酸解離定数(Ka)は、酸の強さ、つまり水素イオンの解離しやすさを定量的に表す指標です。一般的にはpKa値として表記され、pKa = -log Kaの関係式で定義されます。pKa値が小さいほど強い酸であることを示し、数値が1低いと酸の強さは10倍になります。この定数は化合物に固有の値であり、pHに対する溶解性や化学反応の予測に不可欠です。
参考)pHと酸解離定数pKaの関係(バッファーの基礎知識) - M…
酸の解離平衡は HA ⇌ H+ + A- と表され、酸解離定数は Ka=[HA][H+][A−] という式で定義されます。ここで[ ]は各成分の濃度を表しており、平衡状態における各イオン種の濃度比から酸の強さを定量化できます。pH = pKaのとき、解離型と非解離型の濃度が等しくなる点が半当量点として知られています。
参考)https://www.ritsumei.ac.jp/se/rc/staff/amakawa/acd/denisa-hosoku.pdf
無機酸の酸解離定数は非常に広い範囲に分布しており、強酸から弱酸まで様々な値を示します。最も強い酸の一つであるヨウ化水素(HI)はpKa = -11、過塩素酸(HClO4)はpKa = -10、臭化水素(HBr)はpKa = -9という極めて低い値を持ちます。これらの強酸は水溶液中でほぼ完全に解離するため、実験的に正確な値を求めることは困難で、理論計算による推定値が用いられることが多いです。
参考)酸解離定数 - Wikipedia
一般的によく使用される無機酸としては、塩酸(HCl)がpKa = -7、硫酸の第一解離がpKa1 = -2、第二解離がpKa2 = 1.92、硝酸(HNO3)がpKa = -2という値を持ちます。弱酸に分類されるフッ化水素(HF)はpKa = 3.45と比較的大きな値を示し、完全には解離しません。リン酸は三段階の解離を示し、pKa1 = 2.16、pKa2 = 7.21、pKa3 = 12.32という特徴的な値を持っています。
参考)種々のデータ:酸解離定数
化学実験に役立つ無機酸の詳細な解離定数一覧表(Chemist Eyes)
有機酸の酸解離定数は無機酸と比較して全体的に高い値を示し、弱酸の性質を持つものが多いです。最も基本的な有機酸である酢酸(CH3COOH)はpKa = 4.76という値を持ち、実験室で頻繁に使用される標準的な弱酸として知られています。ギ酸(HCOOH)はpKa = 3.75とやや強めの酸性を示します。
参考)酸解離定数 - 資料 - Chemist Eyes
多くのカルボン酸は複数の解離段階を持ち、興味深い挙動を示します。シュウ酸はpKa1 = 1.27、pKa2 = 4.27という二段階の解離を持ち、クエン酸は三段階の解離でpKa1 = 3.13、pKa2 = 4.76、pKa3 = 6.40という値を示します。マロン酸(pKa1 = 2.85、pKa2 = 5.69)やコハク酸(pKa1 = 4.21、pKa2 = 5.64)なども二価のカルボン酸として重要です。芳香族化合物では、安息香酸がpKa = 4.21、フェノールがpKa = 10.0という値を持ちます。
| 有機酸 | 化学式 | pKa1 | pKa2 | pKa3 |
|---|---|---|---|---|
| 酢酸 | CH3COOH | 4.76 | - | - |
| ギ酸 | HCOOH | 3.75 | - | - |
| シュウ酸 | C2H2O4 | 1.27 | 4.27 | - |
| クエン酸 | C6H8O7 | 3.13 | 4.76 | 6.40 |
| 乳酸 | C3H6O3 | 3.86 | - | - |
| 安息香酸 | C7H6O2 | 4.21 | - | - |
酸解離定数の測定には複数の実験手法があり、それぞれ特徴と適用範囲が異なります。最も精度が高い方法として中和滴定法が広く使用されており、半当量点(中和が完結する量の半量を滴下した点)でのpH値からpKaを直接求めることができます。この方法では、弱酸を強塩基で滴定し、滴定曲線から終点までに消費した溶液の量とpH変化を記録します。
参考)https://www.dnp-sci-analysis-ctr.co.jp/documents/i341_143.htm
吸光光度法は、酸型と解離型で異なる吸収スペクトルを示す化合物に対して有効な測定手段です。この方法では、様々なpH条件下で測定した吸光度から、共役酸・塩基の比率を定めることができ、その時のpH値を用いて酸解離定数を算出します。特に酸塩基指示薬のpKa測定に適しており、ブロモフェノールブルー(BPB)やフェノールレッド(PR)などの指示薬で実用化されています。
参考)3回生実験のこと:光吸収 2
キャピラリー電気泳動法は、実際淌度(mact)、有効淌度(meff)と絶対淌度(m0)の関係から導出される計算式を用いて、一元酸HAのpKaを測定できる新しい手法として注目されています。また、近年ではイオンクロマトグラフィー法も有機アミンなどの測定に応用されており、前処理が簡単で複数成分の同時測定が可能という利点があります。
参考)https://www.sciengine.com/doi/pdf/497E665D5039458C8153397112E2515B
DNP科学分析センターによる滴定法を用いた酸解離定数測定の実施例
実験的測定が困難な化合物や新規化合物の酸解離定数は、理論計算によって推算することが可能です。量子化学計算を用いた手法では、酸解離反応 HA ↔ H+ + A- における自由エネルギー変化(ΔG)を計算し、pKa = k ΔG + C0という関係式(k、C0は溶媒や官能基ごとに異なるパラメータ)に基づいて検量線を作成します。
参考)https://www.mst.or.jp/casestudy/tabid/1318/pdid/627/Default.aspx
具体的には、カルボン酸20種のデータからpKa = 0.23ΔG - 59.68、フェノール類20種からpKa = 0.21ΔG - 51.44という経験式が得られており、未知化合物のΔGを計算すれば対応するpKa値を予測できます。この手法は水溶媒中だけでなく、DMSO、アセトニトリル、ヘプタン、THFなどの非水溶媒中のpKa予測にも拡張されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11633825/
ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式(pH = pKa + log [A-]/[HA])は、既知のpKa値から任意のpHにおける解離型と非解離型の比率を計算するための基本式です。この式は緩衝液のpHを見積もったり、酸塩基反応の化学平衡状態を調べるのに広く用いられています。特にタンパク質の等電点計算や、pH緩衝作用の推測において重要な役割を果たします。
参考)ヘンダーソン・ハッセルバルヒの式
量子化学計算による酸解離定数算出サービスの詳細(MST)
酸解離定数の概念は鉱物や岩石の化学風化、溶解反応の理解にも重要な役割を果たしています。炭酸塩岩(カルサイトやドロマイト)の酸溶解実験では、鉱物の溶解速度定数がpHに依存することが知られており、その依存性は一般に酸性・中性・アルカリ性の3つの領域に分けられます。地熱貯留層の酸処理では、40℃から100℃という温度条件下で主要鉱物の酸-岩石反応速度論がモデル化されています。
参考)https://www.mdpi.com/2073-4441/14/19/3160/pdf?version=1665466900
鉱物-水系における酸解離特性は、粘土鉱物の表面化学にも深く関わっています。モンモリロナイトの層端面表面は、pH依存性を示す表面官能基の酸塩基反応性に起因する特性を持ち、その表面酸性度(pKa)は結晶構造の影響を受けます。自然界のモンモリロナイトで優勢なシス空孔構造の固有酸性度定数は、第一原理分子動力学と表面錯体モデリングを組み合わせた手法で計算されており、汚染物質の吸着挙動の予測に応用されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9878716/
酸性鉱山排水(AMD)の処理においても、石灰岩などの中和材料の酸解離特性が重要です。低品位鉱石、フライアッシュ、コンクリート廃棄物などを組み合わせた混合媒体アプローチでは、これらの材料が個別にアルカリ度を生成し、硫酸イオンや重金属の除去に寄与します。また、堆積岩中の方解石やパイライトなどの鉱物の酸解離定数は、核種の収着挙動を評価する際のpH計算に用いられています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11815677/