酸素酸塩鉱物は、鉱物学において重要な分類群のひとつであり、化学組成に基づく鉱物分類体系では酸化鉱物と並ぶ主要カテゴリーとして位置づけられています。19世紀にスウェーデンの化学者クロンステットによって提案されたこの分類法は、その後ベリゼリウス、グメリン、ナウマン、デーナといった化学者や鉱物学者によって改良が加えられ、現在まで使用されている標準的な分類方法となっています。
酸素酸塩鉱物とは、酸素と別の元素が結びついた酸素酸イオン(炭酸塩や硫酸塩など)が、金属元素と結合した鉱物の総称です。地表近くの酸素に富む化学的環境でできる鉱物が多いことが大きな特徴となっており、地殻における重要な構成要素として知られています。酸素酸塩鉱物は、酸素酸イオンの種類によってさらに細かく分類されており、それぞれが独自の結晶構造や化学的性質を持っています。
酸素酸塩鉱物は、含まれる酸素酸イオンの種類によって以下のように分類されます。
これらの鉱物群は、結晶化学的な構造単位が共通する場合があり、例えばリン酸塩鉱物、ヒ酸塩鉱物、バナジン酸塩鉱物では、5価の陽イオンと4個の酸素からなる陰イオングループという共通の構造を持つため、近縁の鉱物とみなされています。具体的には、緑鉛鉱Pb₅(PO₄)₃Cl、ミメット鉱Pb₅(AsO₄)₃Cl、バナジン鉛鉱Pb₅(VO₄)₃Clは、いずれも六方晶系に属し、結晶構造が類似しています。
炭酸塩鉱物は、炭素と酸素が一体になった炭酸イオンCO₃²⁻を含む鉱物で、酸素酸塩鉱物の中でも特に重要なグループです。この鉱物群の最大の特徴は、塩酸などの強酸に侵されると発泡して二酸化炭素を放出することです。
代表的な炭酸塩鉱物には以下のようなものがあります。
炭酸塩鉱物は、地表近くの酸素に富む環境で形成されやすく、海底や湖底の堆積物、石灰洞の生成物、熱水鉱脈など多様な環境で産出します。方解石や霰石は貝殻やサンゴなどの生物骨格の主成分でもあり、生物鉱物学的にも重要な役割を果たしています。
硫酸塩鉱物は、硫黄と酸素が一体となった硫酸イオンSO₄²⁻を含む鉱物群です。比較的多くの鉱物種が含まれていますが、産出の豊富さにおいては重晶石、石膏、硬石膏が他を圧倒しています。
主要な硫酸塩鉱物の一覧は以下の通りです。
硫酸塩鉱物は、熱水鉱脈、温泉沈殿物、鉱床酸化帯、噴気孔、蒸発岩など多様な環境で産出します。特に硫化鉱物の酸化によって生じた可溶性塩類が、水分の蒸発によって晶出する場合が多く見られます。重晶石は石英や炭酸塩鉱物、黄鉄鉱などを脈石鉱物として伴うことが多く、交代作用による形成が考えられています。多くの硫酸塩鉱物は透明でガラス光沢を示すという共通の特徴があります。
リン酸塩鉱物は、リン酸イオンPO₄³⁻を構造を造る陰イオンとして持つ鉱物群です。代表的な鉱物である燐灰石(アパタイト)は、化学式Ca₅(PO₄)₃(F,Cl,OH)で表され、フッ素、塩素、水酸基の違いによってフッ素燐灰石、塩素燐灰石、水酸燐灰石に細分されます。
主要なリン酸塩鉱物には以下があります。
燐灰石の用途として最も重要なのは、化学肥料(リン酸塩)の原料です。世界中の農業生産を支える必須資源として、燐鉱石の形で大量に採掘されています。また、産業用化学製品の原料としても広く利用されています。水酸燐灰石は歯や骨の主成分であることから、医療分野での応用が進んでおり、歯科医療でのデンタルインプラントの原料、歯磨剤の原料、人工骨の原料として使用されています。
透明で大きく色の美しい結晶は宝石となりますが、そのような良質な標本はめったに採れないため、小さなものが様々なアクセサリー用に加工されています。天然に数多く産出されるため一般に値段は安価ですが、硬度が小さいため宝飾品としてはあまり適していません。しかし美しい輝きをしているため、鉱物標本としては高い人気を誇ります。燐灰石は1000℃の熱にも耐える非常に安定した物質であり、生体親和性が高く、pHも中性で安全性に優れています。
バナジン酸塩鉱物とタングステン酸塩鉱物は、酸素酸塩鉱物の中でも比較的産出が限られた特殊な鉱物群です。これらは結晶化学的な特徴と美しい外観から、鉱物分類展示には欠かせない存在となっています。
バナジン酸塩鉱物の代表例。
バナジン鉛鉱は、バナジン酸イオンVO₄²⁻を構造単位として持ちますが、リン酸塩鉱物やヒ酸塩鉱物と異なり、VO₄²⁻が互いに重合していたものが結晶化学的構造単位になるという特性があります。オレンジ、赤、褐色などの色で、表面にテリのある大変きれいな結晶として産出します。美しい標本としてはモロッコのミブラデンが主要産地で、タウズ村の黒い二酸化マンガンの上にのった赤いバナジン鉛鉱は特に美しいとされています。
タングステン酸塩鉱物の代表例。
灰重石はタングステンの主要鉱石のひとつで、主に熱水鉱床(スカルン、鉱脈)やペグマタイト鉱床から産出します。最大の特徴は、紫外線が照射されると青白い蛍光を発することで有名です。ただし一部には蛍光しないものや、パウエル石CaMoO₄が含まれることで黄色の蛍光を呈するものも見られます。日本では山口県の喜和田鉱山、京都府の大谷鉱山、福岡県の横鶴鉱山などで鉱石として採掘されていました。横鶴鉱山はスカルンから銅や鉄を採掘していた鉱山で、その後灰重石の存在が明らかになりタングステンも採掘するようになりました。透明度の高い石は耐久性が低いものの、好事家が宝石として保存する場合もあります。
酸素酸塩鉱物の同定において、塩酸による反応試験は非常に有効な手段です。この試験は鉱物の1〜3mm程度の小片をスライドグラスに載せ、希塩酸(通常は2規定のもの)を1〜2滴加えて観察する方法で行われます。
塩酸反応による鉱物の識別。
炭酸塩鉱物は溶ける時に二酸化炭素CO₂となり発泡します。方解石CaCO₃は激しく二酸化炭素の泡を出しながら溶けていき、溶液は塩化カルシウムとなってカルシウムの炎色反応(橙色)を示します。苦灰石は方解石に比べてやや溶けにくく、穏やかに発泡します。菱苦土鉱は塩酸を加温しないと溶けません。白鉛鉱はゆっくり発泡しつつ、急速に塩化鉛の白色不透明の厚い被膜に覆われます。孔雀石や藍銅鉱は発泡しつつ徐々に周囲が塩化銅の緑色溶液になり、銅の炎色反応(緑)を示します。
リン酸塩鉱物、ヒ酸塩鉱物、ホウ酸塩鉱物は泡を出さずに徐々に溶けます。硫酸塩鉱物の一部も泡を出さずに溶ける特徴があります。例えばブロシャン銅鉱Cu₄(SO₄)(OH)₆は泡を出さずにゆっくり溶け、徐々に周囲が緑色の銅の溶液になります。
硫化鉱物が溶けるときには成分中のイオウが硫化水素H₂Sとなり、その溶液は卵腐臭がします。ケイ酸塩鉱物は成分中にアルミニウムを多く含むものは溶けにくく、ナトリウム・カリウム・水が多く含まれているものは溶けやすい傾向があり、溶けるときには成分中のケイ酸がケイ酸ゲル(無色のゼラチン状)となって分離します。
この塩酸反応試験により、野外での簡易同定や鉱物コレクションの整理に大いに役立ちますが、顔を近づけないよう注意が必要です。
iStone - 鉱物の分類法(化学組成による詳細な鉱物分類解説)
地質標本館QRコード - 燐酸塩鉱物等(リン酸塩、ヒ酸塩、バナジン酸塩鉱物の詳細情報)
文部科学省 - 鉱物(酸素酸塩鉱物の分類と特徴についての基礎資料)