誘導結合プラズマ(ICP)は、石英製トーチの周囲に巻き付けた高周波誘導コイルに27.12MHzまたは40.68MHzの高周波電流を流すことで生成されます。この高周波電流がコイルの周囲に磁力線を形成し、プラズマトーチ内部に強力な高周波磁界を作り出します。
参考)誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析装置の原理と応用
電磁誘導の法則により、この高周波磁界の時間変化に比例した電界が発生します。アルゴンガスを流した状態でテスラーコイルによる放電を行うと、放電で生成された電子やアルゴンイオンがこの電界によって加速され、高速で電界内を移動するようになります。
参考)https://www.jaima.or.jp/resource/jp/basic/pdf/file_icp.pdf
高速化した電子はアルゴンガスと衝突を繰り返し、その一部を電離させます。単位時間あたりの電子発生量が消失量を上回ると電子密度が急激に増加し、プラズマトーチの開放端で瞬時にプラズマが発生する仕組みです。このプラズマは約10,000K、実際には5,000~10,000Kという超高温状態に達します。
参考)誘導結合プラズマ - Wikipedia
興味深い点として、プラズマが一度発生すると電子はイオンに引き付けられ、再結合反応が連鎖的に進行していきます。この連鎖反応がプラズマの安定した維持を可能にしているのです。
ICPトーチは石英製の三重管構造になっており、それぞれ異なる役割を持つガスが流れます。外側からプラズマガス(冷却ガス)、補助ガス、そして最内側にキャリアガスという配置です。
参考)ICP 発光分光分析装置(ICP-OES)の基礎と原理(第一…
プラズマガスには通常アルゴンガスが使用され、毎分10リットル以上の流量で供給されます。このガスはプラズマの主体を形成すると同時に、石英トーチを冷却して溶融を防ぐ重要な役割も担っています。
補助ガスはプラズマの形状を整え、安定性を向上させます。キャリアガスは試料溶液をネブライザーで霧状にしたエアロゾルをプラズマ内部に運び込む役割を果たします。
参考)ICP-MS の基礎と原理(第一部)
このトーチ構造の特徴は、ドーナツ状のプラズマ形成にあります。中心部が比較的低温で、周辺部が高温という温度分布により、試料エアロゾルが中心部を通過する際に段階的に加熱され、脱溶媒・解離・原子化・イオン化が効率的に進行します。
日本分析機器工業会によるICP発光分光分析装置の原理解説(プラズマ生成の詳細メカニズムと電磁誘導の仕組みについて図解付きで説明)
プラズマ中に導入された試料は、まず脱溶媒され、次いで分子が解離して原子またはイオン状態になります。これらの原子やイオンはアルゴンプラズマから膨大なエネルギーを得て、電子が基底状態から高エネルギー準位の励起状態へと遷移します。
参考)誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)とは?|(株…
励起状態は非常に不安定なため、電子は瞬時に基底状態へと戻ります。この遷移の際、余剰エネルギーが特定の波長を持つ光として放出されます。これがスペクトル発光と呼ばれる現象です。
各元素は固有の電子配置を持つため、励起状態から基底状態への遷移で放出される光の波長は元素ごとに異なります。例えば、ナトリウムは589nmの黄色い光を、銅は324nmの紫外光を放出するといった具合です。この波長特性により元素の識別が可能になります。
参考)ICP発光分光分析装置(ICP-OES)の原理や構成要素につ…
発光強度は試料中の元素濃度に比例するため、スペクトルラインの強度を測定することで定量分析が実現します。ICP-OES(誘導結合プラズマ発光分光分析)では、この原理を利用してpptレベルまでの微量元素検出が可能です。
参考)https://geohiruzen.co.jp/?p=1880
プラズマから放出された多波長の光は分光器に導かれ、波長ごとに分離されます。分光器の中核となるのはグレーティング(回折格子)です。グレーティングは光を波長に応じて異なる角度に回折させ、スペクトルを展開します。
現代のICP-OES装置では、エシェル型分光器やCID(Charge Injection Device)検出器など高度な技術が採用されています。これにより広い波長範囲を同時に測定でき、多元素同時分析が可能になっています。
検出器では各波長のスペクトルラインの強度が電気信号に変換されます。この信号強度から、あらかじめ作成した検量線を用いて各元素の濃度が算出されます。
参考)誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-OES)
分光器の性能は分析精度を左右する重要な要素です。波長分解能が高いほど近接したスペクトルラインを分離でき、共存元素による干渉を低減できます。最新装置では0.01nm以下の高分解能を実現しているものもあります。
アジレント・テクノロジーによるICP-OES基礎解説(分光器の構造と検出システムの詳細について)
鉱石や鉱物の分析では、固体試料を酸で分解して溶液化する前処理が必要です。岩石試料の場合、フッ酸、硝酸、塩酸などを組み合わせた酸分解が一般的です。目的元素によっては酸の種類や分解条件を最適化する必要があります。
マンガン鉱物のような複雑な組成を持つ試料でも、ICP発光分光分析法により主成分から微量成分まで一度に定量できます。ニオブやタンタルを含むコルンブ石のような難分解性鉱物も、適切な前処理により分析可能です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/gkk1952/14/Special3/14_Special3_129/_pdf/-char/ja/
ICP-MSを併用すれば、希土類元素やウラン、トリウムといった地質学的に重要な元素の同位体分析も実施できます。これは鉱石の起源推定や年代測定に有用です。
しかし、ハロゲンや希ガス、一部の揮発性元素は測定に向かないという制約もあります。また、試料マトリックスによるスペクトル干渉には注意が必要で、内部標準法やマトリックスマッチング法などの対策が求められます。
ICPの温度管理は分析精度に直結する重要な要素です。プラズマ温度が5,000~10,000Kという高温域にあることで、化学炎を用いるフレーム原子吸光法で問題となる化学干渉がほとんど発生しません。
参考)ICP-MSの基礎と原理(第二部)
この高温により、難解離性の化合物も完全に原子化され、マトリックス効果が大幅に軽減されます。例えば、リン酸塩やケイ酸塩のような安定な化合物も効率的に分解され、正確な測定が可能になります。
高周波電力の調整により、プラズマ温度や電子密度を最適化できます。一般的には1.0~1.5kWの出力が使用されますが、試料の性質に応じて調整することで感度や安定性を向上させられます。
参考)https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/record/2003593/files/K-08400.pdf
プラズマの観測位置も重要なパラメータです。軸方向観測(アキシャル観測)はラジアル観測に比べて高感度ですが、バックグラウンドも強くなります。試料の濃度レベルに応じて最適な観測方式を選択することが、精度の高い分析につながります。