ソルベー法は1861年にベルギーの化学者エルネスト・ソルベーが開発した炭酸ナトリウムの工業的製法で、アンモニアソーダ法とも呼ばれています。この製法は5つの化学反応式から構成されており、それぞれが密接に連携して効率的な生産を実現しています。全体の反応式を見ると、原料は塩化ナトリウム(食塩)と炭酸カルシウム(石灰石)だけで、生成物は炭酸ナトリウムと塩化カルシウムになります。
参考)アンモニアソーダ法(覚え方・順番・仕組み・覚え方・反応式など…
5つの個別反応式は以下の通りです。まず第1段階として炭酸カルシウムを約1000℃で加熱分解し、酸化カルシウムと二酸化炭素を発生させます。この反応式は次のように表されます。
参考)ソルベー法(アンモニアソーダ法)の反応式をわかりやすく説明
CaCO₃ → CaO + CO₂
第2段階では生成した酸化カルシウムに水を加えて水酸化カルシウムを生成します。反応式は以下です。
CaO + H₂O → Ca(OH)₂
第3段階が最も重要な工程で、飽和食塩水にアンモニアを溶かし、そこへ二酸化炭素を吹き込むと炭酸水素ナトリウムが沈殿します。この反応で塩化アンモニウムも同時に生成されます。
参考)アンモニアソーダ法(ソルベー法)覚え方
NaCl + NH₃ + CO₂ + H₂O → NaHCO₃ + NH₄Cl
炭酸水素ナトリウムは溶解度が小さいため、反応液中で沈殿として析出します。この性質がソルベー法の鍵となっています。沈殿した炭酸水素ナトリウムを第4段階で加熱分解すると、目的物である炭酸ナトリウムが得られます。この反応では二酸化炭素と水も発生し、二酸化炭素は再び第3段階で利用されます。
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参考)非金属元素と化合物の性質
2NaHCO₃ → Na₂CO₃ + CO₂ + H₂O
この熱分解反応は固体、液体、気体のすべての状態の物質が発生する反応として有名で、小中学生の理科でも学習する内容です。発生した二酸化炭素を回収して再利用することで、原料の使用量を削減できます。
参考)http://science.cc.kochi-u.ac.jp/scientific_reports/vol03/serfst202004.pdf
第5段階では第3段階で副生した塩化アンモニウムと第2段階で生成した水酸化カルシウムを反応させます。これは弱塩基遊離反応と呼ばれ、アンモニアを回収する重要な工程です。
参考)アンモニアソーダ法(ソルベー法)を解説!目的・覚え方・仕組み…
2NH₄Cl + Ca(OH)₂ → CaCl₂ + 2NH₃ + 2H₂O
回収されたアンモニアは再び第3段階で使用されるため、理論上100%の再利用が可能です。
参考)アンモニアソーダ法の利点についてわかりやすく解説|受験化学の…
5つの反応式を統合すると、ソルベー法の全体反応式が得られます。第3段階の反応式を2倍したものと第4段階を足し合わせると、中間体が消去されて次の式になります。
2NaCl + 2NH₃ + CO₂ + H₂O → Na₂CO₃ + 2NH₄Cl
さらに第1、第2、第5段階の反応式を合わせると次の式が得られます。
CaCO₃ + 2NH₄Cl → CaCl₂ + 2NH₃ + CO₂ + H₂O
この2つの式を足し合わせると、最終的な全体反応式が導かれます。
2NaCl + CaCO₃ → Na₂CO₃ + CaCl₂
この式から分かるように、実際に消費される原料は塩化ナトリウムと炭酸カルシウムのみで、アンモニアと二酸化炭素は循環して使われるため消費されません。塩化ナトリウムと炭酸カルシウムは安価に入手できる物質であるため、ソルベー法は経済的に優れた製法となっています。
化学に関する詳しい解説サイト「化学のグルメ」では、アンモニアソーダ法の反応機構と覚え方が分かりやすく説明されています
炭酸ナトリウムはガラスや石鹸の原料として広く利用されています。鉱物である石灰石と食塩から工業的に重要な化学物質を製造できるソルベー法は、資源の有効活用という観点からも優れています。ガラス製造では炭酸ナトリウムが融剤として働き、ケイ砂の融点を下げる役割を果たします。
参考)https://newglass.jp/mag/TITL/maghtml/117-pdf/+117-p033.pdf
ソルベー法以前に主流だったルブラン法では、食塩と濃硫酸を反応させて硫酸ナトリウムを作り、それを石炭で還元して硫化ナトリウムとした後、炭酸カルシウムと反応させて炭酸ナトリウムを得ていました。しかしこの方法は多くの廃棄物を生じ、製品の純度も低いという問題がありました。
ソルベー法は1872年にイギリスで工場が建設されて以降、急速に世界中に広まりました。ソルベーが設立した「ソルベー・シンジケート」は製造技術を独占的に管理し、1907年には世界のソーダ生産量の90%を支配下に置くまでになりました。1920年代にはルブラン法の最後の工場が閉鎖され、ソルベー法が完全に主流となりました。
参考)ソルベイ法 - Wikipedia
ウィキペディアのソルベイ法の項目では、製法の歴史的背景と工業的な詳細が網羅的に解説されています
ソルベー法の最大の革新は、高価なアンモニアを完全に循環させる仕組みにあります。ハーバー・ボッシュ法が開発される以前、アンモニアは非常に高額な物質でしたが、ソルベー法では一度投入したアンモニアを繰り返し使用できるため、製造コストを大幅に削減できました。
反応プロセスを詳しく見ると、第3段階でアンモニアは塩化アンモニウムという形で一時的に「固定」されます。この塩化アンモニウムは水に溶けやすい性質を持ちますが、炭酸水素ナトリウムは溶解度が小さいため選択的に沈殿します。この溶解度の差を利用して、目的物と副生物を効率的に分離できる点もソルベー法の巧妙さです。
参考)アンモニアソーダ法(ソルベー法)まとめ!〜仕組みから歴史まで…
第5段階の弱塩基遊離反応では、強塩基である水酸化カルシウムが弱塩基であるアンモニアを塩から追い出します。この原理により、塩化アンモニウムから再びアンモニアガスが発生し、それを捕集して第3段階に戻すことができます。水酸化カルシウムは第1、第2段階で石灰石から作られるため、追加コストがかからない点も重要です。
参考)ソルベー法(アンモニアソーダ法)の反応式の語呂の覚え方と解法…
二酸化炭素も同様に循環利用されます。第4段階の炭酸水素ナトリウムの熱分解で発生した二酸化炭素は、第3段階の炭酸化反応に再投入されます。ただし二酸化炭素は完全には回収できないため、第1段階で石灰石を熱分解して不足分を補充する必要があります。
| 物質 | 役割 | 循環利用 |
|---|---|---|
| アンモニア | 炭酸化反応の触媒的役割 | 100%再利用可能 |
| 二酸化炭素 | 炭酸水素ナトリウムの原料 | 一部再利用 |
| 塩化ナトリウム | ナトリウム源 | 消費される |
| 炭酸カルシウム | 二酸化炭素と水酸化カルシウムの供給源 | 消費される |
現代では天然のトロナ鉱床から炭酸ナトリウムを直接採掘する方法も利用されていますが、ソルベー法は今なお重要な製造法として世界中で実施されています。環境負荷が低く、副生物の塩化カルシウムも融雪剤などとして利用できるため、持続可能な化学プロセスの模範例といえます。
鉱石や鉱物に興味を持つ方にとって、ソルベー法は天然資源を化学反応により有用な物質に変換する好例です。石灰石という身近な鉱物が、複雑な反応経路を経てガラスや洗剤の原料となる過程は、化学工業の醍醐味を体現しています。