コラグラフ版画は、高価な道具がなくても自宅で始められます。
コラグラフという言葉を初めて耳にしたとき、多くの人は「コラージュ」と何か関係があると直感するでしょう。その直感は正解です。コラグラフ(Collagraph)は、「コラージュ(Collage)」と「グラフィック(Graphic)」を組み合わせた造語で、1950年代初頭にアメリカのワシントン大学芸術学部の教授グレン・アルプス(Glen Alps、1914〜1996年)が命名・体系化した版画技法です。
ただし、語源についてはもう一つの説もあります。ギリシャ語の「Kolla(糊)」に由来するという解釈で、アルプス本人も「糊で素材を貼り付けて版を作るところからきた」と説明していたという記録が残っています。いずれにしても「素材を貼り付けて作る版画」という核心は変わりません。
コラグラフの仕組みを一言で言うなら、「版の表面に凹凸を作り、その凹凸にインクをのせて紙に刷り取る版画」です。木版画や銅版画では彫刻刀や腐食液を使って凹みを作りますが、コラグラフは逆に素材を貼ったり塗ったりして凸部を作るのが基本の考え方です。これは他の版種と根本的に異なる発想であり、だからこそコラグラフは「第5の版種を作ってもいい」とさえ言われるほど独自性が強い技法として位置づけられています。
版は木の板(シナベニヤやラワンベニヤ)、厚紙(イラストボードやボール紙)、金属板など、さまざまなものをベースに使えます。そこに布・糸・紙片・葉っぱ・砂・ジェッソ・モデリングペーストなどを組み合わせて貼り付け、木工用ボンドやアクリルメディウムでコーティングすれば版の完成です。凹部にインクを詰め、凸部のインクをふき取ってからプレス機で紙に刷り取ることで、複雑なテクスチャーを持つ独特の作品が生まれます。
つまり「素材の凸凹が作品の表情になる」ということですね。
版画ゆうびん舎鎌倉小屋:コラグラフの定義・技法分類に関する詳細な解説(京都精華大学紀要・黒崎彰著『世界版画全史』なども引用)
コラグラフの魅力は、使える素材の幅広さにあります。基本的には「版に貼り付けられるもの、かつ厚みが概ね2mm以内のもの」であれば何でも試す価値があります。初心者にとって失敗が少なく、かつ面白い質感が出やすい素材を知っておくと、最初の一作から満足のいく仕上がりになります。
まず版のベースとなる素材は、ボール紙やシナベニヤが定番です。ボール紙はA4サイズ換算で1枚数十円程度の安価なもので十分で、ホームセンターや100円ショップでも入手できます。ベースが決まったら、次に貼り付ける素材を選びます。
初心者におすすめの素材は次のとおりです。
これらに加えて、ジェッソやモデリングペーストなどのアクリル描画材料を使う方法もあります。筆やパレットナイフで版面に直接塗り広げることで、粘土をこねたような土っぽい凹凸が作れます。陶芸で土肌の表情を楽しむ感覚と非常に近く、陶器に親しんでいる人にとっては特に共感しやすい素材感です。
素材を選ぶ際の重要なポイントが一つあります。厚みが2mmを超える素材をそのまま使うと、プレス機をかけた際に版が割れたり、紙に圧力が均等にかからなくなったりする恐れがあります。厚い素材を使いたい場合は表面のみを薄く剥がして使うか、あるいは圧を調整するなどの工夫が必要です。厚みに注意すれば問題ありません。
915版画工房:コラグラフの素材・制作プロセスを写真つきで丁寧に解説
コラグラフの制作プロセスは大きく「版作り」と「刷り取り」の2段階に分かれます。一見シンプルに見えますが、各ステップに細かな判断が必要で、それが作品の完成度を左右します。版作りから順を追って説明します。
① エスキース(下絵)の作成
まず完成イメージを原寸大で描いておきます。コラグラフでは刷り取った際に左右が反転しますので、下絵の段階で意識しておく必要があります。文字や矢印のある構図は特に注意が必要です。
② 版の素材を貼り付ける
ベースとなるボール紙や板に素材を木工用ボンドで接着します。しっかり乾燥させることが重要で、半乾きのままインクをのせると素材がはがれてしまいます。乾燥は概ね30分〜1時間を目安に取りましょう。
③ ニスやジェッソでコーティングする
素材を貼り終えたら、版全体に水性ウレタンニスやアクリルメディウムを塗ります。これを版のコーティングと呼び、インクのふき取りやすさを整えると同時に、素材が刷り取り中にはがれるのを防ぐ役割を果たします。コーティングは版の耐久性を大きく左右しますので、省かないことが重要です。
④ インクを凹部に詰め、拭き取る
コーティングが乾いたら、版にインクをのせます。凹部(素材が貼り付けられていない低い部分)にインクを詰め、寒冷紗(目の粗い布)で余分なインクをふき取ります。ふき取り方の加減によって作品の明暗や質感が変わるため、何度か試し刷りをして最適なふき取り量を見つけることをお勧めします。
⑤ プレス機で紙に刷り取る
インクが整ったら、版の上に刷り紙をのせてプレス機(銅版画用プレス機)を通します。このとき紙を軽く湿らせておくと、より細かいテクスチャーが紙に転写されやすくなります。プレス機がない場合はバレンで代用することもできますが、仕上がりの精細さはプレス機に劣ります。これが作品の出来を左右する重要な点です。
プレス機から紙をそっと剥がす瞬間が、コラグラフ制作における最大のドキドキの瞬間です。版面から浮かび上がる模様は、作者自身にも予測しきれない偶然の要素が含まれており、その驚きこそがこの技法の最大の魅力とも言えます。刷り上がった作品を見て、思ったより面白かった、と感じることが珍しくありません。
アートスクール大阪:実際の制作経験をもとにしたコラグラフの刷り方・素材選びの詳細な解説
陶器に親しんでいる人がコラグラフを見ると、「土の肌のような、あの感触に近い」と感じることが多くあります。これは偶然ではありません。コラグラフは版面に作り出した凹凸のテクスチャーをそのまま紙に転写する技法であるため、陶器の表面に見られる土肌のざらつき、釉薬のとろけた表情、指跡の痕跡といった有機的な質感と、非常に相性が良いのです。
たとえば、ジェッソやモデリングペーストをボール紙に厚く塗り、スクレーパーや指で表面に痕跡を刻むだけで、焼き物の高台(底)の質感に近い印象が版に生まれます。さらにそこに砂粒や炭化ケイ素(カーボランダム)を散布すると、陶器の信楽焼や備前焼に見られるような荒々しいざらつきが版面に加わります。このカーボランダムを使った技法は「カーボランダム法」と呼ばれ、コラグラフの応用技法の一つです。
コラグラフが他の版種と大きく異なるのは、「偶然性を積極的に取り込む」という考え方にあります。素材の貼り方やインクのふき取り方によって毎回異なる表情が生まれ、同じ版で同じ色を刷っても2枚として全く同じ仕上がりにはなりません。これは陶芸において「窯変(ようへん)」と呼ばれる焼成中の偶然の変化を楽しむ感覚と非常に似ています。
版画としての複製性(同じ版から複数の作品を刷れること)を持ちながら、毎回の刷りに一期一会の個性が宿る。これがコラグラフ作品の独自の魅力です。この点が陶器愛好家にとって特に響く部分といえます。
一版で刷れる枚数については、金属版や木版と比べてコラグラフの版(特に紙を基底材にしたもの)は耐久性がやや劣り、繰り返し刷ることで版面の素材が傷んできます。一般的なエディション(限定部数)は10〜30枚程度に設定されることが多く、版の素材や制作方法によっては数枚で版が損傷する場合もあります。だからこそコラグラフ作品は少数限定の希少性が自然に生まれ、それが作品の価値を高める要因にもなっています。
アートカフェ:版画のエディションと希少性・価値の関係についての解説
コラグラフについて語られる際、ほぼ必ず話題になるのは「刷り上がった版画作品」そのものです。しかし、あまり注目されていない視点として、「コラグラフの版そのものが独立したアート作品になりうる」という可能性があります。
コラグラフの版は、布・糸・砂・植物・紙などさまざまな素材が立体的に構成されたコラージュ作品です。表面はジェッソやニスでコーティングされ、触感のある三次元の造形物として成立しています。版を壁に掛けて飾ると、刷り取った版画とはまた異なる立体感と素材感を持つ「レリーフ的な作品」として鑑賞できます。
実際に、コラグラフを制作しているアーティストの中には、刷り取りを終えた版を廃棄せずにフレームに入れて展示するケースがあります。刷り取り後の版にはインクの痕跡が残り、使い込まれたことによる独特の風合いが生まれます。これは陶芸の「使った痕跡が器の味になる」という考え方とも響き合う美意識です。
この視点を持つと、コラグラフ制作の楽しみ方が倍に広がります。一つの版から「刷り取った版画作品」と「版そのものの造形作品」という二種類の表現が生まれるからです。特に陶芸に親しんでいる人は、土を成形して焼く行為の中に「作る過程そのものが作品の一部」という感覚を持っていることが多く、コラグラフの版制作にも同じ充実感を見出せるでしょう。
版画として刷る前に、版をじっくり眺めてみることをお勧めします。素材の組み合わせや凹凸の配置が生み出す立体的な表情は、完成した版画とはまた違う魅力があります。この感覚を大切にすれば、コラグラフはただの「版画技法」を超えた、立体造形と平面表現をつなぐ独自のアート体験になります。
版と作品の両方を楽しめる。これが基本です。
アートスクール大阪:版画の多様な表現効果・コラグラフとタブローの制作観に関する解説(京都市立芸術大学大学院修了作家による)