栄養塩とは何か|窒素・リン・ケイ素の役割と海洋生態系への影響

栄養塩とは海水中の窒素やリンなどの無機塩類で、植物プランクトンの増殖に不可欠な成分です。岩石由来の栄養塩が海洋生態系をどう支え、富栄養化がなぜ問題となるのでしょうか?

栄養塩とは窒素・リン・ケイ素を含む無機塩類

栄養塩の基本知識
🧪
主要成分

窒素、リン、ケイ素などの無機態栄養分で、植物プランクトンの生育に必須

🌊
供給源

陸域の岩石風化や河川、海底からの溶出により海洋へ供給される

🐟
生態系への影響

食物連鎖の基盤となり、魚類の生息域や漁業生産を左右する

栄養塩の定義と主要成分の特徴

 

栄養塩とは、水中に溶存する無機態の窒素、リン、ケイ素などを含む化合物の総称です。これらは陸上植物にとっての肥料に相当し、植物プランクトンなど植物体の構成に不可欠な元素として機能します。炭素、水素、酸素以外の無機塩類として存在し、燐、窒素、カリ、珪素などの主要元素とマンガン等の微量元素を含みます。

 

参考)栄養塩

海水中では、具体的に硝酸イオン(NO₃⁻)、亜硝酸イオン(NO₂⁻)、アンモニウムイオン(NH₄⁺)、リン酸イオン(PO₄³⁻)、ケイ酸(Si(OH)₄)といった形態で存在しており、無色透明でほとんど無害な性質を持ちます。これらの栄養塩は植物の「肥料」や有機物の材料となり、生態系全体の生物量を左右する重要な要素となっています。

 

参考)https://www.tbeic.go.jp/haneda-iinkai/view/iinkai/Download/20091205/091205_2_2.pdf

海洋における主要な栄養素として、陸上植物における窒素、リン、カリウムと同様に、植物プランクトンにとって特に窒素とリンが大切です。さらに珪藻類と呼ばれる重要なプランクトン群は、窒素とリンに加えてケイ素も必要とします。水中ではカリやケイ素はもともと豊富に存在するため、窒素とリンの量が海洋生物生産の制限因子となることが多いのです。

 

参考)https://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=viewamp;serial=183

栄養塩の地質的起源と岩石風化による供給

栄養塩の主要な起源は地殻の岩石成分が溶け出すことにあり、特にケイ酸は岩石由来であることが明確です。温泉や地下水では一般にかなり高いケイ酸濃度を示し、それぞれの地域における岩石の風化作用の多寡と密接に関連しています。風化の速い地質や、風化の結果として醸成される土壌の種類によって、栄養塩の供給量は大きく異なります。

 

参考)https://gihodobooks.sslserve.jp/data/preview/p_3452-9.pdf

リンに関しては、リン鉱石として知られるリン酸塩岩が重要な供給源となります。リン鉱石は堆積岩として形成されるものと、アルカリ岩類に伴う火成鉱床として産出するものがあり、複雑な濃集メカニズムによって高品位なリン酸塩岩が形成されます。モロッコは世界最大の堆積性リン鉱床を保有しており、湿式リン酸製造やリン肥料生産の原料として利用されています。

 

参考)https://www.mdpi.com/2075-163X/11/10/1137/pdf

大陸の岩石風化生成物は河川や風送塵を介して海洋に供給され、海洋への栄養塩供給において重要な役割を果たしています。特に陸域から海域へと続く水循環とともに、栄養塩類を含む無機成分が供給されるため、窒素、リン、ケイ酸が適正な濃度バランスで供給されることが豊かな沿岸生態系の維持につながるのです。

 

参考)https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/05_09_03.pdf

地質調査総合センターによる栄養塩の地質的起源に関する研究資料
※岩石風化と栄養塩供給の関係について詳細な地球化学的解説があります。

 

栄養塩と植物プランクトンの関係

植物プランクトンが光合成を行い増殖するには、適度な太陽光と海水中に溶けている二酸化炭素、そして必ずしも豊富にあるとは限らないリン酸塩、硝酸塩、ケイ酸などの栄養塩が必要です。これらは陸上の肥料に相当するもので、植物プランクトンにとって生育に不可欠な要素となっています。

 

参考)海の表層へ栄養塩をもたらす「トワイライトゾーン」

珪藻は窒素栄養塩(DIN)、リン栄養塩(DIP)、ケイ素栄養塩(DSi)を概ね16:1:16の割合(レッドフィールド比)で吸収します。このため、海水のDSi/DIN比が珪藻の増殖に大きく影響を与え、栄養塩のバランスが植物プランクトンの種類構成を決定する重要な因子となります。

 

参考)研究者に聞く!!|環境儀 No.39|国立環境研究所

海洋表層は太陽光がよく届くため、栄養塩があれば植物プランクトンは光合成を行い有機物を生産できますが、表層で生産された有機物はマリンスノーとして下層に沈んでいきます。その過程でバクテリアにより分解されて栄養塩へと戻る「栄養塩の再生」が起こり、光合成が行われる表層では栄養塩が減少する一方、その下層のトワイライトゾーンでは栄養塩が比較的豊富な状態が形成されます。

栄養塩と海洋生態系・食物連鎖の仕組み

栄養塩は食物連鎖の下層を支える植物性プランクトンなどの植物体をつくるのに不可欠であり、生態系全体の生物量を左右する要素です。植物プランクトンが増殖すると、それを捕食する動物プランクトンも増え、さらにこれらのプランクトンを捕食する魚貝類の増殖につながります。

 

参考)富栄養化 - Wikipedia

大阪湾における研究では、海域の全窒素(TN)と生物量の関係が栄養段階における窒素のフローに沿って解析されており、生態系全体として各栄養段階の現存量がほぼ線形的に応答するボトムアップのシステムとなっていることが明らかになっています。栄養塩の低下がDINの枯渇期間を拡大し、一次生産量の低下を通じて上位栄養段階への窒素フローを減らす結果となりました。

 

参考)栄養塩類変動が内湾の生態系・生物生産に及ぼす影響:大阪湾

栄養塩の海洋への供給量は、植物プランクトンの増殖や食物網を通じて魚類の生息域などにも影響することが知られています。陸域から海域に流入する栄養塩と、海域内での物理化学的作用や生物を通じた循環が、漁業生産を支える重要な基盤となっているのです。

 

参考)https://www.env.go.jp/content/900541835.pdf

東京大学大気海洋研究所の栄養塩循環に関する最新研究
※トワイライトゾーンにおける栄養塩再生メカニズムの詳細が解説されています。

 

栄養塩の富栄養化と赤潮発生のメカニズム

富栄養化とは栄養塩(窒素やリン)の過剰な流入により、植物プランクトンが異常に増加し水質が悪化する現象を指します。富栄養化が進行すると、赤潮の発生や海中の酸素濃度が低下する貧酸素化につながります。

 

参考)富栄養化 - NOWPAP

特に湖沼やダム湖、内湾などの水の出入りや交換が少ない閉鎖性水域では、窒素やリンなどの栄養塩類が流入すると富栄養の状態となりやすく、藻類が大量発生して赤潮や青潮、アオコ、淡水赤潮などと呼ばれる現象が起こりやすくなります。昭和40年代後半から富栄養化の影響で播磨灘を中心として赤潮が多発し、養殖漁業に甚大な被害が発生しました。

 

参考)https://www.pref.tokushima.lg.jp/file/attachment/178081.pdf

赤潮の原因となるプランクトンの多くは単細胞の藻類であり、窒素、リン等の栄養塩に依存しています。しかし1990年代以降、赤潮の発生件数は著しく減少し、全体として発生件数も被害件数も減少傾向にあります。これは富栄養化を防ぐための無リン洗剤の普及等の行政的な栄養塩管理が効果を上げたためと考えられています。

栄養塩の減少と海洋の貧栄養化問題

近年、日本各地で栄養塩の減少による藻類の色落ちが問題となっています。瀬戸内海では特に窒素(DIN)の減少が著しく、播磨灘における濃度は1980年代の4割程度にまで減少しています。ノリの場合でDINが3μmol/l以下、ワカメの場合でDINが2μmol/l以下になると、1週間後くらいに色落ちが肉眼で観察されます。

 

参考)兵庫県立農林水産技術総合センター

栄養塩の減少要因として、黒潮の継続的な接岸傾向に伴い高温で栄養塩に乏しい黒潮表層水の流入回数が増加する一方、低温で栄養塩豊富な陸棚斜面水(深層水)の流入量が低下していることが挙げられます。さらに河川からの栄養塩の流入量の低下も要因となっており、1970年代からの富栄養化対策として進められた栄養塩管理が、今度は逆に海洋の貧栄養化を招く結果となっています。

東京湾に流入する窒素の87%、リンの77%は栄養塩の形態であり、溶存酸素濃度が上昇するとリン酸塩の溶出は速やかに止まるなど、栄養塩の動態は複雑な環境要因に支配されています。このように栄養塩は過剰でも不足でも問題を引き起こすため、適切なバランスでの管理が求められているのです。

兵庫県立農林水産技術総合センターによる瀬戸内海の貧栄養化に関する報告
※播磨灘における栄養塩減少の詳細なデータと藻類養殖への影響が記載されています。

 

鉱物資源としての栄養塩|リン鉱石の重要性

現代農業における窒素、リン酸、カリは不可欠な肥料の三大成分ですが、窒素は空気中からハーバー・ボッシュ法でアンモニアを精製できる一方、リン酸やカリの多くはリン鉱石やカリ岩塩から産出されています。リン鉱石は将来的な枯渇の懸念が議論されており、海洋中への流出もあるため資源として貴重です。

 

参考)クロレラ藻類バイオ:リン,デンプン,オイル,オートファジー

リン鉱石は世界の食料供給と安全保障にとって重要な資源であり、リン酸と農業用肥料の主要原料となっています。モロッコは世界最大の堆積性リン鉱床を保有し、また火成岩に伴うアルカリ岩類関連のリン鉱床も存在します。いずれの場合も、高品位リン鉱床の生成には複雑な濃集メカニズムが関与しています。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9864751/

珪酸塩岩を粉砕した材料を土壌に施用することで、岩石からの栄養塩放出を利用しようという試みも行われています。これは輸入肥料への依存度を下げるための代替栄養源として注目されており、岩石の種類によって栄養塩の放出能力や土壌への影響が異なることが研究されています。このように鉱物資源としての栄養塩の重要性は、農業や水産業の持続可能性を考える上で欠かせない視点となっています。

 

参考)Redirecting...

 

 


[ 丹後絹塩 公式 ] 塩 天然塩 【 絹のように滑らか 平釜製法 の 自然塩 】 おにぎりにも ミネラルたっぷり 京丹後 夕日ヶ浦の 海水塩 150g