酸化銅は陶磁器の世界において、最も重要な呈色剤の一つです。一般的に「酸化銅」と言えば、黒色の粉末状である酸化銅(II)(CuO)を指します。この物質は水やアルコールには溶けませんが、希酸やアンモニアには溶解する性質を持っています。
陶磁器の釉薬において酸化銅は、1~15%の添加量で鉄釉以上に変化に富んだ色を生み出すことができます。特に注目すべきは、焼成方法によって全く異なる色彩を示す点です。酸化焼成では青味がかった深みのある緑色に、還元焼成では赤色や赤黒、あるいは乳濁した紫色に発色します。
酸化銅を使用した釉薬の代表例としては、織部釉があります。これは灰釉をベースとし、呈色剤として酸化銅を3~5%添加したもので、酸化焼成で美しい緑色に焼き上がります。陶芸家にとって酸化銅は、作品に豊かな色彩表現をもたらす重要な素材となっています。
酸化銅の発色は、焼成環境によって劇的に変化します。この現象を理解するには、酸化焼成と還元焼成の違いを知ることが重要です。
酸化焼成は、窯の中に十分な酸素が供給される焼成プロセスです。この環境下では、酸化銅は酸素と結合した状態を維持し、緑色に発色します。電気窯や一部のガス窯で行われる酸化焼成は、操作が比較的簡単で安定した色と質感を得られるのが特徴です。酸化銅を含む釉薬は、酸化焼成によって青味がかった深みのある緑色に発色し、これが織部釉の特徴的な色となります。
一方、還元焼成は窯内の酸素供給を制限するプロセスです。酸素が不足した環境では、炎は釉薬に含まれる酸化物から酸素を奪おうとします。この過程で酸化銅(II)が酸化銅(I)へと還元され、赤色や赤黒、あるいは乳濁した紫色に変化します。この現象を利用して作られるのが、中国の古典的な赤い陶磁器「オールド・ローズ」や、辰砂釉などです。
興味深いことに、酸化銅の添加量が15%を超えると、還元焼成を行っても緑色に発色するという特性があります。これは、過剰な銅が完全に還元されきれないためと考えられています。
織部釉は、桃山時代に登場した美しい緑色の釉薬で、茶人の古田織部に由来する名称です。この釉薬は、長石と草木灰をベースにした灰釉に酸化銅を添加することで、特徴的な緑色を生み出します。
織部釉の基本的な調合例をいくつか紹介します。
これらの調合では、灰の種類や配合比率によって、緑色の濃淡や質感が変化します。木灰や藁灰を使用した調合では、緑の濃淡で表情が柔らかくなり、色彩に味わいが生まれます。一方、石灰石を使った調合では、緑の濃淡が均一で硬めの表情になります。
酸化銅を効果的に使用するためのポイントとしては、以下が挙げられます。
織部釉を使った作品では、全体に釉薬を掛ける「総織部」や、部分的に鉄絵を描いて残りの部分に織部釉を掛ける「青織部」など、様々な表現方法があります。これらの技法を組み合わせることで、独自の作風を生み出すことができるでしょう。
陶磁器の釉薬に使用される銅化合物には、酸化銅(II)以外にもいくつかの種類があります。それぞれの特性を理解し、適切に活用することで、より豊かな表現が可能になります。
主な銅化合物とその特徴。
これらの銅化合物は、それぞれ異なる溶解性や化学的性質を持っており、釉薬の調合や焼成方法によって様々な色彩効果を生み出します。例えば、硫酸銅は黄瀬戸釉に用いられ、独特の黄緑色を呈します。また、塩基性炭酸銅は古銅色の釉薬に使用され、アンティークな風合いを生み出します。
銅化合物を使用する際の注意点としては、一部の化合物が有害性を持つことが挙げられます。特に粉末状の銅化合物を扱う際は、吸入を避け、適切な保護具を使用することが重要です。また、釉薬に使用する場合は、食器としての安全性を確保するため、適切な焼成温度と時間を守ることが必要です。
酸化銅は陶磁器の釉薬として優れた効果をもたらしますが、取り扱いには注意が必要です。銅化合物の毒性と適切な安全対策について理解しておくことは、陶芸に携わる全ての人にとって重要です。
銅化合物の一般的な毒性としては、以下のようなものが知られています。
ただし、「緑青は毒」と言われることがありますが、現在では緑青自体は無毒とされています。かつての銅に含まれていた砒素などの不純物が原因であり、緑青そのものの毒性ではないことが分かっています。
安全に酸化銅を扱うための対策としては、以下のポイントが重要です。
また、完成した陶磁器製品の安全性については、適切な焼成温度と時間を守ることで、銅化合物が釉薬中でガラス質に封じ込められ、溶出のリスクが低減されます。食器として使用する場合は、食品衛生法に準拠した釉薬の調合と焼成を行うことが重要です。
これらの安全対策を徹底することで、酸化銅の持つ豊かな表現力を安全に活用することができます。陶芸の楽しさと安全性を両立させるためにも、適切な知識と対策を身につけましょう。