酸化銅と陶磁器の釉薬における発色と織部釉の特徴

陶磁器の世界で重要な役割を果たす酸化銅。釉薬に添加することで美しい緑色や赤色を生み出し、織部釉をはじめとする伝統的な釉薬の核となる素材です。焼成方法によって変化する色彩の秘密とは?あなたも酸化銅の魅力に触れてみませんか?

酸化銅と陶磁器の釉薬

酸化銅と陶磁器の釉薬の基本知識
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呈色の特徴

酸化銅は酸化焼成で緑色、還元焼成で赤色に発色する特性を持ち、陶磁器の釉薬に幅広く活用されています。

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添加量の影響

釉薬への酸化銅の添加量は通常3~5%で、15%を超えると還元焼成でも緑色に発色するという特性があります。

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歴史的価値

17世紀から美濃の元屋敷窯で織部焼に多用され、「織部釉」として日本の陶芸史に重要な位置を占めています。

酸化銅の基本特性と陶磁器釉薬での役割

酸化銅は陶磁器の世界において、最も重要な呈色剤の一つです。一般的に「酸化銅」と言えば、黒色の粉末状である酸化銅(II)(CuO)を指します。この物質は水やアルコールには溶けませんが、希酸やアンモニアには溶解する性質を持っています。

 

陶磁器の釉薬において酸化銅は、1~15%の添加量で鉄釉以上に変化に富んだ色を生み出すことができます。特に注目すべきは、焼成方法によって全く異なる色彩を示す点です。酸化焼成では青味がかった深みのある緑色に、還元焼成では赤色や赤黒、あるいは乳濁した紫色に発色します。

 

酸化銅を使用した釉薬の代表例としては、織部釉があります。これは灰釉をベースとし、呈色剤として酸化銅を3~5%添加したもので、酸化焼成で美しい緑色に焼き上がります。陶芸家にとって酸化銅は、作品に豊かな色彩表現をもたらす重要な素材となっています。

 

酸化焼成と還元焼成による酸化銅の発色メカニズム

酸化銅の発色は、焼成環境によって劇的に変化します。この現象を理解するには、酸化焼成と還元焼成の違いを知ることが重要です。

 

酸化焼成は、窯の中に十分な酸素が供給される焼成プロセスです。この環境下では、酸化銅は酸素と結合した状態を維持し、緑色に発色します。電気窯や一部のガス窯で行われる酸化焼成は、操作が比較的簡単で安定した色と質感を得られるのが特徴です。酸化銅を含む釉薬は、酸化焼成によって青味がかった深みのある緑色に発色し、これが織部釉の特徴的な色となります。

 

一方、還元焼成は窯内の酸素供給を制限するプロセスです。酸素が不足した環境では、炎は釉薬に含まれる酸化物から酸素を奪おうとします。この過程で酸化銅(II)が酸化銅(I)へと還元され、赤色や赤黒、あるいは乳濁した紫色に変化します。この現象を利用して作られるのが、中国の古典的な赤い陶磁器「オールド・ローズ」や、辰砂釉などです。

 

興味深いことに、酸化銅の添加量が15%を超えると、還元焼成を行っても緑色に発色するという特性があります。これは、過剰な銅が完全に還元されきれないためと考えられています。

 

陶芸における酸化銅の発色メカニズムの詳細解説

織部釉の調合例と酸化銅の効果的な使用方法

織部釉は、桃山時代に登場した美しい緑色の釉薬で、茶人の古田織部に由来する名称です。この釉薬は、長石と草木灰をベースにした灰釉に酸化銅を添加することで、特徴的な緑色を生み出します。

 

織部釉の基本的な調合例をいくつか紹介します。

  1. 長石50:木灰50:酸化銅5
  2. 長石50:木灰30:藁灰20:酸化銅8
  3. 陶石32:木灰35:藁灰25:酸化銅8
  4. 釜戸長石6:土灰3:藁灰1、外割で酸化銅(II)4%
  5. 三河長石4:土灰6、外割で酸化銅(II)4%

これらの調合では、灰の種類や配合比率によって、緑色の濃淡や質感が変化します。木灰や藁灰を使用した調合では、緑の濃淡で表情が柔らかくなり、色彩に味わいが生まれます。一方、石灰石を使った調合では、緑の濃淡が均一で硬めの表情になります。

 

酸化銅を効果的に使用するためのポイントとしては、以下が挙げられます。

  • 添加量は通常3~5%が適切ですが、作品の表現意図に応じて調整できます
  • 均一に混ぜることで、むらのない発色が得られます
  • 焼成温度や時間も発色に影響するため、試し焼きを重ねることが重要です
  • 長石と灰の比率を変えることで、緑色の質感や深みを調整できます

織部釉を使った作品では、全体に釉薬を掛ける「総織部」や、部分的に鉄絵を描いて残りの部分に織部釉を掛ける「青織部」など、様々な表現方法があります。これらの技法を組み合わせることで、独自の作風を生み出すことができるでしょう。

 

酸化銅の種類と陶磁器における他の銅化合物の活用

陶磁器の釉薬に使用される銅化合物には、酸化銅(II)以外にもいくつかの種類があります。それぞれの特性を理解し、適切に活用することで、より豊かな表現が可能になります。

 

主な銅化合物とその特徴。

  1. 酸化銅(I)(Cu₂O):赤い粉末状の酸化銅で、銅の削りくず「銅へげ」などから得られます。還元焼成で使用されることが多く、独特の赤色を生み出します。
  2. 酸化銅(II)(CuO):黒っぽい粉末状の銅で、一般的に使われている黒色酸化銅です。最も入手しやすく、織部釉などに広く使用されています。
  3. 硫酸銅(CuSO₄):青色の結晶で、水に溶けやすい特性があります。黄瀬戸の胆礬(たんぱん)として使用され、緑色を呈します。
  4. 塩基性炭酸銅:緑青として知られる化合物で、古銅色や青緑色の発色に用いられます。
  5. 塩化銅:眼、皮膚、鼻喉に刺激性を持ちますが、特有の発色効果があり、特殊な釉薬に使用されることがあります。

これらの銅化合物は、それぞれ異なる溶解性や化学的性質を持っており、釉薬の調合や焼成方法によって様々な色彩効果を生み出します。例えば、硫酸銅は黄瀬戸釉に用いられ、独特の黄緑色を呈します。また、塩基性炭酸銅は古銅色の釉薬に使用され、アンティークな風合いを生み出します。

 

銅化合物を使用する際の注意点としては、一部の化合物が有害性を持つことが挙げられます。特に粉末状の銅化合物を扱う際は、吸入を避け、適切な保護具を使用することが重要です。また、釉薬に使用する場合は、食器としての安全性を確保するため、適切な焼成温度と時間を守ることが必要です。

 

愛知県陶磁器工業協同組合による銅釉の詳細解説

酸化銅を使用する際の安全対策と健康への影響

酸化銅は陶磁器の釉薬として優れた効果をもたらしますが、取り扱いには注意が必要です。銅化合物の毒性と適切な安全対策について理解しておくことは、陶芸に携わる全ての人にとって重要です。

 

銅化合物の一般的な毒性としては、以下のようなものが知られています。

  • 急性影響:経口摂取の場合、嘔吐、肝臓・腎臓の障害、溶血性貧血、毛細血管の損傷などが起こる可能性があります。重篤な場合は中枢神経系障害を引き起こすこともあります。
  • 慢性影響:長期的な曝露により、鼻粘膜の萎縮や鼻中隔穿孔(せんこう:穴が開くこと)などが起きることがあります。
  • 皮膚・粘膜への影響:塩化銅や硫酸銅などは、眼、皮膚、鼻喉に刺激性を持ちます。

ただし、「緑青は毒」と言われることがありますが、現在では緑青自体は無毒とされています。かつての銅に含まれていた砒素などの不純物が原因であり、緑青そのものの毒性ではないことが分かっています。

 

安全に酸化銅を扱うための対策としては、以下のポイントが重要です。

  1. 適切な保護具の使用
    • 粉末状の酸化銅を扱う際は、防塵マスクを着用する
    • ゴム手袋や保護メガネを使用し、皮膚や目への接触を防ぐ
    • 作業着を着用し、作業後は手洗いを徹底する
  2. 作業環境の整備
    • 換気の良い場所で作業を行う
    • 粉塵が飛散しないよう、湿らせた状態で扱うことも有効
    • 食べ物や飲み物を作業場に持ち込まない
  3. 適切な保管
    • 子供やペットの手の届かない場所に保管する
    • 食品容器に移し替えない
    • 他の化学物質と分けて保管する
  4. 廃棄方法
    • 地域の規則に従って適切に廃棄する
    • 排水に流さない

また、完成した陶磁器製品の安全性については、適切な焼成温度と時間を守ることで、銅化合物が釉薬中でガラス質に封じ込められ、溶出のリスクが低減されます。食器として使用する場合は、食品衛生法に準拠した釉薬の調合と焼成を行うことが重要です。

 

これらの安全対策を徹底することで、酸化銅の持つ豊かな表現力を安全に活用することができます。陶芸の楽しさと安全性を両立させるためにも、適切な知識と対策を身につけましょう。

 

厚生労働省による食器の安全性に関する情報