溜塗と春慶塗を「どちらも赤っぽくて似たようなもの」と思っていると、数万円の漆器を買うときに選択を誤る可能性があります。
溜塗(ためぬり)は、半透明の透き漆(溜漆ともいいます)を上塗りに使う漆塗り技法の総称です。「透き漆を塗れば全部溜塗」という認識はほぼ正しいのですが、その下地の違いによって、仕上がりの色が大きく変わります。
最も代表的なのが「朱溜(しゅだめ)」です。木地に下地処理を施した後、中塗りとして朱漆(赤い漆)を塗り、その上に溜漆(半透明の褐色透き漆)を上塗りします。朱色が透き漆越しに見えるため、深い赤紫がかったワインレッドのような独特の色調になります。棗(なつめ)などの茶道具によく使われる「溜色(ためいろ)」とはこの色のことです。
もう一つが「木地溜(きじだめ)」で、下地で木の肌を完全に隠してしまわず、木地に直接透き漆を塗る方法です。これは木目が表面から透けて見える仕上がりになります。つまり、木地溜は木目が見える。
| 種類 | 下地・中塗り | 仕上がりの色 | 木目の見え方 |
|---|---|---|---|
| 朱溜(しゅだめ) | 朱漆を中塗り | 深いワインレッド〜あずき色 | 新品時はほぼ見えない |
| 黄溜(きだめ) | 黄色漆を中塗り | 黄金色〜琥珀色 | 透き感で薄く見える |
| 木地溜(きじだめ) | 下地なし・直接透漆 | 木地の色+透き感 | 最初から木目がはっきり見える |
溜塗の大きな特徴は「経年変化の美しさ」にあります。使い込むほどに上塗りの透き漆が徐々に透け、中塗りの朱色が浮かび上がってくるのです。これが溜塗ならではの「育てる楽しさ」と言えます。
溜塗の経年変化については「漆器の色の変化について解説しました」(小林漆器 YouTube)でも詳しく解説されています。春慶塗や溜塗は色の変化が特にわかりやすい技法として紹介されています。
春慶塗(しゅんけいぬり)は、木目の美しさを最大限に活かすことを主眼とした漆塗り技法です。木地を目止め(とのこ+水で表面を整える工程)したあと、黄色や紅の染料で着色し、生漆にえごま油を混ぜた摺り漆を何度も染み込ませ、最後に透漆で上塗りします。
最大のポイントは「最初から木目が透けて見える」ことです。春慶塗は、仕上げた直後の新品の状態からヒノキやサワラの木目がはっきりと見え、飴色の艶やかな仕上がりになります。使い込むと逆に色が少しずつ薄くなり、より鮮明に木目が浮き出てきます。これは溜塗の経年変化と逆方向という点が面白いですね。
春慶塗の色は「柿色」を原則とするとされ、黄みがかった橙色〜飴色が特徴です。溜塗の朱溜のような赤紫がかった深みとは異なります。実際に並べてみると、春慶塗のほうが明るい印象です。
飛騨春慶の歴史や製法については、伝統工芸品専門のオンラインメディア「kogeijapan」に詳しい記述があります。木地師と塗師の分業体制、400年に及ぶ歴史なども確認できます。
春慶塗には複数の産地があり、産地ごとに使う木材や仕上げが微妙に異なります。なかでも「日本三大春慶」として知られるのが次の3産地です。
この2つの技法を並べて整理すると、共通点と相違点がよりはっきり見えてきます。共通点から言うと、どちらも「半透明の透き漆(透漆)を上塗りに使う」という点は同じです。実際に専門家の間でも「春慶塗は木地溜の一種」と分類されることがあります。
しかし、違いはいくつもあります。
| 比較項目 | 溜塗(朱溜の場合) | 春慶塗(飛騨春慶の場合) |
|---|---|---|
| 下地の着色方法 | 漆(朱漆)を塗り重ねる | 染料(黄・紅)で染める |
| 使用する木材 | 椀・棗など木種を問わない | ヒノキ・サワラ・トチなど木目が美しい材 |
| 完成時の木目 | ほぼ見えない(朱溜の場合) | はっきり見える |
| 色調のトーン | 深いワインレッド・あずき色 | 明るい飴色・柿色 |
| 経年による変化 | 朱色が徐々に浮き上がり色が深まる | 色が薄くなり木目がより見えてくる |
| 主な用途 | 茶道具(棗など)・漆器全般 | 盆・重箱・茶道具・土産品 |
「溜塗は深く赤みが増す方向に育ち、春慶塗は木目の鮮明さが増す方向に育つ」と覚えておけばOKです。
購入を検討するときは、「長く使うほど朱の渋みを楽しみたいか(溜塗)」「天然木の木目を最初から・末永く楽しみたいか(春慶塗)」という観点で選ぶと選択を誤りにくいです。両者の経年変化の特性は真逆なので、この判断基準が条件です。
あまり知られていない話ですが、溜塗と春慶塗を組み合わせた「溜春慶(ためしゅんけい)」という技法が存在します。意外ですね。
溜春慶は、一度飛騨春慶塗として仕上げた製品の上に、さらに溜漆(越前塗の塗師が塗る)を重ねて塗り上げたものです。つまり木地と春慶塗の工程は岐阜県高山市の木地師・塗師が担当し、最終的な溜漆の上塗りは越前塗(福井県鯖江市)の塗師が担当するという、2産地にまたがる合作技法です。
飛騨春慶の「透け感」はなくなりますが、滑らかな塗り上がりと、角部分に浮き上がる下地の黄色との調和が美しい仕上がりになります。価格帯は茶托5枚組で税込21,780円前後(飛騨高山 春慶塗・中山漆器調べ)で、通常の飛騨春慶品と比べると塗りの手間がかかるぶん、やや高めに設定されていることが多いです。
この溜春慶の存在は、「溜塗と春慶塗は別物」という前提を根本から揺さぶります。厳密には「組み合わせることが可能な技法」とも言えるわけです。
溜春慶の詳細と実際の商品については、飛騨高山の漆器メーカー・中山漆器のサイトに掲載されています。飛騨産と越前産の技術が融合した貴重な製品を確認できます。
茶道の世界では、溜塗と春慶塗はどちらもよく登場しますが、登場場面が少し異なります。溜塗は茶道具(特に棗)への使用が多く、格式のある席でも使われる定番の塗りです。朱溜の棗は、表千家・裏千家を問わず茶席に頻繁に登場し、使い込んだ年代物になると30,000円以上の価格がつくものもあります。
春慶塗は水指(みずさし)や菓子器、盆類に多く使われます。木目の素朴な美しさが茶室の雰囲気と合うためです。こちらは「飾り(蒔絵や沈金)を一切しない」という無地の潔さが大きな特徴で、飛騨春慶に至っては黒漆も朱漆も使わず、透き漆だけで仕上げるという点が、他の漆器産地にはほぼない独自のスタンスです。
茶道をこれから始める方や漆器を揃えたい方には、次のような視点で選ぶことをおすすめします。
溜塗の棗は、新品時には落ち着いた深い赤茶色です。10年・20年と使い続けると中塗りの朱色が浮かび上がり、「育てた棗」特有の趣が生まれます。これが茶人に愛される理由の一つです。棗の塗りに詳しくなると、茶席でも一段と話が弾みます。これは使えそうです。
茶道具としての棗の選び方・溜塗の見方については、漆器情報に詳しい「古澤漆器店」の漆器用語ページに塗りの種類が整理されており、参考になります。

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