真空管の動作は、カソード(陰極)から電子が放出される「熱電子放出」という現象に基づいています。カソードにはヒーターが組み込まれており、電流を流すことで金属を加熱すると、金属内部の自由電子の熱運動が激しくなります。温度が十分に上昇すると、自由電子の一部が金属表面を脱出して真空中に飛び出すようになり、これが熱電子放出です。
参考)【解説】真空管アンプの仕組みを理解すれば音の違いが分かる! …
真空管には直熱管と傍熱管の2種類があります。直熱管は電子を放出する陰極自身に加熱電流を流す構造で、フィラメントとも呼ばれます。一方、傍熱管は放出部とは別にヒーターを備えた構造となっており、より安定した動作が可能です。
参考)https://hayashimasaki.net/tubebook/index2.html
放出された電子は、プレート(陽極)に正の電圧がかけられていると、その電界に引き寄せられてプレートへ向かって移動します。この電子の流れがプレート電流となり、外部回路に電流を供給する仕組みです。カソードとプレートの間の電圧差が大きいほど、より多くの電子がプレートに到達し、プレート電流が増加します。
参考)https://hayashimasaki.net/tubebook/tubebook11.html
三極管ではカソードとプレートの間にグリッド(制御格子)という網目状の電極が配置されています。このグリッドに負の電圧(バイアス電圧)をかけると、カソードから放出された電子の一部が反発力によってプレートへ到達できなくなります。グリッドの負電圧が大きくなるほど、プレート電流は減少していく関係にあります。
参考)お知らせ
この原理により、グリッド電圧のわずかな変化でプレート電流を大きく変化させることができます。入力された音楽信号はグリッド電圧として働き、最終的にプレート電流の変化に変換されます。少ない電流の変化を大きな変化に変える「増幅作用」が実現されるのです。
参考)真空管の動作原理
グリッド電圧は常に負に保つ必要があります。グリッド電圧が正になるとグリッドに電流が流れ始め、入力インピーダンスが下がってしまうため、電圧増幅段では信号が加わってもグリッドが負になるようバイアス電圧を設定します。この動作点の設定が真空管アンプの性能を左右する重要な要素となります。
参考)3極真空管を使用した増幅回路
真空管の増幅回路では、プレート電流と電圧の関係を示すプレート特性曲線とロードラインの交点により動作点が決まります。ロードラインは電源電圧と負荷抵抗の値から決定され、この直線上で真空管が動作します。無信号時のグリッド電圧におけるプレート特性曲線とロードラインの交点が動作点となり、ここを中心に信号が増幅されます。
参考)http://ayumi.cava.jp/audio/pctube/node6.html
例えば電源電圧250V、負荷抵抗200kΩの回路でプレート電圧150Vを動作点に設定する場合、この条件を満たすグリッド電圧は-1.25V、プレート電流は0.5mAとなります。この動作点を実現するため、カソード抵抗の値を計算で求めます。動作点の設定により、信号を歪みなく増幅できる範囲が決まるため、アンプ設計における最重要事項です。
参考)真空管アンプの役立つ知識
増幅度は真空管の三定数(増幅率μ、相互コンダクタンスgm、プレート内部抵抗rp)と負荷抵抗の値によって決まります。増幅度A = -μRL/(rp + RL)という関係式で表され、負荷抵抗が大きいほど増幅度は高くなりますが、上限は増幅率μとなります。この特性を理解することで、目的に応じた回路設計が可能になります。
参考)http://www.gem.hi-ho.ne.jp/katsu-san/audio/tube_useage.htm
真空管は電極の数によって二極管、三極管、五極管などに分類されます。三極管はカソード、グリッド、プレートの3つの電極で構成され、シンプルな構造ながら直線性に優れた特性を持ちます。代表的な三極管出力管として300B、2A3、845などがあり、温かみのある音質が特徴です。
参考)SUNVALLEY AUDIOコラム/18 / SUNVAL…
五極管は三極管にスクリーングリッドとサプレッサーグリッドという2つの電極を追加した構造です。スクリーングリッドに正電圧をかけることで電子が加速され、より多くの電子がプレートへ到達するため高出力が得られます。サプレッサーグリッドはプレートから放出される二次電子を抑制する役割を果たします。代表的な五極管にはEL34、KT88などがあります。
参考)真空管の仕組みと種類|Mitsuharu A.|note
ビーム管は五極管の一種で、サプレッサーグリッドの代わりにビーム形成電極という屏風状の構造を持ちます。この構造により電子をビーム状に成形し、プレート手前に電子密度の高いエリアを作り出します。このエリアがサプレッサーグリッドと同様の働きをして二次電子を押し戻すため、より効率的にパワーを取り出せます。6L6や6V6が代表的なビーム管です。
参考)なぜプリ管は三極管、パワー管は五極管?
真空管の動作原理と各種真空管の詳細な構造解説
真空管アンプは基本的にプリアンプとパワーアンプの2段構成となっています。プリアンプは音源からの微弱な信号を適正なレベルに増幅し、音量調整や入力切替、トーンコントロールなどの信号処理を行う役割を担います。プリアンプには12AX7やECC83などの小型真空管が使われ、低ノイズで高精度な増幅が求められます。
参考)【保存版】今さら聞けない!プリアンプ、プリメイアンプ、パワー…
パワーアンプはプリアンプから送られてきた信号をさらに増幅し、スピーカーを駆動するための大きな電力を供給します。パワーアンプには300B、KT88、EL34などの大型出力管が使用され、高出力増幅が可能です。出力段では2本の真空管でプッシュプル動作を行うことが一般的で、上側の真空管で信号の正側、下側の真空管で負側を増幅し、出力トランスで合成してスピーカーを駆動します。
参考)プリアンプ・パワーアンプ・プリメインアンプ・真空管アンプの違…
プリ管には三極管、パワー管には五極管が採用されるのが一般的です。三極管は自己バイアスが適しており直線性の良さが特徴で、本数を多く使う必要があるプリアンプでは複合管にできる利点もあります。一方、五極管はパワーを取るのが得意で固定バイアスによりさらに高パワーを狙えるため、パワーアンプに適しています。
代表的な出力管である300BとKT88では音質特性が大きく異なります。300Bは三極管の代表格で、ゆったりとした温かみのある音質が特徴です。低音の量感が豊かで、小型スピーカーでもたっぷりとした低音を聴かせてくれる傾向があります。クラシック音楽やジャズなど、繊細な表現を重視する用途に向いているとされます。
参考)俗に「クラシック向きの真空管は300B」「ロックにはKT88…
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KT88はビーム管の一種で、パンチがありレスポンスの良い音質を持ちます。300Bに比べると低音はガツンと出ない傾向がありますが、寂しい感じはなく、細かな音のレンジ感に優れています。パワフルな音が特徴で、ロックなどダイナミックな音楽に適しているといわれますが、楽曲によってはKT88を好む人も多く存在します。
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実際のアンプ設計では、真空管の種類だけでなく回路設計によっても音質は大きく変化します。同じKT88を使っても三極管接続にすることで300Bに近い特性を得ることができ、聴き比べても大きな差が感じられないこともあります。出力管の選択は音楽ジャンルや好みだけでなく、回路全体の設計思想と合わせて考える必要があります。
参考)KT88アンプ製作
300BとKT88を搭載した高級ヘッドホンアンプの設計事例
真空管アンプのメンテナンスにおいて、バイアス調整は重要な作業です。バイアスとはグリッドにかける負電圧のことで、これによって無信号時のプレート電流(アイドリング電流)を適切な値に設定します。真空管は個体差があるため、交換時や経年変化によってバイアス調整が必要になります。
参考)初心者向け 真空管アンプの登竜門「バイアス調整入門」 - ヴ…
プレート電流の測定方法として、アンプ本体に実装されている1オームの検出抵抗の両端電圧をテスターで測定し、オームの法則から電流を算出する方法があります。例えばEL34の場合、プレート損失25Wとプレート電圧から計算した値に3~4mAを足した値が適正電流値となります。
参考)バイアス調整の方法 - lenheyvan’s music
バイアス調整には十分な注意が必要です。真空管アンプには400~500Vという高電圧がかかっており、電源を切った後も大容量コンデンサには高電圧が蓄積されています。調整作業は知識と経験のある人が行うべきで、安全対策を十分に講じる必要があります。ペア単位で個別にバイアス調整できるタイプのアンプでは、調整精度が高くなり、特性の異なる真空管でも「見かけ上」特性を揃えることができます。
真空管アンプと鉱石ラジオは、どちらも電子の動きを利用した増幅・検波技術という点で共通しています。鉱石ラジオで使われる方鉛鉱などの鉱石は、金属針との接点で半導体的な整流作用を示し、電波から音声信号を取り出します。一方、真空管は熱電子放出という全く異なる原理ながら、電子の流れを制御するという根本的な考え方は同じです。
両者の技術的なつながりを理解すると、電子工学の発展の歴史が見えてきます。鉱石検波器は半導体ダイオードの原型ともいえる存在で、真空管の整流管も同様の整流作用を持ちます。シリコンダイオードが登場する前は、真空管整流管が交流を直流に変換する重要な役割を果たしていました。
現代では半導体技術が主流となりましたが、真空管アンプは独特の音質特性から根強い人気があります。ゆるやかなクリッピング特性により滑らかな音質が得られ、豊かな倍音成分が特徴です。鉱石ラジオから真空管、そして半導体へと続く電子技術の流れを追うことで、それぞれの技術が持つ特性と魅力をより深く理解できるで理解できるでしょう。