タウンゼント放電は、十分強い電場によって加速された初めは非常に少ない自由電子でのガス電離現象で、電子なだれ現象により電流が一挙に増倍する暗放電です。この放電は非常に低い電流密度によって特徴付けられ、印加電圧がほぼ一定であるにもかかわらず、10^-18 A程度の微小電流が電子雪崩により10^-5 A程度まで電流が一気に増大します。
参考)タウンゼント放電 - Wikipedia
この放電メカニズムは、ジョン・シーリー・エドワード・タウンゼントにちなんで名付けられました。電離により新しい電子が生成されると、それもまた電場による加速を受け、気体原子や分子の電離や励起を引き起こし、これを何度も繰り返して電子なだれが発展していきます。タウンゼント放電は陰極暗部長が極めて長い自続放電であり、放電電流の増加とともに正規グロー放電へ連続的に移行する特性を持っています。
参考)https://utkhii.px.tsukuba.ac.jp/report/2001/pestov_report/node11.html
重要な点として、タウンゼント放電はイオン化された原子・自由電子の数が減るか電界強度が下がると終了する非持続的な放電現象でもあります。このため、継続的なエネルギー供給がなければ放電は停止してしまいます。電子なだれの増倍過程では、陽イオンが陰極を衝撃することで二次電子が放出され(γ作用)、この二次電子放出がタウンゼント放電の維持に重要な役割を果たしています。
参考)タウンゼント放電とは - わかりやすく解説 Weblio辞書
ストリーマ放電は、大気圧下で発生するフィラメント状の放電であり、電子なだれから絶縁破壊(スパーク放電)への過渡的な放電形態として知られています。ストリーマ放電は定常的であって、高気圧気体の絶縁破壊に際して従来知られている過渡的なストリーマとは相違する特徴を持っています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal1888/78/834/78_834_305/_pdf/-char/ja
ストリーマヘッドの進展速度は約105~106 m/s であり、数cm程度のギャップを有する電極では数10~100 ns程度で平板電極まで到達します。実験結果によると、内部線電極径を太くした場合、ストリーマヘッドの進展速度は内径0.2 mmでは4.8 mm/ns、1.0 mmでは9.0 mm/ns、2.0 mmでは12.5 mm/nsとなり、電極径が太くなるにつれ著しく増加することが確認されています。
参考)https://www.jspf.or.jp/jspf_annual2021/JSPF38/pdf/23Ba09.pdf
ストリーマ放電の発生には空間電荷効果が重要な役割を果たします。電子なだれ中の電子数がある閾値を越えた時、空間電荷効果により電子なだれがストリーマーに転換します。この転換条件はミークの理論で記述され、ストリーマ転換条件式αd = Kが用いられます(αは衝突電離係数、dは距離、Kは定数)。大気圧ストリーマ放電は有害ガス処理やオゾン生成に応用されるように工業的価値が高く、また一方では中間圏で発生する巨大放電であるスプライト等の自然現象を解明する上でも重要です。
参考)https://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2016_09/9209SP_all.pdf
気体の放電現象は、電極間の距離、気圧、印加電圧などの条件によってタウンゼント放電からストリーマ放電へと転換します。比較的低気圧および短ギャップの場合はタウンゼント理論が実験とよく合い、一方、常気圧かつ長ギャップの場合はストリーマ理論が適すると言われています。
参考)https://www.kobe-kosen.ac.jp/education/syllabus/2009/2009_E.pdf
タウンゼント理論による火花放電の条件式はγ(e^αd - 1) = 1で表されますが、線状放電が発生するようになるとタウンゼント理論が適用できなくなります。この欠点を是正したものがミークによるストリーマ理論です。実験的検証では、特定の電圧範囲(例えば+8kVから+11kV付近)では単純にストリーマ理論では放電メカニズムを説明できず、この結果はタウンゼントの理論とストリーマ理論の間にあたる領域として注目されています。
参考)https://www.saiensu.co.jp/book_support/978-4-901683-59-3/TKE-13_3rd.pdf
気体絶縁材料は液体・固体絶縁材料と比較して一般に絶縁破壊強度が低いですが、気圧により絶縁破壊強度が変化する特性があるため、SF6ガスや空気においては圧力を高めて使用します。通常、空気が絶縁破壊するためには3メガボルト/メートル(MV/m)以上の電界強度を必要としますが、マイクロギャップでは電界強度が60 MV/mにも達することがあり、このような高電界では容易に絶縁破壊が起こります。
参考)《電力》〈電気材料〉[R01:問14]固体、液体、気体の電気…
電子なだれは、タウンゼント放電とストリーマ放電の両方において基本的な電離増倍機構として機能します。電子なだれがストリーマに移行して地上に達するまでを先駆放電と呼び、先駆放電が地面とつながると絶縁破壊が一気に進むことが雷の研究から知られています。
参考)https://akihiro-himajin.blog.jp/%E8%A8%88%E8%A3%85%E3%81%AE%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E7%9F%A5%E8%AD%98/%E8%90%BD%E9%9B%B7%E3%83%A1%E3%82%AB%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0.pdf
空間電荷効果の有無が、タウンゼント放電とストリーマ放電を区別する最も重要な要素の一つです。タウンゼント放電では電流が非常に小さいため空間電荷による電界の歪みは無視できますが、ストリーマ放電では電子なだれ中の電子数が臨界値を超えると、蓄積された空間電荷が電界分布を大きく変化させます。この空間電荷効果により、ストリーマヘッドの先端では電界が強化され、自己伝播的に放電が進展していく特徴があります。
参考)[2005.14588] The physics of st…
実験観測によると、N2/O2混合比を変化させた場合、ストリーマヘッドの平均進展速度はN2/O2混合比が等量に近づくほど上昇します。これはN2/O2雰囲気下では、ストリーマヘッドが有する高電界領域におけるN2由来活性種からの紫外線放射に伴いO2の光電離による自由電子が次々と発生するためです。このように、放電の進展には気体組成も大きく影響します。
タウンゼント放電はその後グロー放電を経て最終的にアーク放電へと電流密度の増加により進行します。グロー放電は低圧気体中(大気圧の100分の1程度)の持続的な放電現象で、火花放電と同様に二次電子放出、α作用とγ作用により電子が大量に生成され電極間に大電流が持続的に流れます。
参考)放電ー火花放電、グロー放電、アーク放電/汚泥乾燥機,スラリー…
グロー放電は高電圧・小電流で電極間の気体分子は低温ですが、一方、アーク放電は低電圧・大電流で電極間の気体分子の温度は非常に高温(約5000℃~20000℃)になります。グロー放電の状態からさらに印加する電圧を高くして電流を増加させるとアーク放電となり、激しい光と熱を発します。
参考)【放電の種類】火花放電・コロナ放電・グロー放電・アーク放電の…
放電形態の分類と進行順序をまとめると以下のようになります。
マイクロメータスケールギャップにおける放電特性の研究では、ギャップ領域の絶縁破壊は電子なだれによるTownsend型絶縁破壊機構ではなく、真空中の絶縁破壊と同様、電界電子放出電流に基づく局部的な電極金属の溶融・蒸発の過程を経ることが明らかになっています。これは極めて短いギャップ長では、従来のタウンゼント理論やストリーマ理論とは異なる破壊メカニズムが支配的になることを示しています。
参考)https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/89736/eme_31_01_026.pdf
タウンゼント放電の実用応用として、ガス光電管での光電子数の増幅があります。タウンゼント放電間のなだれ現象は、陰極での入射放射線によって引き起こされた光電子数を増幅するために使用され、達成可能な電流は真空光電管で発生するものの約10-20倍になります。また、タウンゼント放電の開始に重要なのはグロー放電のガス充填チューブが耐えることができる阻止電圧に上限を合わせることで、この限界はタウンゼント放電の絶縁破壊電圧であり、チューブの点火電圧とも呼ばれます。
ストリーマ放電の実用例としては、有害ガス処理やオゾン生成などの工業応用が挙げられます。大気圧プラズマの制御性を高める作用があることが明らかとなっており、環境浄化技術や表面処理技術に広く利用されています。また、自然現象としては雷放電の初期段階や、中間圏で発生する巨大放電現象であるスプライトがストリーマ放電のメカニズムで説明されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejfms/130/7/130_7_683/_pdf/-char/en
鉱物学的観点から見ると、絶縁材料の特性評価において放電現象の理解は極めて重要です。固体絶縁材料内部にボイド(空隙)を含む場合、固体絶縁材料の絶縁破壊が生じなくても、ボイド内の気体が絶縁破壊することで部分放電が発生する場合があります。熱や電界、機械的応力などが長時間加えられることによって、固体絶縁材料内部に微小なボイドが形成され、部分放電が発生する可能性があるため、鉱物や結晶性材料の評価においてこれらの放電現象の知識が役立ちます。
気体絶縁材料における絶縁破壊電圧は、電極表面状態によっても変化するため、電極構造製作において特に高電界になることが予想される箇所、特に真空条件下で使用される電極に対しては特別な注意が必要です。気体のガス圧(p)とギャップ長(d)の積pdの関数として絶縁破壊電圧が決まるパッシェンの法則は、様々な気体や条件での放電特性を理解する上で基礎となる重要な法則です。
参考)https://sma.jaxa.jp/TechDoc/Docs/JAXA-JERG-2-213B.pdf
ストリーマ放電のシミュレーション研究は、適切な仮定とモデルを用いることによって実際の現象を数値上で再現することが可能であり、大気圧プラズマ中で生成される活性種の分析などに役立っています。ストリーマ放電は3次元のフィラメント構造を有し、そのフィラメント構造によって電界が決定されるため、正確なシミュレーションを行うためには次元を適切に考慮する必要があります。
放電の電界測定には分光ストリークカメラが用いられ、窒素分子強度比法を用いて換算電界(E/N、Eは電界、Nは気体密度)を導出することができます。実験結果から、1次ストリーマは電界が強いが進展速度が速く、2次ストリーマは電界は弱いが電界持続時間が長いため、結果として2次ストリーマで多くの活性種が生成されるという知見が得られています。
大気圧空気中における均一バリア放電(DBD)の研究では、大気圧タウンゼント放電(APTD)の放電エネルギーはストリーマ放電先端のエネルギーよりも低いことが示されており、低侵襲で均一なDBDを実現するためにAPTDの発生メカニズムの解明が重要とされています。半球棒対アルミナ被覆平板電極を用いた実験では、大気圧空気中でのタウンゼント放電の安定発生とストリーマ放電の観察が行われ、両放電形態の詳細な比較研究が進められています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/4e779776aff9fdb0960569fc9bb0cca22961bcfc
液体中のストリーマ放電に関しても多くの研究がなされており、液体中ではストリーマが進展して対向電極に到達すると電極間が気泡チャネルで繋がりスパーク放電に移行することが知られています。水中でのストリーマ放電は、生成・進展・スパーク・気泡膨張という一連のプロセスを経て進行し、これらの連続的観測により放電メカニズムの理解が深まっています。
参考)https://ietresearch.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1049/hve.2016.0016
Wikipedia - タウンゼント放電の詳細な解説と歴史的背景
J-STAGE - タウンゼント放電域における二次機構の研究論文
日本物理学会誌 - 非平衡大気圧プラズマのシミュレーション研究