高マグネシウム血症は血清マグネシウム濃度が2.6~2.7mg/dL以上に上昇した状態を指し、主に腎機能障害による排泄低下と過剰摂取の2つが原因となります。マグネシウムは通常、腎臓から1日あたり125~150mg程度排泄されることで体内濃度が調整されていますが、腎機能が低下するとこの調整機能が働かなくなります。特にGFR(糸球体濾過量)が30mL/分以下の腎不全患者では発症リスクが著しく高まり、クレアチニンクリアランスが10mL/分未満になると高マグネシウム血症が頻繁に発症します。
参考)高マグネシウム血症 - 10. 内分泌疾患と代謝性疾患 - …
症状の重症度は血清マグネシウム値に比例して変化します。5mg/dLを超えると嘔吐、筋脱力、傾眠、徐脈、低血圧などが出現し始め、12mg/dL以上になると意識混濁・消失、呼吸筋麻痺が生じ、20mg/dLに近づくと心停止に至る可能性があります。
腎臓はマグネシウムの体内バランスを保つ最も重要な臓器であり、血中マグネシウム濃度の調整をほぼ独占的に担っています。健常者では腎臓の尿細管でマグネシウムの再吸収と排泄が巧みに調整されており、摂取量が増えても余剰分を速やかに尿中へ排泄できます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4455820/
しかし慢性腎臓病(CKD)が進行すると、この調整機能が徐々に低下していきます。中等度のCKDではマグネシウムの分画排泄率を増加させることで血清値の上昇をある程度代償できますが、クレアチニンクリアランスが30mL/分を下回ると代償機構が不十分となり、顕性の高マグネシウム血症が発症しやすくなります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6492639/
日本の研究では、eGFRが45未満の患者で酸化マグネシウム製剤の投与量と血清マグネシウム値に有意な相関が認められ、eGFR15未満では平均血清マグネシウム値が正常範囲を超えて上昇することが明らかになっています。腎機能が正常であれば、マグネシウム含有製剤を服用しても余剰分が尿中に排泄されるため高マグネシウム血症は起こりにくいですが、腎不全状態ではこの安全機構が破綻するのです。
参考)http://www.yamauchi-iin.com/kaisetu/1550.htm
酸化マグネシウム製剤の腎機能低下患者における血清マグネシウム値への影響を詳しく解説した研究論文
マグネシウムはカルシウムと化学的性質が類似しており、細胞膜のカルシウムチャンネルに対して拮抗作用を示します。血中マグネシウム濃度が上昇すると、カルシウムチャンネルが細胞内外でブロックされ、心収縮力の低下や心伝導障害が引き起こされます。
参考)[解説] 心電図30:10月心電図 87歳女性 - 意識障害…
心電図変化は血清マグネシウム濃度に依存して段階的に進行します。5~10mg/dLで心伝導障害が始まり、QRS波の拡大、PR間隔の延長、QT間隔の延長が認められます。PR間隔の延長は高マグネシウム血症の特徴的な所見であり、深部腱反射の低下とともに診断の指標となります。重症例では心原性ショックや心停止を来すことがあり、発見時には既に重篤な状態に陥っている症例が多く報告されています。
参考)マグネシウム過剰投与が引き起こす「高マグネシウム血症」心電図…
神経筋系では、マグネシウムが神経筋接合部でのアセチルコリン放出を抑制し、筋弛緩作用をもたらします。これにより筋力低下、腱反射の減弱、呼吸筋麻痺といった症状が出現します。血清マグネシウム値が10mg/dL以上になると呼吸抑制やイレウス、意識レベルの低下が顕著になります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8948459/
呼吸抑制は高マグネシウム血症の致死的合併症の一つであり、人工呼吸器からの離脱困難をきたした症例も報告されています。意識障害、血圧低下、徐脈といった非特異的な症状のため、血液検査を行うまで診断が困難であることが多く、早期発見の難しさが問題となっています。
高マグネシウム血症における心電図変化のメカニズムを解説した医療機関の記事
高マグネシウム血症の原因として臨床上最も重要なのが、便秘治療や制酸剤として広く使用される酸化マグネシウム製剤です。日本では2008年に酸化マグネシウム製剤との因果関係が否定できない高マグネシウム血症例が報告され、添付文書に「重大な副作用」として記載が追加されました。その後も重篤な転帰をたどる症例が続いたため、2015年には高齢者が「慎重投与」対象に追加され、PMDAから繰り返し注意喚起が行われています。
参考)酸化マグネシウム製剤による高マグネシウム血症発症への注意喚起…
酸化マグネシウム製剤による高マグネシウム血症の発症には、①長期服用、②腎障害、③高齢、④便秘症、という4つの高リスク要因が特定されています。特に腎不全患者がマグネシウム含有薬剤を服用した場合、腎機能正常者では考えられないような血中濃度の上昇が起こります。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000235889.pdf
健常な20ヶ月の女児が通常用量の酸化マグネシウムを服用後に血清マグネシウム値11.0mg/dLに達し、意識レベル低下と筋緊張低下を呈した症例も報告されており、腎機能正常者でも発症しうることが示されています。また、高齢者では食事摂取量の減少によりマグネシウムなどの必須電解質が不足しがちですが、便秘治療のために酸化マグネシウム製剤を長期服用することでかえって高マグネシウム血症を発症するリスクが高まります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjnp/2/1/2_3/_pdf/-char/ja
初期症状として、悪心・嘔吐、口渇、血圧低下、徐脈、皮膚潮紅、筋力低下、傾眠、頭痛、起立性低血圧、全身倦怠感、無気力などが挙げられますが、いずれも非特異的であるため早期診断が困難です。これらの症状が認められた場合には、直ちに服用を中止し医療機関を受診する必要があります。
参考)便秘ガイドライン〈医師・医療従事者〉〈酸化マグネシウム製剤服…
厚生労働省PMDAによる酸化マグネシウム製剤の適正使用に関する公式お願い文書(PDF)
高マグネシウム血症の治療は重症度によって異なります。軽度の場合は、生理食塩液とループ利尿薬の点滴静注により尿中へのマグネシウム排泄を促進させて血清値を補正します。
重度で呼吸抑制や心障害が認められる場合には緊急処置が必要となり、10%グルコン酸カルシウム10~20mLの静脈注射が行われます。グルコン酸カルシウムはマグネシウム拮抗薬として作用し、呼吸抑制などマグネシウム誘発性の変化を一時的に回復させる効果があります。これにより呼吸抑制や不整脈の予防に有効ですが、効果は一時的なものです。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/contentpage.aspx?diseaseid=1886
腎不全でマグネシウムを排泄できない場合には、マグネシウムを含まない透析液を用いた緊急血液透析が実施されます。日本の研究では、高マグネシウム血症に対する血液透析により血清マグネシウム値が平均26.7%低下し、意識障害、血圧低下、徐脈などの症状が全例で速やかに改善したことが報告されています。透析は血液流量80~120mL/分で2~4時間実施されますが、透析後に血清マグネシウム値が再上昇する可能性があるため継続的な観察が必要です。
参考)高マグネシウム血症に対する緊急血液透析の治療効果
透析患者においては、現在使用されている透析液中のマグネシウム濃度が1~1.5mEq/L(主に1mEq/L)と低く設定されており、透析中にカリウムやリンとともにマグネシウムも除去されています。そのため透析患者の約20%で血清マグネシウム値が正常基準値未満となることも知られています。
参考)慢性腎臓病の方のマグネシウム(Mg)濃度は高い方がいい|援腎…
興味深いことに、最近の研究では透析患者において血清マグネシウム濃度が2.8~3mEq/Lの範囲で最も心血管死亡リスクが低かったという結果が報告されており、従来考えられていたよりも高めのマグネシウム濃度が適切である可能性が示唆されています。さらに、マグネシウム濃度が3.1mEq/L以上では血清リン値が高くても死亡リスクが上昇しなかったというデータもあり、透析患者における至適マグネシウム濃度の再評価が進められています。
高マグネシウム血症に対する緊急血液透析の治療効果を検証した日本の臨床研究
高マグネシウム血症の予防には、高リスク患者における定期的な血清マグネシウム値の測定が不可欠です。特に腎機能が低下している患者、高齢者、便秘症で長期的に酸化マグネシウム製剤を服用している患者では、定期的なモニタリングが推奨されています。
腎機能別の投与基準として、eGFRが45以上であれば通常の投与量で酸化マグネシウム製剤の使用が可能ですが、eGFR45未満では腎機能低下に伴い投与量に応じて血清マグネシウム値が上昇しやすくなります。eGFR15未満のCKD病期ステージ5では、酸化マグネシウム製剤1000mg/日以上の投与で血清マグネシウム値6mg/dL以上の異常高値が認められており、極めて慎重な使用が求められます。
漫然とした処方を避け、使用は必要最小限にとどめることが重要です。便秘への対症療法は必要ですが、酸化マグネシウムを含めた緩下剤の長期服用は控え、浣腸などの多用も他の病気の原因となる可能性があるため注意が必要です。
参考)高マグネシウム血症 - 徳島県医師会Webサイト
マグネシウムは腎臓で調整される電解質であり、ナトリウム、カリウム、カルシウム、クロール、リン、重炭酸などの他の電解質とともに体内のバランスが保たれています。腎臓はこれらの電解質濃度を正常に保ち、体内で生じた酸性物質を重炭酸で中和して排泄する働きをしているため、腎機能が低下すると電解質異常全体のリスクが高まります。
参考)腎不全|病気について|循環器病について知る|患者の皆様へ|国…
ケアのポイントとしては、心停止や呼吸障害などの重篤例も考えられるため、心電図、呼吸状態、バイタルサインの経過観察が重要となります。腎機能に問題がなければマグネシウム投与の中止によって改善されますが、腎不全患者では透析治療が必要となる場合があります。
| 血清Mg値 | 主な症状 | 心電図変化 |
|---|---|---|
| 2.7mg/dL以上 | 軽度では無症状 | 変化なし~軽微 |
| 5mg/dL超 | 嘔吐、筋脱力、傾眠、徐脈、低血圧 | PR延長、QRS拡大、QT延長 |
| 10mg/dL超 | 呼吸抑制、意識レベル低下、イレウス | 重度伝導障害 |
| 12mg/dL以上 | 意識混濁・消失、呼吸筋麻痺 | 心原性ショック準備状態 |
| 20mg/dL付近 | 心停止 |
患者および家族への教育も重要であり、初期症状(嘔吐、徐脈、筋力低下、傾眠など)が認められた場合には服用を中止し、すぐに医療機関を受診するよう指導することが推奨されています。
参考)https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11120000-Iyakushokuhinkyoku/0000185078.pdf
高マグネシウム血症は稀な病態と考えられがちですが、高齢化社会と慢性腎臓病患者の増加により、今後さらに注意が必要な電解質異常となっています。腎機能低下患者へのマグネシウム含有製剤の処方には十分な注意と定期的なモニタリングが不可欠です。

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