ハプスブルク家に代々見られた特徴的なあごは、医学的には下顎前突症と呼ばれる顎変形症の一種です。下顎が過度に突き出し、上顎と噛み合わず、顔全体が歪む状態を指します。欧米人の約1%に現れるこの症状は、ハプスブルク家では「ハプスブルク家のあご」として広く知られるようになりました。
参考）なぜ“ハプスブルク顎”は生まれたのか？近親婚がもたらした“血…
遺伝的要因が大きく関与していることは、代々の肖像画からも明らかです。ハプスブルク家では血統の純潔を守るため、近親婚を繰り返してきました。おじと姪の結婚は当たり前で、いとこ同士の婚姻も頻繁に行われました。この結果、特定の遺伝的特徴が強化され、あごの突出が世代を経るごとに顕著になっていったのです。
参考）顎の形・受け口（しゃくれ）は子供にも遺伝する？｜センター南・…
2009年に発表されたAlvarezらの研究では、スペイン・ハプスブルク家の近親婚係数と「ハプスブルク家の顎」の発現率に明確な相関があることが示されました。顎のかたちは偶然ではなく、血統維持という戦略の代償だったといえます。
ハプスブルク家の顎の特徴が歴史上に明確に現れるのは、16世紀初頭の神聖ローマ皇帝カール5世（スペイン王としてカルロス1世）の代からです。彼の肖像画を見ると、下顎が前に突き出している様子が確認できます。この時点ではまだ遺伝的影響は限定的でしたが、子孫たちが近親婚を繰り返すことで特徴が強まっていきました。
フェリペ4世の時代には、下顎の突出がより顕著になります。彼の肖像画からは、かなり「しゃくれ」た様子が読み取れます。フェリペ4世は姪のマリアナと再婚し、この近親婚から生まれたのが最後のスペイン・ハプスブルク王カルロス2世でした。
参考）https://ameblo.jp/ichikawa-shika/entry-12571362091.html
カルロス2世は両親が叔父と姪の関係であり、近親婚係数は0.254という驚異的な数値に達しました。彼の顎は極端に発達し、上下の歯がかみ合わず、食事にも苦労していたと記録されています。口は常に半開き、唾液を垂らし、言葉も不明瞭でした。話せるようになったのは4歳、歩けるようになったのは8歳になってからで、晩年は立ち上がることも困難だったといいます。
参考）「顎全体が異常に突き出し、上下の歯がかみ合わず、食事にも苦労…
スペイン・ハプスブルク家は1516年から1700年まで184年間にわたりスペインを支配しましたが、カルロス2世の死により断絶しました。11の結婚のうち9組が「3親等以内の親族」との結婚で、世代が下るごとに近親婚が増加していきました。
参考）スペイン・ハプスブルク家、断絶の原因は「近親婚」か 研究結果…
カルロス2世は性的に不能であり、2度結婚しましたが子供を残すことができませんでした。これがハプスブルク家の断絶を招いた直接的な原因です。研究によれば、カルロス2世の複雑な病歴は、下垂体ホルモン欠乏症と遠位尿細管性アシドーシスという2つの遺伝性疾患が同時に発症したと考えると説明できるとされています。
参考）カルロス2世の死は偶然か必然か？スペインハプスブルク家の断絶…
スペイン・ハプスブルク一族内の乳幼児死亡率は、当時の国内村落の平均よりも明らかに高く、これも近親婚による遺伝的影響を裏付けています。青い血は高貴ではなく、もはや毒だったといえるでしょう。王座はフランス・ブルボン家へと渡り、ハプスブルクの「純血」はヨーロッパから消え去りました。
ハプスブルク家は権力とともに、美術品や陶磁器の収集にも情熱を注いだ一族でした。歴代皇帝や王室の人々が愛用した銀器・陶磁器・家具調度などは、彼らの豪華な宮廷生活を物語っています。
参考）オーストリア王宮・銀器博物館の至宝 ハプスブルク—華麗なる宮…
特に有名なのが、ハンガリーのヘレンド陶器です。ヘレンドが世界的に知られるようになったのは1851年のロンドン万国博覧会で、英国のヴィクトリア女王がディナーセットを注文したことがきっかけでした。当時のハンガリーはハプスブルク家の統治下にあり、マリア・テレジアを女帝とする時代でした。ハプスブルク家の貴族たちもヘレンドの器を注文し、王侯貴族を顧客にしていきました。
もう一つの重要なブランドがウィーン磁器工房アウガルテンです。1718年にハプスブルク王朝の栄華の中のウィーンで誕生し、1744年にはマリア・テレジアによって皇室直属の窯となりました。マリア・テレジアは食卓装飾品を陶磁器で作ることを思いつき、工房に依頼しました。これが工房の収益アップにつながり、やがて皇室御用達窯となっていったのです。
ハプスブルク家の王族たちの特徴的なあごは、多くの肖像画に残されていますが、陶磁器の世界でも彼らの影響は色濃く残っています。ヘレンドでは立体版のトロンプ・ルイユ（騙し絵）として、野菜や果物を盛った器全体を陶器で表現した作品も製作されました。二重の器壁に透かし彫りを施すなど、高度な技術が用いられています。
参考）ヘレンド展 — 皇妃エリザベートが愛したハンガリーの名窯
マリー・アントワネットもハプスブルク家出身で、ルイ16世との婚姻前に歯列矯正を受けていたという説があります。彼女からルイ16世へと贈られた食器類は、ウィーンの王宮ホーフブルクに保管されており、ハプスブルク家とブルボン王家の良好な関係を物語っています。
参考）豪華なハプスブルク家の調度品！ウィーンの王宮「ホーフブルク」…
イギリス女王から贈られた食器類や、細かな装飾の燭台なども必見です。当時のダイニングでの食器の並べ方や、独自のナプキンのたたみ方なども展示されており、ハプスブルク家の豪華な食卓文化を垣間見ることができます。彼らが残した美術品や宝物の豪華さは、栄華を誇った帝国の力を示しています。
現代では、ハプスブルク家の王族たちが苦しんだ下顎前突症は治療可能な疾患です。治療法は大きく分けて矯正治療単独と外科的矯正治療の2つがあります。
参考）顎変形症の外科的矯正治療
外科的矯正治療では、まず術前矯正治療を行い、連携医療機関であごの骨の手術をします。手術後に術後矯正治療を行い、その後かみ合わせを安定させるために保定を行います。矯正治療は矯正歯科が、顎矯正手術は形成外科や口腔外科が担当し、各科が連携しながら治療を進めます。
下顎前突症の手術では、下顎枝矢状分割骨切り術（SSRO）が適応となります。セファログラム（顔面規格レントゲン写真）の撮影を行い、骨格の分析をします。下顎全体を後方に移動して良好な咬合を作る必要があり、前歯部だけを後方に移動させるだけでは本来の治療にはなりません。
参考）下顎前突症（反対咬合）手術｜骨切り専門クリニカ市ヶ谷
外科的矯正治療で手術をすると、お顔のかたちやお口もとのバランスが変わりますが、矯正治療単独ではお顔かたちに大きな変化はありません。カルロス2世のような極端な症例でも、現代医療であれば機能的にも審美的にも改善が可能といえるでしょう。
ハプスブルク家が遺した陶磁器コレクションは、単なる食器ではなく、ヨーロッパ文化の結晶といえます。王家であるハプスブルク家のコレクションと、その家臣であるリヒテンシュタイン家のコレクションは、ヨーロッパ美術史において重要な位置を占めています。
参考）王家である「ハプスブルク家」のコレクションとその家臣である「…
ヘレンドでは、ハンガリーのアポニー伯爵のオーダーで製作された「アポニーグリーン」が代表作となっています。ヘレンドグリーンといわれる独特のグリーンに金のアクセントをつけたスタイリッシュなデザインで、どんな料理を盛っても美しく映える器として現在も人気が高いです。パリ、ウィーン、ペテルブルクなどで開かれた万国博覧会にも出品し、次々と賞を獲得してヘレンドの名声は揺るぎないものになりました。
アウガルテンでは、マリア・テレジアが狩猟の館であるアウガルテン宮殿の完成記念に食器セットを寄贈し、現在も「マリアテレジア」シリーズとして愛されています。日本の皇太子妃雅子様もオーダーされたことがあり、美しい緑の花々がきめの細かい白磁に映える気品あふれるシリーズです。
参考）ウィーン磁器工房アウガルテン 「ハプスブルク家とお茶碗と砂糖…
ウィーンの王宮ホーフブルクには、セーヴル磁器の素晴らしいコレクションもあります。マリー・アントワネットを通じてハプスブルク家とブルボン王家の間には良好な関係があり、フランスの名窯セーヴルの作品も多数収蔵されています。これらのコレクションは、ブランド陶器愛好家にとって見逃せない歴史的資料といえるでしょう。
参考）美術館でセーヴル磁器を鑑賞する: 無憂宮の騎士のブログ
ヘレンドの歴史とハプスブルク家の関係について詳しく解説されています
アウガルテン磁器工房の誕生からマリア・テレジアによる皇室直属化までの経緯が紹介されています
顎変形症の適切な治療法と、ハプスブルク家の遺伝的要因について医学的観点から説明されています
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