存星と呼ばれる漆器は「陶器」ではなく、実は漆器の一種であるにもかかわらず骨董市で陶器と混同されて安く売られていることがあります。
存星(読み:ぞんせい)は、漆器に施される装飾技法の名称です。中国・明代初期(15世紀ごろ)に誕生した「填漆(てんしつ)」という技法を、日本独自に呼び替えた呼称で、「存清」という漢字が当てられることもあります。
読み方を間違えやすい単語です。「そんせい」ではなく「ぞんせい」が正しい読み方です。
この技法の核心は、漆器の表面に色漆で文様を描き、その輪郭や細部に沿って彫刻刀で線を彫り込み、彫り口に金粉・金箔を埋めて金色に仕上げるという工程にあります。つまり「色鮮やかな彩漆の絵」と「金の輪郭線」が組み合わさった、非常に華やかな漆器表現です。鮮やかな朱や緑・黄の色漆に、金の細い線が加わることで、まるで繊細な絵画のような文様が立体的に浮き上がります。
陶器の表面に金彩を施した器と混同されることがありますが、まったく異なる工芸です。存星は飽くまでも漆器の技法であり、素材の土台となるのは木や竹などの素地に漆を塗り重ねたものです。つまり存星が施された器は、陶器ではなく漆器ということになります。
国内の主要辞書では次のように解説されています。「漆地に色漆で文様を描くか、文様を彫って色漆をつめこみ、輪郭や細部に沈金を施したもの」(コトバンク)。沈金(ちんきん)とは、漆器の表面を彫って金を埋める技法ですが、存星ではこれが文様の輪郭線として使われているのがポイントです。輪郭線が金色というのが存星の視覚的な特徴のひとつです。
コトバンク「存星(ゾンセイ)とは? 意味や使い方」
複数の権威ある辞書・百科事典(デジタル大辞泉・日本国語大辞典・世界大百科事典など)による存星の定義と起源の解説。
存星の歴史をさかのぼると、舞台は15世紀の中国・明代初期に行き着きます。現存する最古の遺品は「宣徳期」(1426〜1435年)のものとされており、その後1522〜1620年の「嘉靖〜万暦期」に最盛期を迎えました。この時代、中国の豪族たちは室内を豪華に装飾することを競い合い、調度品のほとんどに色鮮やかな存清塗が施されていたといわれています。
日本には室町時代中期(16世紀初め頃)に唐物(からもの)として伝来しました。室町時代の書院文化において中国美術品の鑑賞は武家社会の教養そのものであり、存星はその中でも「稀なるもの」として珍重されていました。当時の唐物鑑賞の秘伝書である『君台観左右帳記(くんだいかんそうちょうき)』(1511年)にも「存星といふものあり(略)稀也」という記述が残っており、当時の人々がいかにこの漆器を希少品として扱っていたかがわかります。
室町・安土桃山の時代を通じて、存星は主に茶道具として用いられていました。しかし当時はあくまで舶来の珍品であり、日本国内でその制作に取り組む職人はいませんでした。
その状況が変わるのは江戸時代後期のことです。高松藩(現在の香川県)の漆芸家・玉楮象谷(1806〜1869年)が中国の存星を独自に研究し、日本的な感性を加えた「存清(ぞんせい)」として再構築しました。象谷はこれを日本の髹漆(きゅうしつ)法と融合させ、新たな技法として完成させます。これが現在の香川漆器における存清技法の礎となりました。
明治時代に入ると、象谷の実弟・藤川国斎(黒斎)が存清の産業化を推進し、明治25年(1892年)頃からアメリカやイギリスへも輸出されるようになります。「香川は漆芸王国」として全国に名をはせるほどになりました。
香川県漆器工業協同組合「存清(ぞんせい)について」
香川の存清技法の起源・歴史・技法の3分類について、産地の組合が解説している一次情報として信頼性が高いページ。
存星(存清)の技法は一種類ではなく、大別して3つの手法に分類されます。それぞれ仕上がりの雰囲気が異なり、鑑賞するうえでも知っておくと作品の見方が深まります。
まず1つ目は「毛彫りのみ」の手法で、模様の輪郭を細く毛彫りしたままのものです。金を入れず、彫り線そのものが文様を引き締める役割を担います。最もシンプルですが、余白の美と繊細さが際立ちます。
2つ目は「毛彫り+金泥埋め」で、輪郭や細部の線彫りを施した後、彫り口に金泥(金粉を溶いたもの)を埋めるものです。金の線が光を反射し、文様が華やかに浮かび上がります。存星と聞いてイメージする「金のアウトライン」は、この手法によるものです。
3つ目は「金泥の筆描き」で、毛彫りをせずに金泥を筆で骨描き式に直接線描きするものです。彫らないぶん柔らかな線の動きになり、絵画的な印象が強くなります。
制作工程は、香川県漆芸研究所が定める手順によると以下のような流れです。まず器物全体を研いで磨きの一歩手前の状態にし、文様部分を黒の呂色漆で描いて乾燥後に炭研ぎを行います。次に色漆で文様を描き、高く盛り上げたい部分は重ね塗りして再び炭研ぎ。全体を磨いた後、輪郭や細部を剣(専用の彫刻刀)で彫り、最後に彫り口に金箔または金粉を漆で接着して完成です。
これが工芸の世界では「鎗金細鉤描漆法(そうきんさいこうびょうしつほう)」と呼ばれる技法です。色漆を埋め込んで平らに研ぎ出してから金で輪郭を入れる「鎗金細鉤填漆法(そうきんさいこうてんしつほう)」もあり、こちらは断面を見ると色漆が沈み込んだ状態になっています。
色漆は粘度があるため、筆の跡を残さずに厚みを均等に描くのは相当な技術を要します。これは難しい作業です。一見シンプルに見える文様の裏に、熟練の技術が隠れているのが存星の奥深さです。
香川県漆芸研究所「香川の3技法」
存清・蒟醤・彫漆という香川漆器3技法について、断面図つきで詳しく解説している香川県の公式ページ。
「存星」という名称の由来は、じつは現在でも確定していません。興味深いことに、「存星」という呼称は中国には存在しない日本独自の名称です。中国ではこの技法を「填漆沈金(てんしつちんきん)」「鎗金細鉤描漆」などと呼んでいました。つまり「存星」という言葉は、日本人が独自につくり上げた名前なのです。
由来については主に2つの説があります。1つ目は「作家名説」で、中国・元から明時代にかけて活躍した彭君王という人物の字(あざな)が「存清」であり、その名人の名前がそのまま技法名になったというものです。香川県漆器工業協同組合の公式サイトでもこの説が紹介されています。
2つ目は「文様説」で、江戸時代の文献『茶具備討集』には「彫りに星の様なるものある故」という記述があり、色漆の中に含まれる粗い顔料の粒子が星のように見えることから「存星」と呼ばれたとする説です。世界大百科事典(旧版)ではこちらの説も紹介されています。
さらに江戸時代の文献『万宝全書』には「作人の名也」という記録もありますが、それが誰を指すかは判明していません。これは謎です。
どちらの説も決定的な証拠に欠けており、研究者の間でも諸説が並立している状態です。700年以上の歴史を持つ漆芸技法の名前の由来が未だに謎のままというのは、骨董や工芸の世界の奥深さをよく示しているといえます。なお「存星」「存清」「存成」など複数の漢字表記があるのも、由来の不確かさを反映しているのかもしれません。
香川県漆芸研究所で学んだ漆芸家による、中国の存清と香川の存清の違い・制作工程の詳細な一次情報。参考文献が明記されており信頼性が高い。
現在、存星(存清)の技法は香川漆器の中核をなす「香川の3技法」のひとつとして国の伝統工芸品に指定されています。香川の3技法とは蒟醤(きんま)・存清(ぞんせい)・彫漆(ちょうしつ)の3種で、いずれも玉楮象谷が確立したものです。
玉楮象谷(1806〜1869年)は高松の鞘塗師(刀の鞘を塗る職人)の家に生まれ、京都での修業時代に中国や東南アジアから伝来した珍しい漆器と出会ったとされています。象谷はその魅力に取り憑かれ、徹底的に技法を研究・分析しました。中国の技法をそのままコピーするのではなく、日本の髹漆の感性と融合させた独自の存清塗を生み出したことが、彼の最大の功績です。
しかしその後の歴史は順風満帆ではありませんでした。明治末には業者による粗製濫造が原因で存清の質が低下し、一時的に衰退します。大正時代には存清の職人が香川藻浦・遠藤清一の2名のみとなり、この2名が亡くなった後は香川宗石(1891〜1976年)ただ1人が技術を守り続けました。
宗石は存清技法に「ぼかし」を取り入れ、色彩の微妙なグラデーションを生み出しました。また文様部分を最初に黒の呂色漆で描き、その上に色漆を重ねることで立体感を強調する「肉上げ塗り」を確立しています。昭和37年(1962年)には香川県指定無形文化財存清技術保持者に認定されました。
現在も香川県漆芸研究所では存清の技術教育が続けられており、伝統が次の世代へと着実に受け継がれています。香川漆器の産地・高松では文庫、茶盆、菓子鉢、茶道具、花いけ、座卓など多様な製品に存清技法が施されており、博物館での鑑賞だけでなく実際に日常使いできる工芸品として今も流通しています。
工芸品Japan「香川漆器(かがわしっき)の特徴や歴史」
経済産業省指定伝統工芸品を紹介する公式情報サイト。香川漆器の5技法や産地・歴史の概要確認に。
存星を初めて鑑賞するとき、「蒔絵や沈金とどう違うのか」という疑問を持つ方は多いものです。この3つは「漆器に金を使った装飾」という点では共通しますが、技法の構造がまったく異なります。
蒔絵(まきえ)は、漆で文様を描いた上に金粉や銀粉を「蒔く」(振りかける)技法です。立体感のある絵画的な表現が得意で、奈良時代から続く最も代表的な日本の漆芸です。
沈金(ちんきん)は、固まった漆の面を沈金刀で彫り込み、その凹みに漆と金粉を埋めて仕上げる技法です。中国では「鎗金(そうきん)」と呼ばれており、輪島塗で特に高度な発展を遂げました。金の線画のみで表現するため、シンプルで繊細な印象になります。
一方、存星は「色漆の面彩色+金の輪郭線」の組み合わせです。複数の色漆で描かれた鮮やかな文様に金の線が縁取りを加えるため、3技法の中では最もカラフルで絵画的な表現力があります。蒔絵が「金を散らす」、沈金が「金を彫り込む」とすると、存星は「色で描いて金で囲む」と理解するとわかりやすいです。
実物を鑑賞する際のポイントをいくつか挙げます。まず「地色」に注目してください。黒地・赤地・黄地の3種が基本で、地色によって文様の色の見え方が大きく変わります。次に「金線の細さと密度」を見ます。毛彫りによる0.3〜0.5mm程度の極細の線が隙間なく走っているものほど、技術力が高い作品とされています。最後に「色漆のぼかし」です。近代以降の存清では、香川宗石が確立したぼかし技法によって色漆に自然なグラデーションが生まれており、平面的でなく絵画のような深みが感じられます。
骨董市や古美術店で存星を見かけた際は、これらの点を確認してみてください。金線が太く不均一だったり、色漆の盛り上がりが乏しかったりするものは、大正〜昭和初期の粗製濫造期のものである可能性があります。品質の差が大きいのが存星漆器の特徴でもあります。
蒔絵・漆器の買取価格相場など市場価値の参考として、専門の古美術商・骨董鑑定士への相談が価値判断の近道です。
国立文化財機構「龍存星長方盆 りゅうぞんせいちょうほうぼん」
東京国立博物館所蔵の明代存星作品の詳細解説。実物の文様・技法について確認できる一次資料として最適。