誘電損公式から応用まで誘電正接計算と材料選定

誘電損の公式と誘電正接の計算方法を電力ケーブルや高周波回路の実務に基づいて詳しく解説します。材料選定から測定技術まで、エンジニアに必要な知識を網羅。あなたの設計に最適な誘電体材料は何でしょうか?

誘電損公式と誘電正接の計算

📊 誘電損の基本公式と計算要素
基本公式の構造

角周波数ω、静電容量C、電圧V、誘電正接tanδの関係式で表現

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周波数依存性

周波数が増加すると誘電体損失も比例して増大する特性

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電圧の2乗特性

誘電体損は印加電圧の2乗に比例して増加

誘電損(誘電体損失)は、交流電場が誘電体に加わったときに生じる電力損失を表す重要なパラメータです。基本的な公式は次のように表されます。

 

参考)《電力》〈送電〉[H27:問10]ケーブルの誘電体損に関する…

誘電体損WdW_dWdの基本公式。
Wd=ωCV2tanδ=2πfCV2tanδW_d = \omega CV^2 \tan\delta = 2\pi fCV^2 \tan\deltaWd=ωCV2tanδ=2πfCV2tanδ
ここで、ω\omegaωは角周波数[rad/s]、fffは周波数[Hz]、CCCは静電容量[F]、VVVは電圧[V]、tanδ\tan\deltatanδは誘電正接を示します。この公式から、誘電体損は周波数、電圧の2乗、誘電正接に比例することが分かります。

参考)数式による誘電体損失の解説|電波加熱研究所・高周波誘電加熱技…

三相3線式の電力ケーブルにおける誘電体損の計算では、1線分の損失を3倍する必要があります。実務的な公式は以下のようになります。

 

参考)https://eleking.net/denken3/d3f/d3f-transmit.html

Wd=3EIr=3VIctanδ=ωCLV2tanδ=2πfCLV2tanδW_d = 3EI_r = \sqrt{3}VI_c\tan\delta = \omega CLV^2\tan\delta = 2\pi fCLV^2\tan\deltaWd=3EIr=3VIctanδ=ωCLV2tanδ=2πfCLV2tanδ
ここで、EEEは相電圧、IrI_rIrは損失電流、IcI_cIcは充電電流、LLLはケーブル長を表します。

誘電正接tanδ\tan\deltatanδは、誘電体に交流電場が加わったときにエネルギーの一部が熱として失われる比率を数値化したもので、タンデルタやDf(Dielectric Dissipation Factor)とも呼ばれます。理想的なコンデンサでは電圧と電流の位相差が90度ですが、実際の誘電体ではこの角度からのズレδ\deltaδが生じ、その正接が誘電正接となります。

参考)【徹底解説】伝送損失・誘電損失・誘電正接とは?計算式、低誘電…

誘電損公式の導出プロセスと等価回路

誘電体損失の公式を理解するには、等価回路とベクトル図からのアプローチが有効です。誘電体を含む回路は、理想的な静電容量成分と抵抗成分の並列接続として表現できます。

 

参考)《電力》〈送電〉[H21:問11]三相3線式地中電線路の誘電…

等価回路においては、充電電流IcI_cIcと損失電流IrI_rIrの関係が重要です。充電電流は電圧に対して90度進んだ位相を持ち、損失電流は電圧と同位相になります。合成電流と各成分の関係から、誘電正接は次のように表されます。

参考)誘電体損の求め方について(電験3種の試験用です) - 電圧3…

tanδ=IrIc=12πfCR\tan\delta = \frac{I_r}{I_c} = \frac{1}{2\pi fCR}tanδ=IcIr=2πfCR1
ここでRRRは等価並列抵抗です。ただし、この抵抗値は周波数によって変化する特性を持つため、実際の材料では周波数依存性を考慮する必要があります。

参考)誘電正接tanδについてtanδの公式はIr÷Icだと思いま…

《電力》〈送電〉[H27:問10]ケーブルの誘電体損に関する計算問題 | 電験王
誘電体損の公式の導出プロセスと計算例題が詳しく解説されており、電験試験対策に有用な情報が掲載されています。

 

誘電損における周波数と電圧の影響特性

誘電体損失は周波数と電圧の両方に強く依存します。周波数fffが増加すると、誘電体内部での分極の反転回数が増え、それに伴って損失も増大します。

高周波回路では、この周波数依存性が特に重要になります。5G通信などの高周波領域では、誘電体損失による信号遅延が自動運転技術のブレーキ制動距離に直結するため、低誘電損失材料の選定が不可欠です。PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)などのフッ素系樹脂、液晶ポリマーなどが検討されています。

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電圧の影響については、誘電体損が電圧の2乗V2V^2V2に比例する特性があります。これは、印加電圧が高いほど誘電体内部の電界強度が増し、分極による電力消費が増大するためです。

実務的には、ケーブルの長距離送電において、充電電流(無効電力)が大きくなることで有効電力の伝送が圧迫される問題があります。この現象は静電容量に起因する充電電流と誘電体損の組み合わせによって生じます。

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誘電正接tanδの測定方法と精度管理

誘電正接の測定には、日本産業規格のJISC 2138:2007に標準的な方法が規定されています。主な測定法は零位法と共振法の2つに分類されます。

 

参考)誘電正接とは? 原理、高・低誘電正接、用例、原理、測定方法を…

零位法は50 MHz以下の周波数範囲で使用され、置換法によって測定を行います。一方、共振法は10 kHz〜数百MHzの周波数範囲に対応し、容量置換法を採用しています。

高周波領域での測定には、空洞共振器摂動法が用いられます。この方法では、共振周波数の変化から複素比誘電率の実数部(εr\varepsilon_r'εr′)を、Q値の変化から虚数部(εr\varepsilon_r''εr′′)を求めることができます。

参考)誘電率・誘電正接 -低周波領域(自動平衡ブリッジ法)-高周波…

εr=εrjεr\varepsilon_r^* = \varepsilon_r' - j\varepsilon_r''εr∗=εr′−jεr′′
tanδ=εrεr\tan\delta = \frac{\varepsilon_r''}{\varepsilon_r'}tanδ=εr′εr′′
実際の電力ケーブルにおける測定では、端子電圧と遮蔽体の接地線を流れる充電電流を測定し、それぞれの基本波を取り出して位相差を検知する方法が採用されています。波形歪の影響を受けにくく、高精度なtanδ\tan\deltatanδの測定が可能です。

参考)https://patents.google.com/patent/JP2579479B2/ja

測定精度を向上させるためには、無損失コンデンサの使用や、測定を多数回繰り返して信頼性を高める手法が推奨されます。

誘電損を考慮した材料選定の実務

誘電体材料の選定は、回路基板の性能、信頼性、寿命に直接影響する重要な決定事項です。選定にあたっては、誘電率(Dk)、誘電正接(Df)、熱特性、耐薬品性、コストを総合的に評価する必要があります。

 

参考)適切な PCB 誘電体材料は PCB プロトタイプを最適化し…

代表的な材料の誘電特性は以下の通りです。

 

参考)https://jh3fja.com/ease2/cirsim/tand_df/tand_df.htm

材料名 比誘電率 誘電正接(×10⁻⁴) 損失係数(×10⁻⁴)
ポリスチレン(PS) 2.5〜2.7 1〜4 6.5
石英ガラス 3.5〜4.5 - -
セラミック系 10〜20 50 -


損失係数は比誘電率とtanδ\tan\deltatanδの積で表され、誘電損失の相互比較に使用できる指標です。

プリント基板材料では、伝送損失を低減するために低誘電正接の材料が求められます。伝送損失は誘電損失、導体損失、散乱損失の合計として表されますが、高周波領域では誘電損失の寄与が大きくなります。

誘電損失の計算式は次の通りです。

αd=Kfεrtanδ\alpha_d = K \cdot f \cdot \varepsilon_r \cdot \tan\deltaαd=K⋅f⋅εr⋅tanδ
ここで、αd\alpha_dαdは誘電損失、KKKは比例定数、fffは周波数、εr\varepsilon_rεrは比誘電率です。

材料設計においては、第一原理計算と機械学習を組み合わせたアプローチも採用されています。82個の候補材料から低誘電正接材料8個を選定し、その中から誘電率3以下、誘電正接0.01以下という目標を達成した事例が報告されています。

参考)https://www.scej.org/docs/publication/journal/backnumber/8706-open-article.pdf

誘電損失が鉱物・結晶構造に与える独自影響

鉱物や結晶性材料における誘電損失は、その結晶構造や組成に強く依存する特性を示します。特にフェライト材料では、MnZn系の組成がキュリー温度と密接に関係し、温度特性に影響を与えることが知られています。

 

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/8523517dc0494cf01ecae713d9757ab28b3f4733

結晶性の誘電体では、分極メカニズムが複雑になります。電子分極、イオン分極、配向分極の3種類が存在し、それぞれ異なる周波数応答を示します。低周波では配向分極が支配的ですが、高周波になると電子分極とイオン分極の寄与が大きくなります。

 

鉱石や天然鉱物を原料とした誘電体材料では、不純物や結晶欠陥が誘電損失に大きな影響を与えます。これらの欠陥は、電界印加時にキャリアのトラップサイトとして機能し、損失を増大させる要因となります。

 

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/a5d90d99c6f773d65a46af9adb2cb64b3a752cc3

マイクロ波伝導度とインピーダンス分光法を組み合わせた測定により、有機半導体への注入障壁の評価が行われており、これらの手法は鉱物由来の誘電体材料の特性評価にも応用可能です。常磁性共鳴と誘電共鳴を組み合わせたマイクロ波分光法により、キャリアダイナミクスの詳細な評価が可能になります。

 

参考)https://www.semanticscholar.org/paper/803f7450814b648c049443077ef18ca945917f11

低誘電損失材料の開発においては、ラミネート基板の誘電特性が重要です。銅箔積層基板の材料定数を精密に測定し、マイクロストリップラインの伝搬定数を推定する技術が確立されています。

 

参考)302 Found

同軸ケーブルの設計では、導体損失と誘電損失のバランスが重要です。太いケーブルでは導体損失が低減されますが、誘電損失はケーブルのサイズに依存しません。表皮効果損失と誘電損失を含めた理想ケーブルモデルでは、単位長さ当たりの静電容量が次のように修正されます。

 

参考)同軸ケーブルの選定の手引き|技術情報|アンフェノールジャパン…

Cl=Cl0(1+jtanδ)C_l = C_l^0 (1 + j\tan\delta)Cl=Cl0(1+jtanδ)
ここで、Cl0C_l^0Cl0は理想的な静電容量、tanδ\tan\deltatanδは損失正接です。この修正により、高周波信号の伝送特性をより正確に予により、高周波信号の伝送特性をより正確に予測できます。

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9824703/