大気圧プラズマは、真空装置を使用せず通常の大気圧環境下で生成できるプラズマ状態を指します。物質は固体・液体・気体に続く「第4の状態」としてプラズマ状態を持ち、気体に高いエネルギーを与えることで原子や分子がイオン化し、自由電子と陽イオンが混在する状態になります。この状態では通常の気体とは全く異なる特性を示し、熱や活性種、イオン、電子、光など多様な場を作り出すことが可能です。
参考)大気圧プラズマとは?【接着不良を解決】原理とPP・異種材料へ…
誘電体バリア放電は、大気圧プラズマを安定に生成する代表的な方法です。誘電体と空間を介して対向させた金属電極間に、数キロボルトから数十キロボルトの高電圧を印加することでプラズマが発生します。1対の電極に高周波・高電圧を印加すると電極間でプラズマが発生し、電極に貼り付けられた誘電体によりグロー放電と呼ばれる均一な放電が実現します。誘電体の存在により電極の損傷が避けられる一方、ギャップに比較的均一で強い磁界が生じ、効率的な放電が可能になります。
参考)大気圧プラズマとは|積水化学工業株式会社
電極構造には様々な形態があり、平行平板電極や同軸円筒電極などが用いられます。平行平板電極構造では基板に対する均一な処理が可能ですが、電極間距離に分布を持たせることで幅広い圧力レンジでの放電も実現できます。大気圧は本来プラズマ生成に適さない高気圧環境であるため、電流密度の制限やプラズマ生成の間欠化、ガス流路の適切な設計など、電源特性や電極構造に工夫が必要となります。
参考)https://www.rdsc.co.jp/book_sample/Polymer_surface_treatment_sample.pdf
積水化学工業の大気圧プラズマ技術解説ページ - 誘電体バリア放電の詳細な原理と電極構造について
発生したプラズマ中には窒素や酸素などのプロセスガスが投入され、イオン、ラジカルなどの活性な状態が作り出されます。これらのプラズマガスはガス流と共に流されながら被処理基材に照射されます。電極に窒素や希ガスなどのガスを流し、高周波・高電圧を印加することで大気圧状態でプラズマが発生し、手軽かつ連続的な処理が可能になります。
参考)大気圧プラズマ装置
大気圧非平衡プラズマの特徴として、ガス温度は室温である一方で電子温度は1-3eV(約10,000~30,000℃)と高いことが挙げられます。この高い電子温度により、電子が酸素分子や水分子などと解離・励起衝突することで、H₂O₂やOHなどの活性酸素種(ROS: Reactive Oxygen Species)を大量に生成できます。生成されたHeやArなどの放電ガスのイオンや準安定粒子も水分子と化学反応し、多種多様な活性種を気相中および溶液中に生成します。
参考)大気圧非平衡Heプラズマジェットと溶液との相互作用に関する可…
医療応用の観点からは、一重項酸素(¹O₂)、オゾン(O₃)、水酸基ラジカル(OH)などが特に重要な活性種として知られています。これらの活性種は半減期が数秒程度と短いため、生成直後に基材表面で効率的に化学反応を起こします。窒素の第2正帯(SPS)やイオン、水酸基ラジカル、水素原子なども多く生成されることが光学発光分光法により確認されています。
参考)https://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2015_12/jspf2015_12-771.pdf
質量分析法を用いた大気圧プラズマ中のイオン計測により、プラズマ中で生成したイオンが周辺空気中の成分や放電による生成物との間で複雑なイオン分子反応を起こすことが明らかになっています。正イオンおよび負イオンの質量スペクトル測定から、イオン組成分布がプラズマの中心から周辺に向かって変化する様子が観察されており、様々なプラズマ生成条件での広範囲な分析が求められています。
参考)https://www.jspf.or.jp/Journal/PDF_JSPF/jspf2017_05/jspf2017_05-236.pdf
日本プラズマ・核融合学会誌 - 質量分析法による大気圧プラズマ中のイオン計測の詳細
大気圧プラズマ処理は材料表面の洗浄、有機物除去、親水化などの表面改質に広く使用されています。低気圧プラズマに比べて高密度な気体でプラズマを生成するため、高密度なプラズマを生成しやすく、熱容量が大きくなる特徴があります。この高密度プラズマにより、処理表面の活性化レベルはコロナプロセスを上回る効果が得られます。
参考)https://www.scej.org/docs/publication/journal/backnumber/8509-open-article.pdf
ポリプロピレンやポリエチレンなどの難接着性樹脂に対して、大気圧プラズマ処理は接着性や粘着性、塗膜の密着性を大幅に向上させます。フッ素樹脂のような極めて接着困難な材料に対しても、熱アシストによる大気圧プラズマ処理により表面に酸素を含む官能基を導入でき、その官能基がゴム中のSiOH粒子と縮重合反応することでフッ素樹脂とゴムが強く結合します。これまで接着が難しいとされていた材料の新しい可能性を拓く技術として注目されています。
参考)スパッタリングおよびプラズマプロセス技術(SP)部会第159…
金属材料への応用も進んでおり、鉱物油を塗布した銅板においてもプラズマ照射によって親水化が進み、金属表面の脱脂効果が得られることが確認されています。大気圧プラズマは樹脂成形品や金属加工品などに高温・高速・高密度または低温・高速・高密度で処理が可能です。広いプロセスウィンドウを実現するため、火炎処理に比べて熱による部品破損リスクが大幅に低くなります。
参考)産業用プラズマ表面前処理|大気圧プラズマ技術の特長と利点
表面への超薄膜コーティング生成も大気圧プラズマの重要な応用分野です。有機ケイ素化合物を前駆体としてプラズマに添加し、材料表面に堆積させることで機能性コーティングを形成できます。この技術により、これまで使用できなかった利点の多い材料を活用できるようになり、材料選択の幅が大きく広がります。
大気圧プラズマと真空(減圧)プラズマは発生原理が異なる2つの主要なプラズマ処理方式です。真空プラズマ装置は減圧したチャンバー内でプラズマを生成する方式で、チャンバー内を減圧させるための真空ポンプが必要となり、その分の設置スペース確保が必要になります。
参考)プラズマ装置とは
一方、大気圧プラズマは通常の気圧(常圧・大気圧)の中で電力を使って気体を活性化させた状態であり、電気と圧縮エアのみでプラズマを生成します。真空装置を必要としないため、生産ラインにシームレスに統合でき、ロボット制御のラインにも統合可能で、インライン化コストを低く抑えることができます。
真空プラズマ処理では密閉されたチャンバー内に基材を置き、内部に満ちたプラズマが基材表面に触れることで化学反応を起こします。これに対して大気圧プラズマは開放系でプラズマ処理ができるため、大面積一括処理や連続的な処理が可能になります。処理対象の形状やサイズの制約が少なく、柔軟な生産プロセスに対応できる利点があります。
参考)https://www.nipc.or.jp/placia/pdf/r3_plasma.pdf
大気圧プラズマはガス密度が高いため反応速度が速いという特徴も持ちます。真空装置のような専用チャンバーを必要としないため、設備投資やランニングコストの面でも優位性があり、コスト効率がよく低圧プラズマやコロナプロセスに代わる方法として評価されています。ただし、大気圧環境では均一で安定したプラズマ生成が技術的に難しく、電源特性や電極構造に高度な工夫が求められます。
参考)大気圧誘電体バリア放電プラズマと応用に関する研究:長岡技術科…
大気圧プラズマ技術は鉱物や鉱石を含む多様な無機材料への応用が進んでいます。セラミックス粉体や金属の表面改質、微粒子の分散性改善、金属ナノ粒子やその複合粉体の調製などに利用されています。溶液中でプラズマを発生させる液中プラズマ法では、ナノ粒子の生成や液中に分散させたセラミックスや金属粉体の表面改質が可能です。
鉱物油を塗布した銅板などの金属材料に対して、大気圧プラズマ照射により親水化が進行し、速度は遅いものの照射時間とともに表面改質効果が得られることが実験的に確認されています。この脱脂効果は金属表面処理の前処理として有用であり、従来の化学的脱脂処理に比べて環境負荷が低く、インラインでの高速処理が可能という利点があります。
参考)https://www.hro.or.jp/upload/27886/311_10.pdf
マグネシウムリン酸塩セメント(MPC)のような骨修復材料に対して、大気圧プラズマジェット処理により物理化学的特性を改善し、細胞との相互作用を調整する研究も進められています。セメント材料を5分、7.5分、10分間プラズマ処理することで、処理中に形成される反応性窒素種や酸素種が材料表面の特性を変化させます。このような無機材料への大気圧プラズマ応用は、材料科学の新たな可能性を拓いています。
参考)https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acsbiomaterials.3c00817
大気圧プラズマ/微細液滴複合法による金属ニッケル合成や無電解ニッケルめっきへの応用など、表面処理と洗浄の分野で革新的な技術開発が行われています。鉱石や鉱物材料の表面特性制御により、接着性、濡れ性、化学反応性などを精密に調整できるため、電子材料、触媒、エネルギー材料などへの応用展開が期待されています。意外にも、大気圧プラズマは室温近傍で処理できるため、熱に敏感な鉱物標本や考古学試料の非破壊表面分析にも応用可能性があり、従来の加熱処理では困難だった用途への展開が研究されています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/f6798b7aa70f32b1509e3dd862f3df820a24b257
📊 大気圧プラズマの主な応用分野
北海道立総合研究機構 - 大気圧プラズマを用いた鉱物油の脱脂効果と金属表面処理への応用研究
大気圧プラズマ装置の温度制御は応用範囲を広げる重要な技術要素です。東京工業大学では3℃から108℃まで温度を制御できる大気圧プラズマ発生装置の開発に成功しています。この装置では、あらかじめ温度を調整した流体をパイプに流し、装置全体およびプラズマ化するガスを加熱・冷却しておき、その上で装置内に放電を起こすことでプラズマを発生させます。
参考)3℃から108℃まで温度を制御できる大気圧プラズマ装置を開発…
プラズマは装置に開けられた直径1mmの穴からジェット状に噴出する構造となっており、二酸化炭素、酸素、窒素、アルゴンなど様々なガス種に対応できます。この低温から高温までの広い温度範囲での制御により、熱に敏感な生体材料から高温処理が必要な無機材料まで、多様な対象に最適な条件でプラズマ処理を施すことが可能になりました。
マルチガスプラズマ装置の開発も進んでおり、Heだけでなく○₂やN₂、airなど様々なガスを利用できる装置が実用化されています。このマルチガス対応により、処理対象や目的に応じて最適なガス種を選択でき、プラズマガスを液中へバブリングする「プラズマバブリング」による殺菌や、低温プラズマによる高速止血などの医療応用も実現しています。
大気圧プラズマによる物質表面付着物の非接触かつ非破壊分析技術も開発されており、従来の分析手法では困難だった表面情報の取得が可能になっています。ハンディタイプの大気圧プラズマ処理装置も製品化されており、大型設備を導入できない現場や小規模生産にも対応できるようになっています。これらの技術革新により、大気圧プラズマは研究室レベルから実用的な産業応用へと急速に展開しています。
参考)大気圧プラズマ装置 - メーカー・企業63社の製品一覧とラン…
東京工業大学プレスリリース - 温度制御可能な大気圧プラズマ装置開発の詳細