溶媒抽出法では、水と混ざりにくい有機溶媒が使われる。代表的な有機溶媒には、ジエチルエーテル、クロロホルム、1-ブタノール、メチルイソブチルケトン(MIBK)、ヘキサンなどがある。これらの溶媒は水との比重の違いによって、分液ロート内で上層と下層に分かれる特性を持つ。
参考)第97回薬剤師国家試験 問98 - yakugaku lab
水より比重が大きい有機溶媒を覚えるゴロ合わせとして「水につぶされ、苦しに、ふぇ」が有名である。これは「苦=クロロホルム」「し=四塩化炭素」「に=二硫化炭素」「ふぇ=フェノール」を表している。一方、水より軽い有機溶媒には、ジエチルエーテル、ヘキサン、トルエン、ベンゼンなどがあり、これらは水相の上に有機相として分離する。
参考)水より比重が大きいもののゴロ(覚え方)|薬学ゴロ - 薬学部…
溶媒抽出法では、目的物質を分子形にすると抽出効率が高くなる。例えば、酸性物質(カルボン酸など)を抽出する場合は、水溶液のpHを低くすることで有機層に抽出されやすくなる。
溶媒抽出法の効率を示す重要な指標が分配係数(KD)と抽出率(E)である。分配係数は「有機相中の溶質濃度÷水相中の溶質濃度」で定義され、この値が大きいほど分離操作の効率が高い。分配係数は温度一定の条件下では一定値を保つ熱力学的平衡定数である。
参考)ビデオ: 抽出: 分割係数と分布係数
抽出率は次の式で計算できる:
参考)https://webcampus.jp/img2/science3.pdf
E=VW/VO+CXO/CXWCXO/CXW×100
ここで、CXOは有機相中の濃度、CXWは水相中の濃度、VWは水相の体積、VOは有機相の体積である。
実際の計算例として、分配比が100の系で1回の抽出操作を行うと抽出率は約50%となり、同じ操作を2回繰り返すと最終的に水層に残る物質は25%になる。このように、複数回の抽出操作を繰り返すことで、目的物質をより効率的に回収できる。
参考)よくでる計算問題その2 抽出における分配比と抽出率について …
抽出における分配比と抽出率の計算問題
分配係数と抽出率の具体的な計算例と練習問題が掲載されており、実践的な理解に役立つ参考資料
溶媒抽出法は、鉱石や鉱山廃液から有価金属を分離・回収する実用的な技術として広く使われている。この方法は、水相と有機相という互いに混ざり合わない2つの液相間で、金属イオンが異なる分配を示す現象を利用する。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj1989/53/10/53_10_641/_pdf
鉱石処理では、まず鉱石を酸で溶かして浸出液を作る。この浸出液(水相)に特定の抽出剤を含む有機溶媒を加えて混合すると、目的の金属イオンが有機相に移動する。例えば、銅鉱石の処理では、鉱石を硫酸で浸出し、その溶液に有機溶媒を接触させて銅イオンを選択的に抽出する。
参考)https://patents.google.com/patent/JP6860817B2/ja
抽出剤としては、キレート試薬が多く用いられる。ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム(DDTC)やピロリジンジチオカルバミン酸アンモニウム(APDC)などのキレート剤は、特定の金属イオンと結合して水に溶けにくい錯体を形成し、これが有機溶媒に抽出される。抽出された金属は、その後、酸などで有機相から逆抽出(転溶)することで回収・濃縮できる。
参考)(2016年2月発行)金属の溶媒抽出法について~鉛を例に~
レアメタルや貴金属の分離には、溶媒抽出法が高純度な金属回収を実現する主要技術として活用されている。この技術は連続操作が可能でクローズドシステムを組めるため、環境調和型の分離法として評価されている。
参考)https://www2.st.tokushima-u.ac.jp/News/st_Innovators-Tomorrow/Introd_J/CHEM/dataJ/hanada_j.pdf
貴金属の精製プロセスでは、複数の抽出剤を段階的に使い分けることで、金、白金、パラジウムなどを分離する。例えば、D2EHPAなどの酸性抽出剤を用いて銅や鉛などのベースメタルを先に除去し、その後TBP(リン酸トリブチル)によって白金を抽出するプロセスが採用されている。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/767bd37b2ca8a28e364b5d0be6cd0e56771467c5
レアメタル分離では、異なる金属イオン間の抽出挙動の差を利用する。ジルコニウム鉱石からチタンや鉄を除去する例では、pH2-3の条件下でチタンをほぼ定量的にクロロホルム相に抽出し、ジルコニウムは水相に残すことで分離が達成される。近年は、深共晶溶媒(DES)を用いた環境負荷の低い新しい分離技術も研究されている。
参考)https://www.erca.go.jp/suishinhi/seika/db/pdf/end_houkoku/3K143014.pdf
貴金属の溶媒抽出に関する総説論文(PDF)
貴金属の溶媒抽出法による分離プロセスの詳細と最新技術動向を解説した専門資料
有機溶媒の選択は、溶媒抽出法の成否を左右する重要な要素である。選択基準として、水との混和性が低いこと、目的物質の溶解度が高いこと、比重が水と大きく異なること、引火点が高く安全性に優れることなどが挙げられる。
参考)脂質分析におけるジエチルエーテルおよびクロロホルム代替抽出溶…
従来広く使われてきたジエチルエーテルとクロロホルムは、それぞれ特殊引火物、特定化学物質として取り扱いに注意が必要である。このため、近年はヘキサンやイソプロパノールなどの代替溶媒の使用が検討されている。メチルイソブチルケトン(MIBK)は、金属-DDTC錯体の抽出において高い溶解能を示し、食品中の鉛分析などで標準的に使用されている。
溶媒の比重を覚えるコツとして、水より重い溶媒は「塩素や硫黄を含む」という特徴がある。クロロホルム(CHCl₃)、四塩化炭素(CCl₄)、二硫化炭素(CS₂)は、いずれも重い原子を含むため水より比重が大きい。一方、炭化水素系のヘキサン、トルエン、ベンゼン、エーテル類は軽く、水の上層に分離する。
溶媒の固化温度を利用した「有機相固化法」という技術も開発されており、p-キシレン(融点13℃)やジフェニルエーテル(融点27℃)を用い、抽出後に冷却して有機相を固化させることで濃縮効率を高める方法が報告されている。
参考)https://www.jsac.or.jp/bunseki/pdf/bunseki2008/200803kaisetsu.PDF