毒物及び劇物取締法(毒劇法)は、日常流通する有用な化学物質のうち、主として急性毒性による健康被害が発生するおそれが高い物質を規制対象としています。この法律では、毒性の強さによって特定毒物、毒物、劇物の3つに分類されています。
参考)毒劇法 - NIHS
特定毒物は最も毒性が強く、オクタメチルピロホスホルアミド(別名シュラーダン)や四アルキル鉛など13種類が指定されています。これらは危害発生のおそれが著しく、特に厳重な管理が求められる物質です。毒物はヒ素やフッ化水素など100種類以上が指定され、特定毒物に次いで毒性が強い物質群です。劇物は比較的毒性が弱い物質で300種類以上が指定されており、一般的な有機溶剤ではトルエン、キシレン、メタノール、酢酸エチル、MEK(メチルエチルケトン)の5種が含まれます。
参考)毒物及び劇物取締法(毒劇法)とは?有機溶剤との関係を中心にわ…
毒物劇物の判定は、動物における知見、人における知見、またはその他の知見に基づき、当該物質の物性、化学製品としての特質等も勘案して行われます。重要な点として、法で指定されている毒物・劇物は工業用等の目的で市場に流通している物質であり、市場に流通しない自然毒などは法規制の対象外となっています。
参考)https://www.e-jemai.jp/purchase/back_number/back_number/P064-078_201703.pdf
物質の指定方法には複数のパターンがあります。物質名のみの指定の場合は原体(化学的純品等)のみが対象となり、「~を含有する製剤」という指定の場合は製剤であれば濃度によらず毒劇法の対象となります。ただし、不純物(天然物等、意図的に添加していないもの)であれば該当しません。また、除外規定が設けられている場合もあり、原体や製剤に該当していても除外品目に該当すれば毒劇法の対象から外れることがあります。
参考)https://www.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/files/k_yakuji/yunyu_kousyukai/kosyu_dokou_bessatu.pdf
毒物及び劇物の指定には、物質ごとに詳細な濃度規定が設けられています。例えば、アジ化ナトリウムは0.1%以下を含有するものは除外され、アバメクチンは1.8%以下を含有するものが除外対象となります。EPN(エチルパラニトロフェニルチオノベンゼンホスホネイト)については、1.5%以下を含有する製剤は劇物として扱われ、それを超えるものは毒物に分類されます。
参考)毒物リスト|毒物及び劇物取締法
無機シアン化合物は毒物として指定されていますが、紺青、フェリシアン塩、フェロシアン塩などを含有する製剤は除外されています。これは、これらの化合物がシアン化合物を含んでいても、化学的に安定しており毒性が低いためです。同様に、鉛化合物についても特定の除外規定が設けられており、すべての鉛化合物が対象となるわけではありません。
参考)http://www.epc.osaka-u.ac.jp/pdf/DOKUGEKI.pdf
グループ名で規制されている物質も存在します。無機亜鉛塩類、アンチモン化合物、カドミウム化合物などは、個別の化合物名ではなくグループとして指定されています。この場合、グループに含まれる化学物質のうち一部が例示されていますが、該当するすべての物質が規制対象となります。
参考)http://www.chemeng.titech.ac.jp/private/gekibutsu.html
劇物の一覧には、亜塩素酸ナトリウム(25%以上)、アクリルアミド、アクリル酸(10%以上)、アクリルニトリル、アンモニア(10%以上)など、多様な化学物質が含まれています。これらの物質は、工業用途、農業用途、試薬用途など、さまざまな目的で使用される有用な化学物質です。
国立医薬品食品衛生研究所の毒物及び劇物取締法ページ
こちらでは、毒物劇物の検索用ファイルや対象物質の詳細な情報が提供されており、具体的な物質が規制対象かどうかを確認できます。
毒物劇物を取り扱う場合、法律で定められた厳格な保管管理が義務付けられています。まず最も重要なのは、毒物劇物の盗難・紛失を防止することです。保管場所は鍵のかかる丈夫なものにし、必ず施錠し、鍵の管理を徹底しなければなりません。
参考)https://www.nihs.go.jp/mhlw/chemical/doku/hokan/hokan.html
保管場所には「医薬用外毒物」または「医薬用外劇物」の表示をしなければなりません。この表示義務は法第12条および第22条に規定されており、違反すると罰則の対象となります。また、毒物劇物が漏れたり流出したりしないようにする義務もあり、保管設備は毒物劇物とその他とを区分して貯蔵できるものでなければなりません。
参考)毒物劇物の適正な保管管理/京都府ホームページ
飲食物の容器に毒物劇物を移しかえることは厳禁です。これは誤飲による重大な事故を防ぐための規定です。やむを得ず飲食物以外の他の容器に移しかえた場合も、その容器にも「医薬用外毒物」「医薬用外劇物」の表示をしなければなりません。
製造作業を行う場所については、コンクリート、板張りまたはこれに準ずる構造とし、毒物劇物が飛散し、漏れ、しみ出しもしくは流れ出し、または地下にしみ込むおそれのない構造であることが求められます。さらに、毒物劇物を含有する粉じん、蒸気または廃水の処理設備または器具を備える必要があります。
販売者から交付される安全性データシート(SDS)をよく読み、適切な取り扱い方法を理解することも重要です。毒物劇物による健康被害を未然に防止するため、これらの保管管理要件を遵守することが社会にとって有用な化学物質を安全に利用するための基本となります。
毒物劇物を販売または授与しようとする場合は、店舗ごとに都道府県知事の登録を受けなければなりません。販売する品目により、一般販売業、農業用品目販売業、特定品目販売業の3つの区分があります。登録を受けずに毒物や劇物を販売することは法律で禁止されており、登録を受けるまで販売行為を行うことはできません。
参考)毒物劇物の販売業の登録 - 愛知県行政手続情報案内システム …
登録申請は、登録希望日のおおむね1か月前までに、店舗の所在地を所管する保健所長へ行う必要があります。提出書類には、毒物劇物販売業登録申請書、営業所等の設備の概要図、法人の場合は登記事項証明書(発行してから3か月以内のもので、法人の目的の中に毒物劇物の販売に関する業務の記載があること)が必要です。申請手数料は16,200円です。
参考)毒物劇物販売業について - 保健福祉部地域医療推進局医務薬務…
毒物劇物を直接に取り扱う販売業者は、その店舗ごとに毒物劇物取扱責任者を置き、届出をする必要があります。毒物劇物取扱責任者には資格要件があり、資格を証する書類、医師の診断書、宣誓書、雇用(使用)関係を証する書類などの提出が求められます。申請者自身が取扱責任者を兼ねる場合は、一部の書類が不要になります。
店舗の設備についても基準が設けられており、毒物劇物とその他の物質を区分して貯蔵できる設備、毒物劇物が飛散・漏出しない構造などが要求されます。登録申請後、保健所による検査を受け、基準を満たしていることが確認されて初めて登録が認められます。標準処理期間は10日とされています。
愛知県の毒物劇物販売業登録申請手続き
各都道府県によって手続きの詳細が異なる場合がありますが、基本的な流れと必要書類についての参考情報が掲載されています。
鉱石や鉱物に関連する物質の中にも、毒物及び劇物取締法の対象となるものが多数存在します。特に、金属化合物や無機化合物は重要な規制対象です。代表的なものとして、カドミウム化合物、水銀、ヒ素、セレンなどの毒物指定物質があります。
カドミウムは日本国内の鉱床に広く分布しており、鉱山からの産出も多い元素です。カドミウム化合物は毒物に指定されており、腎臓の近位尿細管が最も影響を受けやすい部位として認識されています。鉱石の採掘や精錬に関わる作業では、カドミウムへの曝露リスクが高まるため、適切な管理が不可欠です。
参考)Cadmium (Third Edition) (Chemi…
水銀も重要な規制対象物質です。水銀及び水銀化合物については、水銀による環境の汚染の防止に関する法律でも別途規制されており、水銀等の含有量が混合物の全重量の95%以上の場合に規制対象となります。塩化第一水銀は劇物として指定されています。
参考)https://www.env.go.jp/chemi/law/tyozo_gl-3.pdf
鉱石関連で注意が必要な物質として、無機亜鉛塩類、アンチモン化合物、無機銀塩類、無機金塩類なども劇物に指定されています。これらはグループ名での規制となっており、該当する化合物すべてが対象となります。鉱物コレクターや鉱石を扱う研究者は、所有する標本や試料にこれらの物質が含まれていないか確認する必要があります。
鉱業法第3条第1項に規定する鉱物及びこれに類するボーキサイト、岩塩等の国内に産しない鉱物についても、毒劇法との関連で取り扱いに注意が必要です。特に、ヒ素を含む鉱石(硫砒鉄鉱など)や水銀鉱(辰砂)などは、保管や研究目的での使用においても法規制の対象となる可能性があります。
参考)https://www.meti.go.jp/policy/tsutatsutou/tuuti1/aa813.pdf
毒物劇物を取り扱う者には、事故発生時の対応義務が法律で定められています。毒物及び劇物取締法第17条では、毒物劇物営業者及び特定毒物研究者は、その取扱いに係る毒物若しくは劇物が飛散し、漏れ、流れ出し、染み出した場合、直ちに保健衛生上の危害を防止するために必要な措置を講じなければなりません。
参考)「毒物及び劇物取締法」概要 その8 事故時の措置
この規定は、毒物劇物営業者や特定毒物研究者に限らず、第22条第5項の準用により、業務上毒物又は劇物を取り扱うすべての方が対象となります。事故が発生した場合は、速やかに警察署、消防機関、保健所などへ通報し、周辺住民への周知や二次被害の防止措置を取ることが求められます。
参考)https://www.city.matsuyama.ehime.jp/kurashi/iryo/hokenjo/yakujigyomu/dokugekijyouhou.files/kousyuusiryu.pdf
毒劇物を取扱う方には重大な社会的責任が伴います。責任の種類は多岐にわたり、まず保健衛生上の責任として、毒劇物による事象(人的被害、環境被害等)を発生させた事実があります。次に行政上の責任(行政罰)として、改善措置命令、業務停止命令、登録取消、責任者変更命令などが科される可能性があります。
刑事上の責任(刑事罰)も重要です。業務上過失傷害等の犯罪に問われる場合もあり、毒劇法違反の罰則は厳格です。さらに、民事上の責任として損害賠償請求などの民事訴訟を受けるリスクもあります。加えて、発生した事象に対する説明責任も求められ、社会的信用の失墜や事業継続への影響も避けられません。
毒劇物を販売等する際には、購入者の確認や情報提供が重要です。販売業者は、購入者の身元確認を行い、用途を確認する義務があります。また、取り扱い方法や緊急時の対応について適切な情報提供を行うことで、事故の未然防止に貢献できます。万が一の事故に備え、事業所内での緊急連絡体制の整備、従業員への教育訓練、応急措置資材の準備などを日頃から行っておくことが重要です。
DOWAエコジャーナル「毒物及び劇物取締法」概要 その8 事故時の措置
事故時の具体的な措置や通報義務について、実務的な観点から詳しく解説されており、事業者にとって有用な情報源となります。