塗膜中のPCB含有量は、労働安全衛生法の特定化学物質障害予防規則によって厳格に管理されています。基準値は含有量で1%(=10,000mg/kg)であり、この値を超えると作業環境管理が必須となります。塗替え工事の作業者が塗膜粉じんに暴露する可能性を考慮した基準設定となっており、事前の塗膜採取・分析は法的義務です。
興味深い点として、PCB含有量の基準値には含有・非含有の入口基準が厳密に設けられていない背景があります。これは古い塗料の製造時期によってPCB使用の有無が異なるためです。特に1968年から1972年頃に製造された鋼構造物用塗料には、絶縁油としてPCBが添加されていた事実があり、この時期の施設は特に注意が必要です。分析結果の「ND(検出なし)」であっても、実際のPCB非含有を完全に証明するわけではないという複雑な判断基準が存在しています。
含有量試験に加えて、廃棄物処理法では溶出試験が求められます。溶出試験はカラム浸出試験によって行われ、塗膜から浸出液中に溶け出したPCB濃度を測定します。この場合の基準値は0.003mg/Lであり、含有量の基準値とは大きく異なる厳格な基準となっています。溶出量試験を通じて、埋立処分や最終処分時の環境汚染リスクを評価するという目的があります。
廃棄物としての分類では、含有量0.5mg/kg以下の塗膜くずは普通の産業廃棄物として扱われます。しかし0.5mg/kgを超え5,000mg/kg以下の場合は低濃度PCB廃棄物、5,000mg/kg以上であれば高濃度PCB廃棄物として区分されます。この三段階の分類システムにより、処理方法や処分期限が決定され、5mg/kg超10mg/kg以下の低濃度PCB廃棄物であれば120日以上の実課電期間が設定されています。
塗膜PCB基準値の適切な判定には、サンプリング段階での精度が極めて重要です。検査前の現地調査では、工事対象建物の竣工年や使用塗料の履歴を確認します。特に1960年代から1980年代に施工された鉄骨造建築物では、PCB含有塗膜の存在確度が高くなります。採取場所は対象構造物の複数箇所から分散採取し、同一塗膜面でも色分けされた部分がある場合は別々に採取する必要があります。
採取した塗膜試料は、専門の分析機関で前処理を経て試験に供されます。含有量試験では灰化後に酸抽出を行い、原子吸光光度法によってPCB濃度を定量化します。試験期間は通常3週間程度を要し、結果の信頼性を確保するため二重分析が推奨されています。基準値の判定では、複数回の測定結果の平均値ではなく、最も高い測定値をもって判定するという厳格な取扱いが定められています。
塗膜含有PCBの問題は単なる廃棄物分類の問題ではなく、作業環境の安全管理と環境保全の両面を含む重要な課題です。塗膜除去作業時の空気中PCB濃度基準値は0.01mg/m³であり、この基準を超える環境での作業は禁止されています。湿式塗膜除去と乾式塗膜除去では暴露リスクが異なり、乾式工法の方が粉じん発生量が多いため、より厳密な安全対策が求められます。
環境省が2019年3月に示した低濃度PCB汚染物の基準は、従来の判断基準を見直す形で0.5mg/kg以下の塗膜くずについて、低濃度PCB汚染物に該当しないものと明確に判断しました。この基準値設定の背景には、多くの老朽化した建造物から塗膜くずが大量に発生する現実と、処理施設の処理能力のバランスを考慮した判断があります。事業者側は基準値超過の塗膜については、専門の無害化処理施設での処理を求められ、処理完了まで適切な保管管理が必須となっています。
実際の現場調査データから見ると、橋梁等の塗膜くずに含まれるPCB濃度は多様な値を示しています。従来型の塗料を使用していた構造物では1%(10,000mg/kg)に近い濃度が測定される事例も報告されており、一方で古い施工でもPCBが検出されないケースも存在します。この差は塗料メーカー、製造時期、保管環境、紫外線暴露の程度など複数の因子に左右されます。
興味深い点として、PCB含有塗膜の除去作業に従事した労働者の血中PCB濃度調査では、作業環境基準の適切な管理下でも作業者の身体に蓄積する傾向が報告されています。これはPCBの脂溶性特性により、体脂肪に蓄積しやすいという化学的性質に起因しています。近年の産業界では、より安全な塗膜除去工法の開発や代替塗料への転換が進み、特に新規施工では鉛フリー・クロムフリー・PCBフリー塗料の採用が標準化されつつあります。
<参考リンク>
2019年の環境省基準改正により、塗膜くずの判断基準が明確化されました。
環境省 低濃度PCB汚染物の判断基準について
PCB廃棄物の判別方法と基準値、業務別対応については、労働衛生の専門機関で詳しく解説されています。
厚生労働省 ポリ塩化ビフェニル(PCB)廃棄物の処理について
塗膜の含有量試験と溶出試験の具体的な実施方法や料金体系は、分析専門企業の情報が参考になります。
塗膜片・塗膜含有試験・塗膜溶出試験 3項目検査・分析