ウラン系列は、親核種であるウラン238(238U)から始まり、最終的に安定同位体である鉛206(206Pb)に至る放射性崩壊系列です。この系列は「ラジウム系列」とも呼ばれ、質量数が4n+2の核種から構成されています。ウラン238の半減期は約45億年と極めて長く、地球が誕生した約46億年前から現在まで存在し続けている原始放射性核種です。
ウラン238は海水に比較的溶けやすい性質を持ち、その海水中濃度は約3マイクロ(10-6)グラム/リットルで、これは放射能として約0.04ベクレル/リットルに相当します。崩壊過程では、ウラン238はアルファ崩壊を繰り返しながら、中間生成物としてトリウム234(234Th)、ラジウム226(226Ra)、ラドン222(222Rn)などの娘核種を生成します。
興味深いのは、純粋な金属ウランそのものはそれほど強い放射能を持たないという点です。しかし、閃ウラン鉱や瀝青ウラン鉱といった天然のウラン鉱石は、元のウランの約13倍もの強い放射能を有します。これは、ラジウムやその他の娘核種が鉱石中に蓄積されているためです。
参考)https://www.kz.tsukuba.ac.jp/~abe/ohp-nuclear/nuclear-02.pdf
トリウム系列は、親核種トリウム232(232Th)から始まり、最終的に安定同位体である鉛208(208Pb)に至る崩壊系列です。この系列は質量数が4nの核種で構成されています。トリウム232の半減期は約140.5億年で、ウラン238よりもさらに長い半減期を持っています。
参考)https://www.env.go.jp/chemi/rhm/r1kisoshiryo/attach/202003mat1-01-8.pdf
トリウム系列の大きな特徴は、親核種であるトリウム232がウラン238と異なり、海水に非常に溶けにくい性質を持つことです。そのため海水中濃度は約0.3ナノ(10-9)グラム/リットルと低く、これは約0.0000012ベクレル/リットルという非常に少ない放射能量になります。つまり、ウラン238との濃度差は約1000倍近くにもなります。
トリウム232から生成されるラジウム228(228Ra)の半減期は約6年と短いのに対し、ウラン系列から生成されるラジウム226(226Ra)の半減期は約1600年と長いという違いがあります。この同位体の半減期の違いは、海洋学的研究において重要な指標となり、外洋海水と沿岸海水(河川の影響を受けた海水)を判別する手段として活用されています。
ウラン鉱石には、酸化ウラン(UO2)を主成分とする閃ウラン鉱と、その非晶質型である瀝青ウラン鉱(ピッチブレンド)が代表的な鉱物として存在します。天然ウランは99.3%がウラン238、0.7%がウラン235で構成されています。ウラン238は極めて緩やかに壊変してラジウム226を形成するため(半減期44億年)、ウラン鉱石には必ずラジウムが含まれています。
参考)放射線医学の歴史
瀝青ウラン鉱が強い放射能を持つ理由は、放射性崩壊によって生じた多数の娘核種が鉱石中に蓄積されているためです。マリー・キュリーは、純粋な銅ウラン鉱よりも天然銅ウラン鉱の方がはるかに強い放射能を持つことを発見し、これがポロニウムやラジウムの発見につながりました。
トリウム鉱石については、トリウムそのものはウランに比べて地殻中の存在量が多いとされています。しかし、トリウム232を出発点とする崩壊系列に含まれる放射性核種の量は、海水への溶解性の低さから、環境中での分布がウラン系列とは大きく異なります。リン鉱石やリン酸肥料の分析では、ウラン系列核種とトリウム系列核種の両方が検出されており、これらの核種の放射平衡状態が研究対象となっています。
参考)302 Found
リン鉱石およびリン酸肥料中のウラン,トリウム,カリウム含有量とウラン系列,トリウム系列核種の放射平衡に関する詳細な研究データ
自然界で見られる主要な放射性崩壊系列は、ウラン系列、トリウム系列、そしてアクチニウム系列の3種類です。アクチニウム系列は、ウラン235(235U)を親核種として、アクチニウムを経て、最終的に鉛207(207Pb)の安定同位体に至る崩壊系列です。この系列は質量数が4n+3の核種で構成されています。
参考)アクチニウム系列(アクチニウムケイレツ)とは? 意味や使い方…
アクチニウム系列の崩壊過程では、7回のアルファ崩壊と4回のベータ崩壊が起こります。ウラン235の天然存在比は約0.7%と、ウラン238の99.3%に比べて非常に少ないため、アクチニウム系列の放射能への寄与は、ウラン系列に比べて小さくなります。
理論的には、4つ目の系列としてネプツニウム系列(4n+1)が存在しますが、親核種であるネプツニウム237(237Np)の半減期が約220万年と他の系列の出発元素に比べて著しく短いため、現在の地球上では存在の痕跡が確認されるのみとなっています。つまり、地球誕生時には存在していたものの、既にほぼ完全に崩壊してしまったと考えられています。
ウラン系列とトリウム系列の半減期の違いは、地質学的年代測定において重要な意味を持ちます。ウラン238の半減期が約44.7億年であるのに対し、トリウム232の半減期は約140.5億年と約3倍長くなっています。この半減期の違いにより、年代測定の精度と適用範囲が異なってきます。
トリウム232は以前から検出され年代測定に使用されてきましたが、半減期が長すぎるため、単独では年代決定の精度が悪いという問題がありました。しかし、ウランとトリウムの両方が検出されると、その相対存在比から、星の大気モデルや初期の存在比の影響をあまり受けない高精度の年代決定が可能になります。
参考)https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/2892
ウラン系列年代測定法では、ジルコンやモナズ石のように形成時にほとんど鉛を含まない鉱物が理想的な試料となります。全鉛量は初期鉛とトリウム232、ウラン235、ウラン238からの崩壊生成鉛の合計として計算されます。現在のウランの同位体存在量(238U/235U=137.88)を用いた計算式により、EPMAで測定した全鉛、ウラン、トリウムの量から年代を算出できます。
参考)みかけ年代
興味深いのは、ウラン系列核種を利用した年代測定法には、炭酸塩鉱物中の放射非平衡を利用して断層破砕帯の年代を測定する手法も開発されていることです。また、考古学的遺物の年代測定においても、洞窟壁画などにウラン系列年代測定法が適用されており、地質学だけでなく考古学の分野でも重要な役割を果たしています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/ef66b9fbf8fb41f4e51cd165ea94ac4eec34607d
名古屋大学年代測定研究部によるモナザ石のウラン・トリウム・鉛年代測定の詳細解説
ウラン系列核種とトリウム系列核種は、カリウム40(40K)とともに、地殻中に量的に最も多く存在する天然放射性核種です。これらは地球誕生時から地殻中に存在してきた原始放射性核種であり、現在でも地球の放射能バックグラウンドの主要な源となっています。
参考)天然の放射性核種 (09-01-01-02) - ATOMI…
カリウム40の地殻存在度は、放射性核種を含むトリウムやウランに比べて約10000倍も高い濃度で存在しています。カリウム全体の中で放射性核種である40Kは0.0117%を占めており、地盤中のガンマ線バックグラウンド(BG)のほとんどは40Kに由来すると考えられています。このカリウム濃度には地域差や鉱物組成による差があり、測定値の変動要因となっています。
参考)http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00035/2016/71-cs/71-cs13-0002.pdf
土壌中のウラン系列核種とトリウム系列核種の分布に関する研究では、これらの核種濃度には粒度依存性があることが明らかになっています。また、地殻中に存在するウランやトリウムは、河川水などに溶けて海に供給されたり、放射壊変によって気体のラドンとなって大気へ放出されたりします。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/4027bd37cb68c5430532cf2ede972ad8b26541c7
環境衛生学的な観点から見ると、ウラン系列から生成されるラドン222(半減期約3.8日)は、室内空気汚染の原因物質として重要です。世界保健機関(WHO)はラドンを発ガン物質に位置づけており、アメリカ環境保護省(EPA)は、室内空気中のラドンが毎年約21,000人の肺がん死亡の原因となっており、喫煙に次ぐ肺がんの原因としています。一方、日本では一部の温泉でラドン温泉として利用されていますが、低濃度放射能の健康影響については議論が続いています。
参考)http://www.ganbanyoku.org/qanda01.htm
これらの天然放射性核種は、原子力発電所の事故による人工放射性核種(セシウム137、ストロンチウム90など)とは区別して考える必要があります。天然放射性核種は地球誕生以来、常に環境中に存在してきたものであり、生物はこれらの放射線環境に適応してきたと考えられています。