臭化水素の化学式はHBrで、水素原子(H)と臭素原子(Br)が1:1の割合で共有結合した直線形の二原子分子です。分子量は80.92であり、ハロゲン化水素の一種として塩化水素(HCl)やヨウ化水素(HI)と類似した構造を持っています。水素と臭素の間の共有結合は極性を持ち、臭素側がわずかに負の電荷を帯びた状態になっています。この極性が臭化水素の化学的性質や反応性に大きく影響しており、水への高い溶解性や強酸としての性質の基盤となっています。
参考)臭化水素 - Wikipedia
臭化水素分子は室温では気体として存在し、分子間には分子間力(ファンデルワールス力)が働いています。融点は−87℃、沸点は−67℃と比較的低く、液化させることも可能です。低温環境下では水和物の結晶を形成し、HBr・nH₂O(n=1, 2, 3, 4)といった形で固体状態を取ることも知られています。
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臭化水素は無色で刺激臭を持つ気体であり、密度は3.307g/L、空気に対する比重は2.8と空気よりも重い性質を持ちます。液体状態では淡黄色を呈することがあり、発煙性を示します。水に対する溶解度は極めて高く、20℃において100mLの水に193gも溶解します。水溶液は臭化水素酸と呼ばれ、47.63%の濃度で沸点124.3℃の共沸混合物を形成する特徴があります。
参考)HBr 臭化水素
化学的には強い腐食性と不燃性を持ち、塩化水素に似た性質を示しますが、はるかに酸化されやすい特徴があります。加熱により分解し、酸素と反応すると水と臭素を生成します。オゾンとは爆発的に反応し、フッ素とは激しく反応してフッ化臭素(BrF)を生成します。また、多くの金属と反応して臭化物を生成する性質も持ち、この過程で引火性・爆発性の水素ガスを発生させます。エタノール、エーテル、アセトンなどの有機溶媒にも可溶です。
参考)臭化水素酸
実験室規模では複数の合成法が知られています。最も簡便な方法は、硫酸(H₂SO₄)と臭化ナトリウム(NaBr)を反応させる方法で、次の式で表されます:NaBr + H₂SO₄ → NaHSO₄ + HBr(g)。他にも、テトラリン(1,2,3,4-テトラヒドロナフタレン)の臭素化反応や、臭素(Br₂)と亜リン酸(H₃PO₃)と水の反応でも臭化水素が得られます。小スケール(10ミリモルから1モル)では、トリフェニルホスホニウムブロミド(Ph₃PH⁺Br⁻)をキシレン中で加熱還流して熱分解する方法も利用されます。
工業的には、白金をシリカゲルや石綿に付着させた触媒を用いて、水素と臭素を375℃で直接反応させる製造法が主流です。この方法により大量生産が可能となっています。初期の製造法では200〜400℃の高温で反応が行われていましたが、現在は触媒技術の進歩により効率的な生産が実現されています。臭化水素酸の製造においては、臭素を含む原料から臭化水素を発生させ、これを水に溶解させる工程が採用されており、連続プロセスによる高純度製品の生産も可能です。
参考)https://patents.google.com/patent/JP2018507163A/ja
臭化水素は化学工業において多様な用途を持つ重要な化合物です。有機化学分野では、アルキル化反応、エステル化反応、酸化還元反応において重要な役割を果たし、特にアルキル臭化物の製造には欠かせない原料となっています。アルケンへの付加反応によるブロモアルカンの合成や、アルコールからのブロモアルカンの生成など、臭素化反応の中心的試薬として機能します。
参考)https://mab.co.th/jp/product-detail.php?id=3498amp;cat=102
半導体産業では、高純度臭化水素がエッチングガスやクリーニングガスとして利用されています。半導体製造プロセスにおける微細加工や表面処理において、その高い反応性と制御性が活かされています。臭化水素の水溶液である臭化水素酸は、ポリエステル繊維の原料であるテレフタル酸の製造における触媒として使用されるほか、各種臭化物や臭化アルキルの原料としても重要です。
参考)臭化水素 メーカー23社 注目ランキング【2025年】
また、適当な酸化剤と組み合わせることで臭素(Br₂)をin situで発生させ、この臭素を臭素化剤として利用する方法も開発されています。この手法では、アルケンや芳香環などを臭素化でき、臭素を低濃度に抑えた状態で実施できるため、活性化された基質の臭素化に特に有用です。酸化剤の量比で発生する臭素の濃度を制御できるため、単体臭素を直接作用させる場合に比べて副反応が少なく、好結果が得られる特徴があります。
参考)臭化水素を用いた臭素化反応(臭化水素と酸化剤を組み合わせた臭…
臭化水素は毒性と腐食性を持つ危険な化学物質であり、適切な安全対策が必要です。吸入毒性については、ラットでのLC50が2,860ppm(1時間暴露、4時間換算値1,430ppm)と報告されており、吸入すると有毒です。蒸気や水溶液は皮膚、眼、粘膜に対して強い刺激性と腐食性を有し、接触すると火傷を引き起こす可能性があります。臓器への影響も懸念され、特に呼吸器系への障害が報告されています。
参考)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen/gmsds/10035-10-6.html
取り扱いの際には、粉じん・煙・ガス・ミスト・蒸気・スプレーを吸入しないこと、屋外または換気の良い場所でのみ使用することが重要です。保護手袋、保護衣、保護眼鏡、保護面の着用が必須であり、必要に応じて自給式呼吸器付気密化学保護衣の使用も求められます。許容濃度を超えても臭気として十分に感じないため、検知器による監視も重要です。
参考)https://www.junsei.co.jp/product_search/sds/36145jis.pdf
保管においては、施錠して保管し、日光から遮断した換気の良い場所で容器を密閉して保管する必要があります。強酸化剤、アルカリ金属、アミン、塩素、フッ素などの混触危険物質から離して保管し、乾燥した冷所での保管が推奨されます。水溶液は強酸であり塩基と激しく反応するため、多くの金属を侵して引火性・爆発性ガス(水素)を生じる危険性があります。漏洩時には関係者以外を近づけず、専門家の指示に従って適切な保護具を着用して対応することが求められます。
参考)http://www.showa-chem.com/MSDS/08119250.pdf
厚生労働省 職場のあんぜんサイト - 臭化水素の詳細な安全データシートと取り扱い基準