溶脱とポドゾル形成プロセスと特徴

溶脱によるポドゾル土壌の形成過程とは、寒冷湿潤な気候でどのように進行するのでしょうか。鉄やアルミニウムの移動メカニズムから、漂白層の生成、農業利用まで詳しく解説します。ポドゾル土壌について詳しく知りたくありませんか?

溶脱とポドゾル形成

この記事でわかること
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ポドゾル土壌の基本構造

漂白層と集積層を持つ独特な層序構造と、その形成に関わる溶脱プロセスの全体像

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溶脱の化学メカニズム

有機酸やフルボ酸による鉄・アルミニウムの溶解と移動のしくみ

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ポドゾルの分布と利用

世界各地での分布状況と農業・林業における課題と活用法

溶脱によるポドゾル層序の形成過程

 

ポドゾルは寒冷湿潤な気候下で針葉樹林を中心に形成される特徴的な土壌で、表層から地下へ向かって明確な層序構造を持ちます。表層には未分解の落葉や落枝からなる粗腐植層(O層)が厚く堆積し、その下部には灰白色の漂白層(E層)、さらに下層には鉄やアルミニウム、腐植が集積した赤褐色から暗褐色の集積層(B層)が形成されます。

 

参考)https://www.ffpri.go.jp/labs/soiltype/Podozol/podozol_top.html

溶脱プロセスは、低温環境で微生物による有機物分解が抑制されることから始まります。分解が進まない落葉層から強酸性の有機酸やフルボ酸が生成され、これらが雨水や雪解け水とともに土層内を下降します。フルボ酸は極めて強い化学作用を持ち、ケイ酸塩鉱物を激しく分解してアルカリ元素やアルカリ土類元素を溶脱させます。

 

参考)ポドゾルとは? 意味や使い方 - コトバンク

同時に、鉄やアルミニウムは有機酸と可溶性の有機金属錯体またはキレート化合物を形成し、溶液として下層へ移動します。この移動過程で上層からは鉄・アルミニウムが失われ、石英などの耐風化性鉱物だけが残存するため、E層は特徴的な灰白色を呈するのです。下層では化学条件の変化により鉄・アルミニウムが再び沈殿・集積し、硬く締まった赤褐色のB層が形成されます。

 

参考)日本土壌インベントリー

ポドゾルの層序構造

層位 名称 主な特徴 色調
O層 粗腐植層 未分解の落葉・落枝が堆積 暗褐色〜黒色
A層 腐植層 有機物を含む表土 暗色
E層 漂白層(溶脱層)

鉄・アルミニウムが溶脱し石英が残存
参考)藤井一至のホームページ - 5. 土壌酸性化と有機酸

灰白色
B層 集積層 鉄・アルミニウム・腐植が集積​ 赤褐色〜暗褐色
C層 母材層 風化が進んでいない母材 母材による


ポドゾル化作用の強弱は、降水量や気温、植生、母材の性質によって変化します。特に春先から初夏にかけての乾燥が著しい地域では、O層の分解が進まず厚く堆積した腐植がポドゾル化を促進すると考えられています。

 

参考)https://www.ipej-hokkaido.jp/ch/ch127/p009.pdf

溶脱における有機酸の化学的役割

ポドゾル形成における溶脱の鍵となるのは、腐植から生成される有機酸類、特にフルボ酸の化学的作用です。フルボ酸は分子量が小さく水溶性が高い腐植物質で、土壌や水圏における物質循環において極めて重要な役割を果たします。

 

参考)http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00061/2008/35-07-0074.pdf

有機酸による鉄の溶脱メカニズムは複雑です。実験的研究によると、黒雲母などの鉄含有鉱物からの鉄溶解速度は、まず溶液のpH(酸の強さ)に強く依存します。芳香族性有機酸は脂肪族性有機酸に比べてケイ素に対する鉄の溶出効果が4〜5倍高く、選択的な鉄溶脱に寄与することが明らかになっています。

キレート作用も重要なメカニズムです。低温のため未分解の落葉から溶出される有機酸類は、アルミニウムや鉄イオンと安定した錯体を形成します。この有機金属錯体は水に溶けやすく、土層を下降する水分とともに移動します。カルボン酸由来のプロトンが粘土鉱物のFe-OやAl-O結合を弱め、さらに有機酸のリガンド部分が粘土鉱物の鉄やアルミニウムと結合することで溶脱が進行します。

 

参考)https://www.hrr.mlit.go.jp/kurobe/haisa15/pdf/ss2.pdf

主な有機酸の溶脱特性

  • クエン酸などの低分子有機酸:鉄・アルミニウムの溶解と集積に重要な役割​
  • フルボ酸:ケイ酸塩鉱物を激しく分解し塩基類を溶脱​
  • シュウ酸:他の脂肪族性有機酸に比べて鉄溶解速度が高くpHの影響を受けにくい​

土壌系フルボ酸は水系フルボ酸よりも黒雲母からの選択的な鉄溶脱に寄与し、同時に二次鉱物の生成を促進します。溶出した鉄は有機酸と錯形成を示すことで呈色し、集積層の特徴的な赤褐色の原因となります。

このような化学プロセスは北方林のポドゾルに限定されるものではなく、熱帯林の酸性土壌においても見られる普遍的な現象であることが研究で示されています。

ポドゾルの気候条件と地理的分布

ポドゾルの形成には特定の気候条件と環境要因が必要です。主な形成因子として、寒冷湿潤な気候、針葉樹林、水はけの良い土壌、水が溜まらない地形が挙げられます。

 

参考)ポドゾルについてどうやってできるのか理解できませんわかりやす…

世界的にはポドゾルはシベリアやカナダなどの亜寒帯針葉樹林帯に広く分布しています。ヒースや草原にも見られることがあり、必ずしも森林下に限定されません。熱帯地域でも堆積腐植層が厚くたまる特定の条件下ではポドゾルが形成されることがあります。アマゾン地域では厚い砂質層の下に有機物に富むBh層が1〜3メートル以上の深さに形成される独特なポドゾルが報告されています。

 

参考)https://bg.copernicus.org/articles/8/113/2011/bg-8-113-2011.pdf

日本国内では、平地では北海道の一部、中部山岳などの高山地帯に分布します。日本海側やこれに隣接する中部地方の山地ではポドゾルが広く出現し、鉄型湿性ポドゾルが特徴的です。温帯でも急峻な稜線部に成立したツガ、コウヤマキ、ネズコ、ヒバなどの針葉樹林下、特に支尾根の末端の急崖地など標高の低い側に認められます。北海道では山岳ポドゾルのほか、道北の一部に砂丘ポドゾルが見られます。

 

参考)北海道の特殊土壌

世界と日本のポドゾル分布

地域 分布状況 主な植生
シベリア・カナダ

亜寒帯針葉樹林帯に広範囲
参考)http://www2u.biglobe.ne.jp/gln/31/3103b.htm

トウヒ、カラマツなど
北欧・ドイツ

氷河後退後の砂質地
参考)肥沃な土はどこにある? 土壌学者に聞く宇宙からベランダ菜園ま…

針葉樹林
アマゾン 特定の排水条件下​ 熱帯林
北海道 山岳部・道北の砂丘地​ エゾマツ、トドマツなど
中部山岳

高山帯・亜高山帯
参考)https://www.biodic.go.jp/reports/3-4/c013.html

ツガ、コウヤマキなど


気候条件としては、年間を通じて降水量が多く、特に春先から初夏にかけて雪解け水が豊富な環境がポドゾル形成を促進します。低温により土壌微生物の有機物分解活動が抑制され、酸性腐植が地表面に堆積することが重要です。

イベリア半島のモンカヨ自然公園では標高1600メートルの北向き斜面に、ヨーロッパ最南端と考えられるポドゾルが確認されており、ポドゾル分布の限界域では非典型的な形態を示すことがあります。

 

参考)https://www.frontierspartnerships.org/articles/10.3232/sjss.2020.v10.n3.04

溶脱がもたらすポドゾルの農業的特性

ポドゾルは農業利用において多くの課題を抱える土壌です。化学性は一般に強酸性を呈し、塩基類に乏しい貧栄養な土壌とされています。溶脱作用により植物の成長に必要なカリウム、ナトリウム、カルシウムなどの塩基類が上層から失われているためです。

 

参考)溶脱層(ようだつそう)とは? 意味や使い方 - コトバンク

リン(P)の利用効率が特に低いことがポドゾル土壌の大きな問題です。リンは移動性が低く固定されやすい性質を持ちますが、ポドゾル土壌では特にアルミニウムや鉄と結合して植物が利用できない形態になります。無機リン肥料を施用しても大部分がアルミニウムや鉄と結合し、作物による利用可能性が大幅に低下します。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8965363/

ポドゾルの主な農業的課題

北欧やドイツでは氷河後退後に重い砂が残されてポドゾルが形成され、「森にするかジャガイモを栽培するかという選択肢しかない」と表現されるほど農業利用が限定されてきました。日本でも農業に主に利用されるのは黒ぼく土と沖積土であり、ポドゾル性土は一般的な農業利用の対象外とされています。

しかし改良方法も研究されています。乳牛糞などの有機物資材の施用は、ポドゾル土壌の物理化学的性質を改善し、酵素活性と土壌微生物活動の向上を通じて養分循環とリンの生物学的利用可能性を高めることが実証されています。リン利用効率を高める作物品種の開発や、リン可溶化微生物の活用も有望な対策として研究が進められています。

 

参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpls.2022.804058/pdf

農業以外では、ポドゾルは主に林業用地として利用され、針葉樹の造林地として活用されることが多いです。また近年では、ポドゾルを含む限界的な土壌の特性を理解し、適切な土壌管理と植物選択により生産性を向上させる試みも行われています。

溶脱プロセスで見落とされがちな窒素動態

ポドゾル形成における溶脱では鉄やアルミニウムの移動が注目されがちですが、窒素の溶脱も重要な環境問題として認識されつつあります。湿性ポドゾル土壌の透水実験では、カリウムやカルシウムなどの塩基だけでなく、窒素成分も溶脱されることが確認されています。

 

参考)湿性ポドゾル土壌の透水による主要成分の溶脱について

黒ぼく土露地畑での研究では、冬作に麦類を導入することで窒素溶脱が抑制される効果が報告されており、ポドゾル性土壌でも同様の管理手法が有効である可能性があります。溶脱された栄養は植物が根から吸収しにくくなるため、排水性の高いポドゾルでは特に窒素管理が重要になります。

 

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/0943f53154f2c265b2011c70703a41c4ffa2064b

湿性ポドゾル土壌の透水実験では、F層(半分解有機物層)とH層(高度分解有機物層)から溶脱される成分量に違いがあり、F層のほうがH層よりも溶脱量が多いことが明らかになっています。着色有機物のうち酸可溶性部分は酸不溶性部分よりも多く溶脱され、これが土壌中の養分動態に影響を与えます。

近年では、渓流内リターからの放射性セシウムの流出においても溶脱・分解プロセスが関与していることが報告されており、ポドゾルの溶脱プロセスは単なる土壌形成だけでなく、環境汚染物質の移動経路としても注目されています。セシウムの溶脱は鉄やアルミニウムの溶脱と共に確認され、有機酸による溶脱メカニズムが関与していることが示唆されています。

 

参考)https://enep.ied.tsukuba.ac.jp/wp-content/uploads/sites/9/2017/12/11.-yama-1.pdf

窒素溶脱の環境影響

  • 地下水への硝酸態窒素の流出リスク増大
  • 下流域の水質汚染の原因となる可能性
  • 土壌の生産性低下を加速
  • 温室効果ガス(N₂O)発生の潜在的要因

ポドゾル土壌の持続可能な管理には、鉄・アルミニウムだけでなく窒素を含む養分全体の溶脱動態を理解し、適切な施肥管理と被覆作物の導入などの対策が求められます。

 

湿性ポドゾル土壌の透水による主要成分の溶脱について - 日本土壌肥料学雑誌(J-STAGE)
ポドゾル土壌の透水実験により、F層とH層からの主要成分の溶脱量と着色有機物の挙動に関する詳細なデータが掲載されています。

 

ポドゾル - 日本土壌インベントリー(農研機構)
ポドゾルの定義、形成プロセス、化学性など基本的な情報が網羅されており、日本の土壌分類における位置づけを理解するのに有用です。

 

藤井一至のホームページ - 5. 土壌酸性化と有機酸
ポドゾルにおける有機酸の役割と、鉄・アルミニウムの溶解・集積メカニズムについて、最新の研究成果に基づいた解説があります。

 

 


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