自然蒼鉛はビスマス(Bi)の元素鉱物で、化学組成はBi、結晶系は三方晶系です。硬度は2~2.5と非常に軟らかく、比重は9.75と重い金属鉱物です。色は銀白色を呈しますが、独特のピンク色を帯びた銀白色として観察されることが特徴的です。劈開は一方向に完全で、三方向にも良好に発達しています。
参考)自然蒼鉛(しぜんそうえん)とは? 意味や使い方 - コトバン…
コトバンク - 自然蒼鉛の詳細な鉱物学的データ
自然蒼鉛の表面は酸化されて酸化皮膜に覆われており、この酸化皮膜の厚さによって多彩な色を生じます。人工的に結晶化させたビスマスが虹色の輝きを示すのも、この酸化膜による光の干渉効果によるものです。
参考)301 Moved Permanently
自然蒼鉛は自形を示さず、塊状で産出します。これは生成時の温度がビスマスの融点(271℃)よりも高い300℃以上であったため、溶融体として形成されたことに起因します。そのため、丸みを帯びた液滴状の形態や、他の鉱物の隙間を埋めた状態で産出することが一般的です。
参考)自然蒼鉛 - Wikipedia
自然蒼鉛は気成鉱床、中~高温熱水鉱床、接触交代鉱床(スカルン型鉱床)などの高温型鉱床に産出します。生成温度はおおむね300℃以上で、ビスマスの融点である271℃(高圧下ではさらに低融点)よりも高い環境で形成されます。
参考)https://www2.city.kurashiki.okayama.jp/musnat/geology/mineral-rock-sirabekata/mineral44/epx-mineral/henkouhanshakenbikyou-koumoku/oreminerals/bismuth.htm
自然蒼鉛は輝蒼鉛鉱、生野鉱、ホセ鉱などのビスマスのカルコゲン化合物と共生することが多く見られます。これらは先にできた自然蒼鉛の溶融体に、熱水中のカルコゲン元素(S、Se、Te)が反応してできた反応縁です。還元的な環境下では硫黄や酸素の濃度(fS2とfO2)が低いため、輝蒼鉛鉱よりも自然蒼鉛の方が安定して形成されやすくなります。
参考)https://yamagata.repo.nii.ac.jp/record/5071/files/gakui_k_1175.pdf
また、脈石鉱物として石英や灰鉄輝石のようなスカルン鉱物が常に存在します。特にチタン鉄鉱系花崗岩に伴う鉱床では自然蒼鉛や輝蒼鉛鉱として濃集しやすい傾向があります。
参考)https://www.science-academy.jp/showcase/17/pdf/P-060_showcase2018.pdf
日本国内では自然蒼鉛の産出が複数の鉱山で確認されており、特に兵庫県の明延鉱山と生野鉱山は銘柄産地として著名です。生野鉱山からは大きな塊が産出したことが知られています。
参考)自然蒼鉛
栃木県では足尾鉱山(閉山)、唐沢鉱山、大鷲鉱山などで自然蒼鉛が採集できます。特に唐沢鉱山は花崗岩の貫入に伴った典型的な気成鉱床で、石英脈の中に蒼鉛が産出し、1cm以上の自然蒼鉛が確実に採集できる産地として知られています。
参考)http://mineralhunter.jp/02_3karasawa.html
ミネラルハンター - 栃木県唐沢鉱山の自然蒼鉛採集レポート
その他、岐阜県の神岡鉱山、関市洞戸町の一柳鉱山、島根県益田市の笹ヶ瀬鉱山、岡山県の井原鉱山、山口県の大和鉱山など、日本各地のスカルン鉱床や熱水鉱床で産出が報告されています。宮城県大谷鉱山では自然金とテルル蒼鉛鉱が共生する標本が採集されています。
参考)https://wk.uap.edu.pl/index.php/?shopdetail%2F2713375
自然蒼鉛は輝蒼鉛鉱(Bi2S3)と密接な関係を持ち、しばしば共生します。輝蒼鉛鉱は独特の輝きを持つビスマスの硫化鉱物で、自然蒼鉛から変成したものと考えられる場合もあります。
参考)鉱物標本 和田維四郎href="http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKoubutu/FWada/Koubuturecordlist.php?-skip=173amp;-max=40" target="_blank">http://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKoubutu/FWada/Koubuturecordlist.php?-skip=173amp;-max=40amp;nbsp;鉱物標本
粒子の周囲は白~灰色系の生野鉱、ホセ鉱、ヘドレイ鉱、輝蒼鉛鉱などのビスマスのカルコゲン化合物に取り巻かれていることが多く、これは自然蒼鉛の溶融体と熱水中のカルコゲン元素が反応してできた反応縁です。テルル蒼鉛鉱(Bi2Te2S)は自然ビスマスとは共存せず、自然テルルやヘドレイ鉱と共存する傾向があります。
自然蒼鉛と共生する主な鉱物には以下があります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/ganko1941/39/6/39_6_248/_pdf/-char/en
参考)https://www.nat.museum.ibk.ed.jp/assets/data/materials/collection/catalog/Geolog02.pdf
自然蒼鉛の採集では、ズリや露頭での観察が基本となります。石英脈や灰鉄輝石を伴うスカルン鉱物が見られる場所が有望です。唐沢鉱山のような気成鉱床では、ズリの周辺に古い坑道が残っており、石英脈中に蒼鉛が産出します。
肉眼での同定では、独特のピンク色を帯びた銀白色の金属光沢と、完全な劈開が重要な識別ポイントです。軟らかくもろい性質を持ち、ナイフで容易に削ることができます。表面の酸化膜による多彩な色合いも特徴的です。
より確実な同定のためには、顕微鏡観察やX線回折分析が用いられます。自然蒼鉛は輝蒼鉛鉱やテルル蒼鉛鉱と産状が異なるため、共生鉱物の観察も同定の手がかりとなります。
保管に際しては特別な配慮は必要ありませんが、酸化膜の美しい色合いを保つため、直射日光や高温多湿を避けた環境が望ましいです。観賞用に人工結晶化されたビスマスも、同様の配慮で長期保存が可能です。
自然蒼鉛は文学的な側面でも特別な意味を持つ鉱物です。鉱物に造詣が深かった宮沢賢治は、代表作「永訣(えいけつ)の朝」の中で「蒼鉛いろの暗い雲から みぞれはびちょびちょ沈んでくる」という一節を書いています。
参考)【藤浦淳の宝の石図鑑】ビスマス/賢治が見たみぞれ雲 - 産経…
これは肺を病む妹トシとの永遠の別れに際して詠まれた詩で、蒼鉛すなわちビスマスの色を引用しています。黒っぽい自然蒼鉛には白や黄色の鉱物がまじることが多く、賢治はこの鉱物をじっと見つめて悲しさや怒りを表現したと考えられています。
参考)じつは「科学者」でもあった「宮沢賢治」が『永訣の朝』に登場さ…
現代ビジネス - 宮沢賢治と自然蒼鉛の関係を解説
宮沢賢治は科学者としての側面も持ち、多くの作品に鉱物を登場させました。自然蒼鉛の独特な色合いと産状は、彼の詩的表現に深い影響を与えたと言えるでしょう。銀白色にピンクを帯びた金属光沢は、みぞれ雲の色彩を表現するのにふさわしい鉱物として選ばれたのです。
自然蒼鉛の主成分であるビスマスは、融点が271.3℃と低いことから、錫や鉛などとの低融点合金として様々な用途に利用されています。はんだ、ヒューズ、火災報知器などの安全装置に使用され、鉛に代わる無害な代替材料として評価されています。
参考)ビスマス:元素の性質と用途
医薬品分野では、次サリチル酸ビスマスが胃腸障害の治療薬(整腸剤)として利用されています。ビスマスは他の重金属と比較して毒性が低く、安全性が高い特性を持つためです。
参考)元素別鉱石(ビスマス鉱):山口大学工学部 学術資料展示館
純金属としては、放射線遮断器、減摩剤、冶金添加剤(可鍛鋳鉄、快削合金、金型)に用いられます。化合物としては防腐剤や顔料にも使用され、化粧品では真珠光沢顔料やアイシャドーに配合されています。
参考)ビスマス:この金属のユニークな低融点を発見 - Hopefu…
観賞用としても鉱物コレクターに人気があり、ビスマスを熱で溶かして結晶化させると独特の階段状の形状と虹色の輝きを示します。この美しい結晶は表面の酸化膜による干渉色で、自然界の自然蒼鉛とは異なる魅力を持っています。
参考)鉱物コレクターも受難? 虹色の輝き、観賞用人気 - 日本経済…
近年では無鉛弾薬の材料としても注目されており、環境への配慮から鉛の代替としてビスマス合金が研究されています。スプリンクラーシステムや温度ヒューズなどの安全装置では、正確な温度制御を保証する材料として重要な役割を果たしています。
鉱物資源としてのビスマスは、単独鉱床を形成することはなく、常に他の金属鉱床に随伴して産出します。そのため、ビスマスだけを採掘対象とする鉱床は存在せず、銅・鉛・亜鉛などの鉱床から副産物として回収されるのが一般的です。
参考)http://jser.gr.jp/kaiin/JSER_BOOK/1994/15-282.pdf
自然蒼鉛は鉱物学的な興味だけでなく、産業的価値、文学的価値、そして観賞的価値を併せ持つ、多面的な魅力を持った鉱物です。日本各地の鉱山で産出した標本は、現在でも博物館や個人コレクションで大切に保管されており、鉱物愛好家たちの探究心を刺激し続けています。