デスモスチルス歯の特徴と束柱構造の機能

中新世の海に生息したデスモスチルスの歯は、のり巻きを束ねたような独特の形状をしています。この特異な構造は食性とどう関係しているのでしょうか?

デスモスチルス歯の特徴と構造

デスモスチルスの歯の特徴
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束柱状の独特な形状

円柱状の構造が複数束ねられた、他の動物には見られない特異な歯の形をしています

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水平交換方式

象や海牛類と同様、後方から新しい歯が押し出されて交換される仕組みです

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顎を支える支柱機能

吸引採餌の際に顎を固定する構造として機能していたことが研究で明らかになっています

デスモスチルス歯の束柱構造とは

 

デスモスチルスの最大の特徴は、その名前の由来にもなっている臼歯の形状です。学名の「デスモスチルス」は、ギリシャ語で「デスモス=束ねる」「スチロス=柱」という2つの言葉から構成されており、まさに細いのり巻きを数本束にしたような独特の形状を表しています。この臼歯は、象牙質の芯をエナメル質が取り巻いた円柱が複数束になった構造で、一目見ただけでデスモスチルスの歯だと識別できるほど特徴的です。

 

この特異な歯の構造は、発見当初から研究者を困惑させてきました。北海道で歯の化石が発見された際には「タコの足の化石ではないか」と言われたほど、通常の哺乳類の歯とはかけ離れた形状をしています。日本国内だけでも50を超える歯の化石が報告されており、中新世の北太平洋域にのみ生息していた絶滅哺乳類として、長年「幻の奇獣」と呼ばれてきました。

 

デスモスチルス歯の水平交換システム

デスモスチルスの歯には、現生の哺乳類とは異なる独特の交換様式が備わっていました。私たちヒトの歯は古い歯の下から新しい歯が出てくる垂直交換方式ですが、デスモスチルスの臼歯は水平交換方式を採用しています。これは、顎の後方から新しい歯が前方に押し出されていく仕組みで、現生の哺乳類では長鼻目(ゾウなど)や海牛目(ジュゴン、マナティー)でも見られる特徴です。

 

デスモスチルスでは前歯は上下合わせても6本しかなく、臼歯も同時に使用するものは8~12本程度でした。歯がすり減ると顎の後方から新しい歯が生えてくる仕組みになっており、一生歯性・不完全水平交換という特殊な歯の交換パターンを持っていました。この水平交換システムは、デスモスチルスが長期間にわたって効率的に採餌活動を続けるために進化した適応と考えられています。

 

デスモスチルス歯の機能と食性の関係

長年、デスモスチルスの食性については様々な説が提唱されてきました。当初は海牛類と考えられていたため海草を食べたとされ、その後は厚いエナメル質でできた円柱状の咬頭から二枚貝などを殻ごと圧砕して食べていたという説、さらには雑食説や陸上植物食説まで登場しました。

 

しかし最新の研究により、驚くべき事実が明らかになっています。デスモスチルスの顎運動を復元すると、咬筋が歯の咬合面に対して垂直に作用しており、他の有蹄類とは異なる特徴を示していました。さらに歯の微小摩耗痕(窩痕と擦痕)の分析や安定同位体の研究から、デスモスチルスは下顎を咬筋で強く固定して舌を口腔内で後ろに引くことで陰圧を作り出し、海底に棲む無脊椎動物を吸い込んで食べていたことが判明しました。

 

つまり、デスモスチルスの特異な束柱状の歯は「噛むための歯」ではなく、吸引採餌の際に舌の吸引力が口の中の構造で弱まらないよう、顎を堅固に支える「柱のような歯」だったのです。この発見により、デスモスチルスの柱状歯の機能が初めて合理的に説明されることとなりました。

 

国立科学博物館によるデスモスチルスの食性と顎運動に関する詳細な研究

デスモスチルス歯の化石産地と発見状況

デスモスチルスの歯の化石は、北太平洋沿岸域の中新世の地層から数多く発見されています。最初の化石は1888年に北米カリフォルニア州で報告された大臼歯で、この特異な形状の歯が「束柱類」という分類群の名前の由来となりました。日本では北海道、富山県、岐阜県、岡山県など各地で化石が発見されており、特に北海道歌登町や気屯(けとん)の標本は、ほぼ完全な骨格として知られています。

 

化石の発見状況から、デスモスチルスは中新世(約2300万年前~530万年前)の北太平洋域にのみ生息していた地域固有の動物であることが分かっています。デスモスチルス属の化石記録は主に中期中新世に集中していますが、最近の研究ではアメリカのスクーナーガルチ層から初期中新世(アキタニアン期)の歯の化石が報告され、この属の出現時期が従来考えられていたよりも古い可能性が示されています。

 

体長は成獣で約2.65メートル、体高は約80センチメートル、体重は560~890キログラム程度と推定されており、水辺に生息していた中型の哺乳類でした。

 

デスモスチルス歯のエナメル質構造と磨耗パターン

デスモスチルスの歯の内部構造も、その機能を解明する上で重要な手がかりを提供しています。臼歯の歯冠は、象牙質の芯を厚いエナメル質が取り巻いた円柱状の構造が複数束になっており、この構造により強度を保ちながら支柱としての機能を果たしていました。パレオパラドキシア科の臼歯には歯帯があり歯根が長いのに対し、デスモスチルス科の臼歯には歯帯がなく、より特殊化した形態を示しています。

 

歯の微小摩耗痕の分析では、擦痕(スクラッチ)が多いことから植物食の可能性も示唆されていましたが、窩痕と擦痕の割合を様々な食性の哺乳類と比較した結果、デスモスチルスは汽水域で小動物を吸引採餌していたことが最も有力な説となっています。歯の表面に残された磨耗痕は、単純な咀嚼運動ではなく、顎を固定した状態での独特な使用方法を示唆しており、吸引採餌という特殊な食性を支持する証拠となっています。

 

デスモスチルスの歯は、進化の過程で「噛み潰し」から「すり潰し」への機能転換を経て、最終的には吸引採餌のための「顎の支柱」という独自の役割を獲得しました。この特異な進化の道筋は、絶滅哺乳類の適応戦略の多様性を示す貴重な例となっています。

 

足寄動物化石博物館によるデスモスチルスの歯の謎に関する解説

 

 


束柱類デスモスチルス(Desmos uis hesoerus)の頬歯 化石