三菱ケミカルのPAN系炭素繊維は、ポリアクリロニトリル(PolyAcryloNitrile)を原料とした高性能素材です。製造プロセスは、アクリロニトリル(AN)の重合から始まり、ポリアクリロニトリルを紡糸してアクリル繊維を作成します。このアクリル繊維を200~300℃の空気雰囲気下で耐炎化処理し、さらに1000℃以上の高温で焼成することで炭素繊維が完成します。
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PAN系炭素繊維の最大の特徴は、強度の発現性に優れ、取り扱い性も良好な点です。三菱ケミカルのPAN系製品ラインナップには、超高強度のMR70 12P(引張強度7.00GPa、引張弾性率324GPa)から、汎用グレードのTR30S 3Lまで、幅広い性能帯の製品が揃っています。特に引張強度は構造用鉄鋼の約10倍に達し、比重は鉄の約4分の1という軽量性も兼ね備えています。
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鉱石に関心を持つ方にとって興味深いのは、PAN系炭素繊維が2000℃以上で焼成されるとより高い弾性率を持つ「黒鉛繊維」と呼ばれることもある点です。ただし、400GPa以上の超高弾性率品種では強度が低下する傾向があります。
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三菱ケミカルのもう一つの強みは、石炭由来のPitch系炭素繊維の製造技術です。Pitchとは石炭や石油の精製過程で発生する粘着性のある物質で、三菱ケミカルでは石炭から得られる異方性ピッチ(メソフェーズピッチ)を原料としています。
参考)炭素繊維の製法 - 三菱ケミカル 炭素繊維/炭素繊維複合材料…
製造プロセスは、石炭の乾溜によってコークスと石炭ピッチを生成し、さらに石炭ピッチを精製・メソフェーズ化した後、紡糸してピッチ繊維を作ります。このピッチ繊維を200~300℃の空気雰囲気下で耐炎化・不融化処理し、さらに1000~3000℃の高温で炭素化・黒鉛化することでPitch系炭素繊維が完成します。
参考)炭素繊維の製法
Pitch系炭素繊維の特筆すべき点は、特に弾性率の発現に優れていることです。三菱ケミカルの高機能Pitch系製品ラインナップには、K13D2U(引張弾性率935GPa、熱伝導率800W/mK)のような超高弾性率品が含まれます。また、2500℃以上の超高温での焼成でも強度が低下しない特性を持ちます。鉱物資源である石炭から生まれたこの素材は、高い熱伝導性(最大800W/mK)と低い体積固有抵抗率(最小1.5μΩm)を実現しています。
炭素繊維製造における石炭の役割は、鉱物資源の高度利用という観点から非常に興味深いものです。石炭は炭素含有量によって分類され、一般的な燃料用の瀝青炭(Bituminous coal)は炭素含有量が80~90%、無煙炭(Anthracite coal)は90%以上の炭素を含みます。
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三菱ケミカルでは、石炭の乾溜過程で得られるコールタールピッチに独自の加工を施し、メソフェーズピッチへと変換します。メソフェーズピッチとは、光学的異方性を持つ特殊なピッチで、高機能な炭素繊維の原料として最適です。この技術は、三菱ケミカルが長年培ってきた石炭化学の知見に基づいています。
興味深い点として、石炭由来の炭素繊維は、天然鉱物である黒鉛(グラファイト)と類似した構造を持ちます。グラファイトは炭素原子が六角網状に並んだグラフェンシートが多層に積み重なった結晶構造を持つ柔らかい鉱物ですが、Pitch系炭素繊維も同様の結晶構造を高度に制御して作り出されています。この鉱物的な結晶構造が、Pitch系炭素繊維の高い弾性率と熱伝導性の源となっているのです。
三菱ケミカル公式サイト:炭素繊維の製法についての詳細な技術解説
三菱ケミカルの炭素繊維は、その多様な性能特性により、航空宇宙、自動車、風力発電、スポーツ用品など幅広い分野で活用されています。2025年10月の企業ランキングでは、三菱ケミカルは炭素繊維メーカーとして39.5%のクリックシェアを獲得し、業界トップの注目度を誇っています。
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航空機分野では、炭素繊維複合材料(CFRP)が機体軽量化による燃費効率向上に不可欠な素材となっています。特に三菱ケミカルのPAN系中弾性グレード炭素繊維は、エアバスA320neo用エンジンPW1100G-JMのファン構造部材に採用されています。このエンジンでは、従来のチタンやアルミを炭素繊維複合材料に置き換えることで、鳥衝突にも耐える強度を保ちながらファンを大口径化し、燃料消費を15%改善、騒音も低減しています。
参考)航空機-炭素繊維、炭素繊維複合材料 事例 - 三菱ケミカル …
自動車分野では、次世代自動車の軽量化に向けて炭素繊維の採用が進んでいます。三菱ケミカルはイタリアに炭素繊維複合材料SMC(Sheet Molding Compound)の製造設備を新設し、欧州市場での展開を強化しています。SMCは2~5分程度の短時間でプレス成形が可能で、複雑な形状の部材も成形できる特長があります。
参考)三菱ケミカル:イタリアに炭素繊維複合材料(SMC)の製造設備…
風力発電分野では、ブレードの長尺化により軽量・高剛性の要求が高まり、炭素繊維への切り替えが加速しています。2050年に向けて、CFRP市場は航空機や風力発電ブレードを軸に採用が増え、圧力容器、スポーツ・レジャー用品での需要も増加すると予測されています。
参考)https://www.fuji-keizai.co.jp/press/detail.html?la=ja
半導体製造装置分野でも、炭素繊維の特性が活用されています。軽量で高強度、高弾性率という特徴に加え、導電性と耐食性を持つため、半導体製造プロセスの厳しい環境下でも使用可能です。
参考)【半導体向け活用事例】炭素繊維/炭素繊維複合材料『CFRP』…
三菱ケミカル公式サイト:航空機分野での炭素繊維複合材料の詳細な活用事例
炭素繊維の利用拡大に伴い、廃棄物問題への対応が重要になっています。三菱ケミカルは、リサイクル炭素繊維「FIBERSEED™」を開発し、循環型社会の実現に貢献しています。従来、リサイクル炭素繊維は機械特性や取り扱い面でバージン炭素繊維に劣るとされていましたが、三菱ケミカルは独自の製造技術によりこの課題を解決しました。
参考)各種CFRPへの適用が可能なリサイクル炭素繊維FIBERSE…
CFRPリサイクルには主に3つの方法があります。まず熱分解法は、CFRPを高温で加熱して炭素繊維と樹脂を分離する方法で、繊維の物理的特性を損なうことなく高品質な炭素繊維を回収できます。次に化学的方法(溶媒含浸法)は、特定の溶媒で樹脂を分解して炭素繊維を取り出す方法です。そして近年注目されているのが電解硫酸法で、電気分解で生成した強酸「電解硫酸」でCFRPを分解します。
参考)CFRPリサイクルは難しい?CFRPリサイクルの現状と課題、…
電解硫酸法の特徴は、①全ての樹脂を分解できる、②リサイクルした炭素繊維の強度が低下しにくい、③炭素繊維を連続繊維としてもリサイクルできる、の3点です。旭化成は、この技術を用いて市販のCFRPタンクから連続繊維をリサイクルする基礎技術を開発し、リサイクルした連続炭素繊維は「拠れ」や「毛羽立ち」がなく、新品の炭素繊維と同様に扱えます。
参考)連続炭素繊維をリサイクルする基礎技術を開発
リサイクル炭素繊維と端材利用のCFRP、CFRTPの市場規模は、2050年には2024年比4.9倍の725億円に達すると予測されています。CFRPの加工端材のリサイクルが中心で、ICトレーなどの静電対策部品、自動車の内装部品や構造材など様々な用途で利用されています。特に今後は、熱可塑性を持つCFRTPの加工端材の再利用が市場拡大につながると予想されます。
参考)https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2507/25/news028.html
鉱物資源から生まれた炭素繊維を再利用し、クローズドループ・リサイクル(廃棄物を同等品質の材料として再生産する手法)を実現することは、資源循環の観点から非常に重要です。
旭化成公式サイト:連続炭素繊維をリサイクルする基礎技術開発の詳細