高張力鋼の規格体系は、日本国内ではJIS規格を基準として整備されています。主要なJIS規格には、JISG3106(溶接構造用圧延鋼材)、JISG3128(溶接構造用高降伏点鋼板)、JISG3115(圧力容器用鋼板)、JISG3124(中・常温圧力容器用高強度鋼鋼板)などが存在します。これらの規格は、橋梁、建築、その他の構造物における溶接性と耐候性を考慮して定められています。
日本における高張力鋼の定義は、引張強度が340MPa以上、790MPa以下の鋼材を指すのが一般的です。ただし、国際規格との整合性から、ISO環太平洋規格「System-B」では引張強さ590MPa級以上を高張力鋼と定義しており、この点で日本のJIS規格(490MPa級以上)とは若干の相違があります。980MPaを超える鋼材については、超高張力鋼という別の名称が用いられます。
国内の主要鉄鋼メーカーは、それぞれ独自の高張力鋼ブランドを展開しています。日本製鉄のWEL-TEN®シリーズは55キロ鋼以上を設定しており、特に80キロ鋼にはWEL-TEN780、WEL-TEN780E、WEL-TEN780C、WEL-TEN780EXなど多岐にわたる製品群があります。JFEスチールはJFE-HITENシリーズを展開し、引張強さ590~980N/mm²級の高張力鋼板をラインアップしています。
JIS規格における高張力鋼は、用途と要求性能に応じて複数の規格に分類されています。JISG3106は溶接構造用圧延鋼材の基本規格として最も広く使用されており、橋梁や建築構造物の主要構造材に採用されています。この規格では、引張強さだけでなく、降伏点や伸びといった機械的性質が明確に定められています。
JISG3114は溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材の規格で、大気腐食に対する耐食性を高めた鋼材について規定しています。この規格の鋼材は、塗装メンテナンスの頻度を大幅に削減できるため、橋梁など長期間のメンテナンスコスト削減が求められる構造物に適しています。厚さ100mmを超える鋼板の溶接割れ感受性組成については、受渡当事者間の協定による取り決めが必要です。
JISG3128は溶接構造用高降伏点鋼板の規格で、より高い降伏点が要求される建築構造や重機械用途に使用されます。降伏点とは材料が永久変形を始める応力の値であり、構造設計では降伏点をベースに安全率を考慮した設計が行われるため、この値は引張強さと同様に重要な指標となっています。一般構造用圧延鋼材SS400の引張強度保証値が400MPaであるのに対し、高張力鋼では降伏点が300MPa以上と高く設定されています。
日本製鉄のWEL-TEN®シリーズは、2012年に新日本製鐵と住友金属工業が合併するまではSUMITENの規格名で知られていました。WEL-TEN規格は55キロ鋼(引張強さ550MPa級)から始まり、60キロ、70キロ、80キロ、さらには超高張力鋼のグレードまで幅広い強度範囲をカバーしています。特に80キロ鋼クラスでは、用途や要求性能に応じて複数のバリエーションが用意されており、耐溶接低温割れ性に優れた橋梁用や、高靭性を要求される建機用など、細分化された製品展開が特徴です。
JFEスチールのJFE-HITENシリーズは、構造用鋼板として幅広い用途に対応しています。JFE-HITEN規格には、標準系(Standard)と高靭性系(LE)の2つの主要カテゴリーが存在します。標準系のJFE-HITEN 590SA/SBは板厚6~40mm、炭素当量(Ceq.)≦0.45の範囲で製造可能であり、引張強さは590~710MPaを保証しています。高靭性系のJFE-HITEN 780LEは、炭素当量を板厚に応じて0.40~0.75%に管理することで、-40℃での低温靭性を確保しています。
神戸製鋼所も独自の高張力鋼製品を展開しており、これら主要3社で国内高張力鋼市場の大半を占めています。2025年の高張力鋼メーカーランキングでは、菊池鋼板興業が20.7%、日本製鉄が17.4%、神戸製鋼所が16.3%、JFEスチールが9.8%のシェアを持っています。各社の規格は、JISやASTM、EN規格といった公的規格に対応しながらも、顧客の特殊な要求仕様にも柔軟に対応できる体制を整えています。
高張力鋼の国際規格としては、米国のASTM規格、欧州のEN規格が主要なものとして挙げられます。JFE-HITENシリーズでは、これらの国際規格に対応した製品も製造可能であり、グローバルなプロジェクトにも対応できる体制が整えられています。ASTM規格では、グレード50(降伏強度345MPa)やグレードB(降伏強度690MPa)などの分類があり、用途に応じた選定が可能です。
ISO規格と日本のJIS規格の最も大きな相違点は、高張力鋼の区分にあります。ISO環太平洋規格「System-B」では引張強さ590MPa級以上が高張力鋼の区分であるのに対し、現行のJISでは490MPa級以上が高張力鋼の区分となっています。この背景から、ISOに整合化したJISを活用する際の混乱を避けるため、規格上の軟鋼と高張力鋼区分を統合した規格区分を採用する動きも見られます。
船級協会の規格も、造船用高張力鋼では重要な基準となります。WES(溶接学会規格)も日本国内では参照されることが多く、特にWES+Cu/13(Cu≧0.30)といった溶接性を考慮した化学成分の規定が設けられています。こうした複数の規格体系が並立している状況では、製品選定時に用途に応じた適切な規格を選択することが不可欠です。
高張力鋼の規格選定において、炭素当量(Ceq.)は溶接性を評価する重要な指標です。炭素当量とは、炭素以外の合金元素が溶接割れに及ぼす影響を炭素に換算して表したもので、一般的に「Ceq.=C+Mn/6+(Cu+Ni)/15+(Cr+Mo+V)/5」という計算式が用いられます。JFE-HITEN規格では、板厚と強度グレードに応じて炭素当量の上限値が設定されており、例えばJFE-HITEN 590SAでは≦0.45%、JFE-HITEN 780LEでは板厚に応じて≦0.40~0.75%と規定されています。
溶接割れ感受性が高い高張力鋼では、予熱温度の管理が重要です。JFE-HITEN 780LEのy形溶接割れ試験結果によれば、予熱25℃でも低温割れを発生しないことが確認されており、予熱低減により施工の効率化が可能となっています。一方、590MPa級、690MPa級、780MPa級の高張力鋼溶接部では、後熱処理として200~250℃にて30分以上の後熱を行うことが推奨されています。PWHT(溶接後熱処理)温度は母材の焼戻温度以下、最低保持温度550℃とすることが標準的です。
厚さ100mmを超える極厚鋼板では、溶接割れ感受性組成の管理がより重要になります。JISG3114規格では、厚さ100mmを超える鋼板の溶接割れ感受性組成は受渡当事者間の協定によることとされており、個別のプロジェクト要件に応じた化学成分の調整が必要です。JFE-HITENシリーズでは、板厚203.2mmまでの製造実績があり、超厚板に対応した化学成分管理のノウハウが蓄積されています。
建築・土木分野では、構造物の長期耐久性と安全性が最優先されるため、JIS規格に準拠した高張力鋼の選定が基本となります。橋梁用途では、JISG3106やJISG3114の耐候性鋼板が広く採用されており、特に長大橋や高速道路などでは590MPa級から780MPa級の高張力鋼が使用されています。耐候性高張力鋼は、米国のコールテン(COR-TEN)鋼が有名で、大気腐食に対する耐食性が炭素鋼の2.5倍程度あるため、塗装メンテナンスの頻度を大幅に削減できます。
建築構造物では、高層ビルや大空間構造物において高張力鋼の採用が進んでいます。JISG3128の溶接構造用高降伏点鋼板は、柱や梁などの主要構造材に使用され、建物の軽量化と耐震性能の向上を同時に実現しています。降伏強度が高いことで、同じ断面性能を持つ部材を薄肉化でき、建物全体の重量を削減することで基礎工事のコストダウンにもつながります。地震国である日本では、降伏点をベースにした構造設計が標準となっているため、高降伏点鋼板の採用は合理的な選択です。
圧力容器や配管系統では、JISG3115(圧力容器用鋼板)やJISG3124(中・常温圧力容器用高強度鋼鋼板)が採用されます。これらの用途では、内圧に対する強度だけでなく、溶接部の健全性や低温靭性が重要視されます。プラント設備や石油化学工場では、運転温度や使用環境に応じた材料選定が不可欠であり、規格に定められたシャルピー衝撃試験の保証温度と保証エネルギー値を確認する必要があります。
自動車分野は高張力鋼の最大の用途であり、地球温暖化対策として燃費向上に伴う二酸化炭素排出量削減が急務となっています。その最も有効な手段が軽量化であり、薄くしても普通鋼板と同じ強度を得ることが可能な高張力鋼板の採用機運が高まっています。自動車用高張力鋼板は、日本鉄鋼連盟規格(JFS規格)のJFS A1001(自動車用熱間圧延鋼板及び鋼帯)、JFS A2001(自動車用冷間圧延鋼板及び鋼帯)として標準化されています。
自動車用高張力鋼板は強度レベルに応じて使い分けられており、440MPa級は軟質ハイテンとしてパネル部材や外板に、590MPa級は中強度ハイテンとしてフロア補強やクロスメンバーに、780MPa級は高強度ハイテンとしてドアインパクトビームやバンパーリインフォースに使用されています。JISG3135(自動車用加工性冷間圧延高張力鋼板及び鋼帯)では13種類の鋼種が規定されており、成形性と強度のバランスが考慮されています。
1000MPa級以上の超高張力鋼は、プレス硬化鋼(PHS: Press Hardening Steel)として注目されています。PHSは熱間プレス成形により部品形状に成形すると同時に焼入れを行うことで、1000MPa以上の高強度を実現する材料です。自動車のBピラーやルーフレールなど、衝突時に乗員を守る重要な骨格部品に採用されており、Al-Siめっきを施すことで熱間成形時の酸化スケール生成を防止しています。新開発のマルテンサイト-フェライト二相組織を持つ超微細粒PHSは、従来のPHSに比べて延性が向上しており、エネルギー吸収性能の改善が期待されています。
建設機械や産業機械の分野では、高張力鋼の高強度特性を活かした軽量化と、過酷な使用環境に耐える靭性が同時に求められます。引張強さ590~980N/mm²級の高張力鋼板がラインアップされており、さらなる超高強度鋼の要求にはHYD960LE、HYD1100LEが用意されています。建機用高張力鋼板の特徴は、100mmを超える極厚鋼板も製造可能であること、優れた溶接施工性を持つこと、-40℃での低温靭性を保証していることです。
重量物を持ち上げるクレーンやショベルのブームには、高い引張強度と疲労強度が要求されます。重量が大きすぎるとトラックでの運搬が困難になるため、強度を維持したまま軽量化を実現する必要があり、高張力鋼の採用が不可欠です。土木・建築・農業・一般産業・輸送・鉱山用各種機械では、排砂管、排土板、バケット、ホッパ、各種車輌外板など、一般構造用耐摩耗部品に高張力鋼が多く用いられています。
耐摩耗性高張力鋼は、アブレシブ摩耗が問題となる用途に特化した材料です。スウェーデンのハルドックス(Hardox)シリーズは、世界的に有名な耐摩耗鋼ブランドであり、Hardox Extremeは焼入れ焼戻し処理により優れた耐摩耗性と高い引張強度を両立しています。国内メーカーでも耐摩耗性に優れた高張力鋼が開発されており、ダンプトラックの荷台やコンベヤのシュート、破砕機のライナーなど、摩耗が激しい部位に採用されています。合金元素が添加されているため、一般に耐摩耗性と耐食性が普通鋼より良好です。
高張力鋼を選定する際には、一般構造用鋼材SS400との機械的性質の違いを理解することが重要です。SS400の引張強さは400~510MPa、降伏点は245MPa以上(板厚16mm以下)であるのに対し、高張力鋼は強度グレードによって大きく異なります。例えば60キロ鋼(590MPa級)では引張強さが590~710MPa、降伏点が450MPa以上となり、80キロ鋼(780MPa級)では降伏点が685MPa以上と、SS400の約3倍近くになります。
高張力鋼とSS400の最大の違いは、降伏強度の高さにあります。降伏点を超えると材料は元の形に戻らなくなるため、構造設計では降伏点をベースに計算を行います。40キロ鋼と80キロ鋼では引張強さは約2倍ですが、降伏強さでは3倍近くになることから、設計上のメリットは引張強さ以上に大きいといえます。弾性域で降伏点に到達する前の範囲で使用することで、構造物の永久変形を防ぎ、安全性を確保しています。
伸び率と曲げ加工性においては、高張力鋼はSS400に比べて不利な面があります。SS400の伸びは20%以上で曲げ試験では合格しますが、実曲げでは表示された曲げ半径よりも小さい半径でも割れが発生しないことが多いのに対し、高張力鋼では同じ曲げ半径では割れが発生する可能性があります。引張強度が高いほど伸び率は低下する傾向にあり、590MPa級の自動車用熱間圧延鋼板SPFH590では、板厚により伸びが17~21%程度となっています。そのため、曲げ加工を伴う用途では、材料選定時に曲げ半径と板厚の関係を十分に検討する必要があります。
特殊な使用環境や要求性能に対応するため、標準規格を超えた独自開発の高張力鋼も多数存在します。耐海水性高張力鋼は、海洋構造物や船舶に使用される材料で、海水環境での腐食に対する耐性が炭素鋼の2.5倍程度あります。ただし、これらの耐海水鋼の耐食性は腐食環境の条件によって変わるため、設置場所の環境調査が重要です。沿岸部や凍結防止剤が散布される環境では、銅を添加した新しいハイテン材の開発も進んでおり、より高い耐食性が実現されています。
低温用高張力鋼は、寒冷地での使用や液化ガスタンクなど、低温環境で使用される構造物に不可欠です。JFE-HITEN 780LEやJFE-HITEN 980LEは、-40℃でのシャルピー衝撃試験で40J以上(780LE)または27J以上(960LE)のエネルギー吸収能力を保証しており、低温脆性を抑制しています。製造方法としては、TMCP(制御圧延・制御冷却)やQT(焼入れ・焼戻し)といった熱処理プロセスが適用され、微細な結晶粒組織を形成することで低温靭性を確保しています。
高性能フェライト鋼(HiperFer)は、従来の9~12wt.%Cr系フェライト-マルテンサイト鋼に比べて機械的強度が高く、17wt.%のクロム含有量により蒸気酸化に対する耐性が向上した新しいクラスの耐熱材料です。熱力学的に安定な微細(Fe,Cr,Si)2(Nb,W)ラーベス相の析出により強化されており、650℃までの温度領域で優れた性能を発揮します。火力発電所の高温配管やタービン部品など、高温環境で長期間使用される部品への適用が期待されています。
JISG3114:2016 溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材の詳細規格(日本工業規格の公式情報)
JFE-HITEN建機用高張力鋼板の製品カタログ(各グレードの機械的性質と化学成分の詳細データ)
高張力鋼の規格体系解説(専門商社による各メーカー規格の比較情報)

現場屋さん 高張力鋼板540 ハイテン鋼板 厚さ3.2ミリ 大きさ 400ミリ(40cm)×100ミリ(10cm) 重さ 約1kg 引っ張り強さ540MPa~640MPa NTP540相当品