーニングやブラスト加工が広く採用されています。これらの処理により表面層の組織が微細化し、高硬度で靭性に富む金属組織が形成され、耐摩耗性が飛躍的に向上します。
参考)https://patents.google.com/patent/JPH07188738A/ja
シリンダライナの詳細な技術情報と摺動特性
摺動部における潤滑は、摩擦と摩耗を大幅に低減するための最も重要な技術です。潤滑油やグリースを供給することで、金属同士の直接接触を防ぎ、機械部品の寿命を延ばすことができます。
参考)摺動部とは?①|めっきのひろば
潤滑剤の選択は使用条件によって異なります。高速回転や高温領域ではオイルが適しており、低速や常温付近であればグリースでも十分な潤滑性能が得られます。自動車エンジンでは、エンジンオイルが循環することでピストンとシリンダーの摺動部を潤滑し、摩擦や発熱を抑制しています。
参考)摺動部とは?可動部との違い・摺動面の例と摩擦や潤滑・表面処理…
潤滑剤に求められる主要な機能は以下の通りです。
参考)https://www.toyoshaft.co.jp/wp/wp-content/uploads/2018/07/doc-friction.pdf
近年では自己潤滑性の高い樹脂素材も広く使われ、潤滑剤の使用を最小限に抑える設計が注目されています。PTFE(テフロン)、MCナイロン、POM、超高分子量ポリエチレン、PET、PEEK、PPSなどの樹脂材料は、特にすべり特性と耐摩耗性に優れているため、摺動部に適しています。
参考)摺動部 - 用語集|湯本電機株式会社
表面処理技術としてリン酸マンガン処理も重要で、摺動時の金属材料の直接接触を妨げ、潤滑油保持性に優れた特性を発揮します。この処理により初期なじみ過程における金属同士の直接接触が抑制され、摩耗が大幅に減少します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj/61/3/61_3_239/_pdf
リン酸マンガン処理のトライボロジー特性に関する学術論文
摺動部に使用される樹脂材料は、自己潤滑性を持つものが適しており、金属材料に比べて軽量で潤滑不要のケースもあるため、特に乾燥環境や軽荷重での使用に適しています。
代表的な摺動性樹脂材料として以下が挙げられます。
POM(ポリアセタール)
POMは優れた自己潤滑性と低い摩擦係数、高い耐摩耗性から摺動材料の代表格として広く認識されています。機械的強度、剛性、耐疲労性にも優れ、吸水性が極めて低いために寸法安定性が高いという利点を持ち合わせています。
参考)エンプラの「摺動性」入門(前編):基礎知識と材料選定の指針
PTFE(テフロン)
フッ素樹脂の一種であるPTFEは、最も低い摩擦係数を持つ樹脂材料の一つです。化学的に非常に安定しており、広い温度範囲で使用できます。水中での摺動特性にも優れ、水中軸受などに多く使用されています。
参考)摺動性の高い樹脂材料にはどんなものがありますか?
MCナイロン
優れた機械的強度と摺動性を兼ね備え、特に摺動グレードが設定されています。耐衝撃性にも優れるため、衝撃荷重がかかる摺動部にも適用可能です。
超高分子量ポリエチレン
非常に高い耐摩耗性と低い摩擦係数を持ち、自己潤滑性に優れています。化学的にも安定しており、食品関連機器にも使用されます。
PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)
高温環境でも優れた機械的特性を維持する高性能エンジニアリングプラスチックです。耐熱性、耐薬品性、耐放射線性に優れ、過酷な条件下での摺動部品に使用されます。
これらの樹脂材料は、金属代替として機械部品の軽量化や静音化、メンテナンスフリー化に貢献しています。摩擦が減り摩耗しにくくなるため、特に樹脂系の材料は摺動性が良く、金属の代替として優れています。
参考)【耐摩耗性】材料選定における自己潤滑性の特性と活用ポイント【…
摺動面の性能向上には、鉱物由来の材料や処理技術が重要な役割を果たしています。工業用セラミックスは鉱物を高温焼結した材料で、金属や樹脂にはない優れた摺動特性を持っています。
ジルコニア(酸化ジルコニウム)
ジルコニアは鉱物由来のセラミックス材料で、耐摩耗性に極めて優れています。機械部品用やロボット用の摺動部の部品として数多く採用され、放電加工機用の耐摩耗部品などにも使用されています。金属材料に比べて硬度が高く、摩擦係数が低いため、長寿命の摺動部品を実現できます。
参考)耐摩耗用セラミックス
リン酸マンガン処理
リン酸マンガンは鉱物由来の化合物で、金属摺動面の表面処理に使用されます。この処理により金属表面に緻密な皮膜が形成され、摺動時の金属材料の直接接触を妨げます。潤滑油保持性に優れるため、初期なじみ性が向上し、耐焼付性が飛躍的に改善されます。
カーボン系摺動材料
グラファイト(黒鉛)は天然鉱物として産出される炭素の同素体で、層状構造により優れた自己潤滑性を持っています。カーボン摺動部品は水中での摺動特性に優れることから、水中軸受などに多く使用されています。
硫化鉱物の応用
銅やモリブデンなどの金属硫化物は、摺動面の固体潤滑剤として利用されることがあります。これらは高温・高圧環境下でも安定した潤滑性能を発揮し、宇宙航空分野などの特殊な用途に応用されています。
鉱物由来の材料は、その結晶構造や化学組成により独特の摺動特性を示します。天然鉱物の持つ層状構造や特定の結晶面は、人工的に合成された材料にはない優れた潤滑性をもたらすことがあり、今後も新たな摺動材料の開発源として期待されています。