溶媒和とは、溶液中において溶質の分子やイオンが近傍の溶媒となんらかの相互作用をして存在し、離れた周囲の溶媒とは異なる状態で溶存している現象を指します。この相互作用は主として静電気的なもので、イオンと有極性の溶媒分子(水、アルコールなど)との間で発生します。
参考)溶媒和(ようばいわ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
溶媒が水である場合、溶媒和は特に「水和」と呼ばれ、水和されたイオンを「水和イオン」と称します。小さい半径をもつイオンは多く溶媒和され、その結果大きな溶媒和イオンとして存在します。一方、大きな半径をもつイオンは溶媒和の程度が小さくなる傾向があります。
参考)https://www.oceanochemistry.org/publications/TRIOC/PDF/trioc_1999_12_87.pdf
イオンの溶媒和では、イオン-水相互作用と水-水間の水素結合相互作用の競合により、双極子配向、並進秩序、結合配向秩序という3種類の構造秩序が生じることが明らかになっています。この構造秩序は溶液の性質を大きく左右する重要な要素です。
鉱物の結晶成長において、溶媒和は極めて重要な役割を果たします。溶液相中の溶質分子は、溶媒和の状態で液相中を拡散し、結晶表面へ入射します。この際、溶媒分子の「衣」を脱ぎ去る分のエネルギー、つまり脱溶媒和エネルギーが必要となります。
参考)http://crystallization.eng.niigata-u.ac.jp/%EF%BC%96%E7%AB%A0-%E7%B5%90%E6%99%B6%E6%88%90%E9%95%B7210903.pdf
脱溶媒和して結晶表面に辿り着いた溶質分子は、自身がもつ運動エネルギーの大部分を結晶表面上での発熱という形で失うため、結晶表面上の分子間力に束縛されます。その後、溶質分子が格子点よりもさらに安定なキンクに辿り着くことができれば、再溶解は起こらず結晶相に取り込まれます。
マグマ中での造岩鉱物の成長は高温溶液相からの結晶成長であり、金属鉱物の成長も熱水溶液からの結晶成長です。粘土鉱物の結晶が割れ目のような自由空間に浸入した熱水溶液から沈殿する場合にも、溶媒和と脱溶媒和のプロセスが重要な役割を担っています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjacg/6/3-4/6_KJ00003715173/_pdf
新潟大学の結晶成長に関する研究ページには、溶液からの結晶成長における溶媒和の詳細なメカニズムが解説されています
溶媒和は物質の溶解度を決定する重要な要因です。極性溶媒にイオン性物質や極性物質が溶けやすいのは溶媒和によるものです。一方、無極性物質が溶けにくいのは溶媒和がほとんど起こらないためです。
参考)溶媒和 - Wikipedia
溶質粒子は、多数の溶媒分子と溶媒和して、均一に分散していくことにより溶解します。一般的に物質の溶解性は、溶質粒子間の結合力と溶質粒子と溶媒粒子間の結合力の強弱で決まることが多く、極性の似たもの同士がよく混合するという「似たものは似たものを溶かす」という原則があります。
参考)https://sekatsu-kagaku.sub.jp/solution-chemistry1.htm
溶媒和化学ポテンシャルは、純溶媒に溶質分子1個を入れた時の自由エネルギー変化のことであり、溶媒分子と溶質分子、そして溶媒分子同士の相互作用を反映しています。この値は溶質分子の溶媒への溶けやすさを表す重要な指標となります。
参考)溶媒和効果の物理——密度揺らぎ・ナノバブル・溶質誘起相分離
溶媒和は化学反応の速度や選択性に大きな影響を与えます。化学反応の大部分は溶液反応という形態をとり、反応物は溶媒に溶けていて、均一な液相中で化学変化を進行させます。溶液反応では、反応の速度や選択性が溶媒によって大きな影響を受けることが知られています。
参考)有機化学反応と溶媒|siyaku blog|試薬-富士フイル…
溶媒の極性が大きいと、中性もしくは弱い電荷を帯びた反応物と比べて電荷の大きい活性錯体を持つ反応の反応速度は加速されます。逆に、溶媒の極性が大きいと、反応物に比べて電荷が少ない活性錯体を持つ反応は減速されます。
参考)溶媒効果 - Wikipedia
溶質分子と溶媒分子の間でエネルギーのやり取りが起こり、このプロセスは溶液中で進行する化学反応の特徴です。使用する溶媒の種類を変えると化学反応のスピード、反応中間体の寿命、生成物の種類や収率が変わることが知られており、気相中で進行する化学反応とは全く異なる結果が得られることも珍しくありません。
参考)http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2023/230214/
SPring-8の研究では、溶質と溶媒の構造変化を原子レベルで観測することで、溶媒和効果の機構解明に貢献しています
溶媒和エネルギーは、溶質が溶媒中で安定化される程度を表す熱力学的な量です。極性を持つ溶媒中に注入された電子は、周りの溶媒分子の極性を配向させて安定化します。このような溶媒和状態では、溶質を含めた全体のエネルギーが最も安定になるように溶媒分子が集合します。
参考)水和電子の安定化エネルギー測定に成功
鉱物成分の溶解度は環境次第で大幅に変化することがあります。例えば、塩化カルシウム溶液に炭酸ガスを吹き込むと炭酸カルシウム(方解石)が形成され沈殿し、硫酸イオンを加えると硫酸カルシウム(石膏)が沈殿します。これらの鉱物は塩化カルシウムほどには水に溶け込まない性質を持っています。
参考)https://lapisps.sakura.ne.jp/essay/crystalization.html
溶液の温度が50℃以上になると、石膏でなく硬石膏の沈殿が期待されるなど、温度条件によっても析出する鉱物の種類が変わります。このように、溶媒和による安定化エネルギーと環境条件の相互作用が、鉱物の溶解度と結晶形態を決定する重要な要因となっています。
溶質分子と溶媒分子の双方向的な相互作用により、溶質分子の動きが周囲の溶媒分子の再配置を促すだけでなく、溶媒の再配置によって溶質の動きが駆動されることが最新の研究で明らかになっています。この双方向的な影響は、鉱物溶液中での複雑な化学平衡を理解する上で不可欠な知見となっています。
参考)溶質と溶媒が相互に影響し合う機構を原子レベルで直接観測 − …
J-STAGEには溶媒和効果の物理に関する詳細な論文が掲載されており、密度揺らぎやナノバブル、溶質誘起相分離についての理論的考察を読むことができます