隈研吾の建築の最大の特徴は、木材を中心とした自然素材の積極的な活用です。彼が木材にこだわるようになったきっかけは、1990年代に高知県梼原町の「ゆすはら座」という木造劇場の存続活動に関わったことでした。それまでのポストモダン建築から大きく方向転換し、木材の持つ温かみと可能性を再発見したのです。
参考)建築家・隈研吾が語る。自身こだわりの暮らしスタイルや、今後の…
木材を多用する理由の一つは環境負荷の低減です。地球上に建てられる膨大な量の建築を木でつくるようになれば、持続可能な社会の実現につながります。さらに20世紀の建築はコンクリートが主流で冷たい印象でしたが、隈氏は「それを温かいものに変えたかった」という想いを原点としています。
参考)【楽天市場】まち楽 WOOD CHANGE
新国立競技場では、日本の住宅でも使われている10.5cm幅の小さな木材を採用しました。巨大な集成材ではなく、どこでも手に入る日常的な材料で大きな建物を造ることができると示すことで、今後の社会の在り方に対する一つのヒントを提示しています。
参考)『なぜぼくが新国立競技場をつくるのか 建築家・隈研吾の覚悟』…
隈研吾の代表作には、木の格子やルーバーを多用したデザインが際立ちます。南青山のサニーヒルズでは、木の格子を立体的に組み上げた「地獄組み」という伝統工法を現代的にアレンジした外観が特徴です。屋根も壁も徹底して木の格子で構成され、自然と人間が対立しない重なり合いを表現しています。
参考)建築家・隈研吾の代表作10選。スタバ、美術館、国立競技場など
根津美術館では、緑鮮やかな竹林と竹の格子に挟まれた長い通路が印象的で、都会の喧騒を忘れさせる落ち着いた空間を創り出しています。緩やかな傾斜の切妻屋根が特徴的で、「和の大家」と呼ばれる隈研吾の集大成とも言える作品です。
参考)隈研吾氏設計の建物(新国立競技場ほか) href="https://k-hioki.com/ownerblog/2019/02/07/%E9%9A%88%E7%A0%94%E5%90%BE%E6%B0%8F%E8%A8%AD%E8%A8%88%E3%81%AE%E5%BB%BA%E7%89%A9%EF%BC%88%E6%96%B0%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E7%AB%B6%E6%8A%80%E5%A0%B4%E3%81%BB%E3%81%8B%EF%BC%89/" target="_blank">https://k-hioki.com/ownerblog/2019/02/07/%E9%9A%88%E7%A0%94%E5%90%BE%E6%B0%8F%E8%A8%AD%E8%A8%88%E3%81%AE%E5%BB%BA%E7%89%A9%EF%BC%88%E6%96%B0%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E7%AB%B6%E6%8A%80%E5%A0%B4%E3%81%BB%E3%81%8B%EF%BC%89/amp;#8211; Fr…
徳島県のボートレースチケットショップ阿波かもじまでは、ボートレースの躍動感を放射状に広がる木製ルーバーで表現しています。徳島県産の杉材をふんだんに用い、ダイナミズムの中にも木の温かみが感じられる印象的なデザインです。館内の天井もルーバーで覆われ、木の温もりに包まれたリラックス空間となっています。
参考)建築デザインについて
隈研吾が提唱する「負ける建築」とは、建築が環境に対して「勝とう」とするのではなく、周囲に「負ける」ことでより豊かな関係性を築くという逆説的な思想です。建築の存在を主張しすぎず、謙虚に周囲と対話することを意味しており、コンクリートの塊で環境を支配するのではなく、木材やルーバーで建築を「消していく」発想転換が核心となっています。
参考)バブル期の大失敗から世界的建築家へ──隈研吾が語る「負ける」…
バブル期に手がけたM2ビルは、巨大なギリシャ様式の柱を持つ装飾的な建築で「バブルの象徴」として激しい批判を受けました。この大失敗が隈氏の転機となり、「負ける建築」という新たな建築観が生まれたのです。
1995年に設計した亀老山展望台では、展望台そのものを地形に埋め込み、遠くからは建築が見えないようにデザインしました。建築が風景の一部となり、訪れた人だけがその存在に気づく「負ける建築」の実践例です。この思想は、日本の伝統的な美意識である「わび・さび」や「引き算の美学」を、現代建築の言葉に翻訳したものと言えます。
隈研吾の「消える建築」の哲学と実践例が詳しく紹介されています
隈研吾の建築デザインにおいて重要な概念が「粒子化」です。戦後日本の建築はル・コルビュジエの影響を受け、重量感たっぷりのコンクリートの「塊」で構成されたものが多かったのに対し、隈氏は内外に小さな隙間をたくさん空け、「粒子」で建築を構成することを目指しています。
参考)https://www.archidance.tokyo/single-post/%E3%80%8E%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%BB%BA%E7%AF%89%E3%80%8F-%E9%9A%88%E7%A0%94%E5%90%BE
建築を粒子化するのに適した素材が、木や石などの自然素材でした。唐破風やルーバー、庇などの建築を構成する小さな部分によって、大きな建築を小さな建築で実現させています。
参考)https://www.homes.co.jp/cont/press/buy/buy_01179/
ルーバーは光を「粒子化」し、その光を建築の中に取り込むフィルターとしての役割を果たします。現代の可動式ルーバーを使えば、時間や季節に応じて光の量を調整することができ、材質も木材だけでなくアルミニウムやチタン、樹脂など様々な素材を選択できるようになりました。
参考)日本建築第2回|格子とプライバシー - 見えない境界線が生む…
木材を回転させながらずらしていくことで、テクスチャーの豊かさや神秘性が生まれることを隈氏は発見しました。単に木材を積むだけでは失われてしまう「やわらかさ」を、この手法によって実現しています。
参考)https://www.whitestone-gallery.com/ja/blogs/articles-post/kengo-kuma-karuizawa-interview
隈研吾の建築には、地域の素材や伝統工法を積極的に取り入れる姿勢が貫かれています。日本の伝統建築の基本は「循環」であり、里山の森の木を素材として用い、苗を植え、数十年後に再び材として活用するサイクルが存在しました。間伐で得た細い材をうまく活用し、襖や障子なども使いながら構造的に強い柔構造の建築物を建てたのです。
参考)隈 研吾/「木の国」日本の伝統建築に学び直し サステナブルな…
梼原町での一連のプロジェクトでは、地域産業や職人との対話の中からものづくりを行っています。茅、杉、桧、丸太といった自然素材の扱いや、刎木構造、貫構造、組柱、格子梁といった伝統工法の具体的な実践例が見られます。日本の木造建築の伝統と現代風アレンジを体感できる作品群となっています。
参考)高知県梼原町で隈研吾氏の木造建築の原点とその後を辿る旅の記録…
ガーデンテラス長崎では、長崎湾が一番よく眺める丘の頂上という立地を活かし、「木の建物からあの海を見たら最高だな」という発想から木を多く使う建築を実現しました。「自然に溶け込み、馴染むこと」を大切にする隈研吾ならではの観点が、コンセプトを創り出すことに繋がっています。
日本が活用した細い材は、「透明かつ軽やか」という日本の木造建築に見られる独特の美学を生み出し、「木を大事に使う」という日本の環境思想と一体になっています。木造建築の美学を追究することがSDGsにつながるという美しい循環を、隈研吾の建築は現代に蘇らせているのです。
参考)建築家 隈研吾が見る出羽島の木造文化、日本の伝統建築のベース…
隈研吾氏が語る日本の伝統建築とサステナブが語る日本の伝統建築とサステナブルなまちづくりについてのインタビュー記事