酸化ガリウム半導体の開発で日本は世界をリードしており、複数の企業が実用化に向けた取り組みを加速させています。最も進んでいるのが株式会社ノベルクリスタルテクノロジーで、2021年6月に世界初となる酸化ガリウム100mmウエハの量産に成功しました。同社はタムラ製作所が40%を出資し、AGCやTDKも資本参加する体制で、β型酸化ガリウムのエピウエハの開発・製造・販売を手がけています。
参考)酸化ガリウム メーカー14社 注目ランキング【2025年】
京都大学発ベンチャーのFLOSFIAは、α型酸化ガリウムの開発に特化しており、基板とデバイスの作成技術を独自に確立しています。同社は4インチサイズまでのα型エピ成膜技術と3インチサイズまでのウエハ製造技術を確立し、2024年時点で量産計画を進めています。産業技術総合研究所(産総研)も重要な役割を担い、世界初となる6インチβ型酸化ガリウム単結晶の作製に成功するなど、基礎研究から実用化への橋渡しを推進しています。
参考)酸化ガリウム(Ga2O3)はパワー半導体の有望株!?実用化に…
東北大学発のスタートアップFOXは、2024年10月に設立され、独自のOCCC法を用いた半導体グレードの大口径化技術開発に注力しています。貴金属を使用しない製造方法により、既存方法の100分の1というコスト削減を実現し、2028年中に6インチウエハの量産技術確立、2033年までのIPOを計画しています。
参考)次世代半導体・酸化ガリウムウエハの低コスト量産化に...
株式会社ノベルクリスタルテクノロジー公式サイト
酸化ガリウムエピウエハの製品情報と技術詳細が掲載されています。
酸化ガリウムの最大の特徴は、そのバンドギャップの大きさにあります。β型で4.5~4.9eV、α型で5.3eVという値は、次世代半導体として注目されるSiC(3.3eV)やGaN(3.4eV)を大きく上回ります。この特性により絶縁破壊電界強度が6~8MV/cmと極めて高く、理論上はSiCやGaNより優れた高耐圧特性を発揮できます。
参考)酸化ガリウム(Ga2O3)半導体
バリガ性能指数(BFOM)では酸化ガリウムが3444という値を示し、これはSiCの約10倍、GaNの約4倍に相当します。この性能指数の高さは、スイッチング損失を低く保ちながら6000V以上の大きな耐圧を持つパワーデバイスの作製が可能であることを意味します。研究者の試算では、SiC比で電力損失を3分の1以下に削減できる可能性があり、より大きな電流を扱う応用に適用するデバイスの作成が期待されています。
参考)酸化ガリウムとは - 株式会社ノベルクリスタルテクノロジー
酸化ガリウムの性能優位性を示す比較表を以下に示します。
| 項目 | シリコン(Si) | 炭化ケイ素(SiC) | 窒化ガリウム(GaN) | 酸化ガリウム(Ga₂O₃) |
|---|---|---|---|---|
| バンドギャップ(eV) | 1.1 | 3.3 | 3.4 | 4.7-4.9 |
| 絶縁破壊電界強度(MV/cm) | 0.3 | 2.5 | 3.3 | 6-8 |
| BFOM(相対値) | 1 | 340 | 870 | 3444 |
この表からも分かるように、酸化ガリウムは次世代パワー半導体材料として圧倒的なポテンシャルを秘めています。
参考)酸化ガリウム(Ga2O3)の加工
酸化ガリウムの大きな利点の一つは、製造コストの低さです。SiCやGaNが気相成長法による高コストなバルク結晶製造を必要とするのに対し、酸化ガリウムは融液成長法でバルク結晶を製造できるため、シリコン単結晶と同様の製法で高速成長が可能です。これにより基板の低コスト化が実現できる点が、実用化への大きな追い風となっています。
参考)パワー半導体・パワーデバイスとは
大口径ウエハの開発も急速に進展しています。NEDOプロジェクトでは、2024年10月にハライド気相成長(HVPE)法によって6インチウエハ上への酸化ガリウム成膜に世界で初めて成功しました。従来のHVPE法による成膜装置は小口径(2インチまたは4インチ)かつ枚葉式のものしか実用化されていませんでしたが、この成果により大口径バッチ式量産装置の実現に向けた道筋が開かれました。
参考)世界初、HVPE法で6インチウエハ上への酸化ガリウム成膜に成…
垂直ブリッジマン法による6インチβ型酸化ガリウム単結晶の作製も産総研によって世界初で達成されており、基板の大口径化と高品質化により、パワーデバイスの製造コスト削減が可能になっています。ノベルクリスタルテクノロジーは既に100mmエピウエハの量産ラインを稼働させており、商用化に向けた体制を整えつつあります。
参考)高品質 β 型酸化ガリウム 100 mm エピウエハの開発に…
NEDO 6インチウエハ成膜成功のプレスリリース
大口径ウエハ製造技術の最新成果について詳細が確認できます。
酸化ガリウムには優れた電気的特性がある一方で、克服すべき課題も存在します。最も大きな課題が低い熱伝導率で、SiCやダイヤモンドに比べて熱伝導率が低いため、大電流を流す際の放熱対策が重要となります。この弱点を補うために、複数の研究機関が革新的なアプローチを開発しています。
参考)酸化ガリウムパワー半導体の実用化を目指した,放熱基板と原子レ…
特に注目されるのが、ダイヤモンド放熱基板との直接接合技術です。ダイヤモンドは固体中最大の熱伝導率を持つ材料で、酸化ガリウムとダイヤモンドを材料間の非晶質層1nm厚以下で直接接合する技術が開発されました。この接合により、酸化ガリウム基板単体よりも通電時の発熱を大幅に抑えることが可能になり、さらにn型酸化ガリウムとp型ダイヤモンドを直接接合することで高い整流比を持つpnジャンクションの形成にも成功しています。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-20K15044/20K15044seika.pdf
炭化ケイ素(SiC)基板も放熱材料として活用されています。SiCは一般的な放熱材料である銅(Cu)やアルミニウム(Al)よりも高い熱伝導率を有し、大型ウエハの商用化も進んでいることから、実用的な放熱対策として期待されています。これらの放熱技術の確立により、酸化ガリウムパワー半導体の実用化が大きく前進すると考えられています。
酸化ガリウムパワー半導体の実用化により、電気自動車(EV)や再生可能エネルギー分野での大きな革新が期待されています。EVのパワーコントロールユニット(PCU)やインバーターに酸化ガリウムを採用することで、従来のシリコンデバイスと比較して電力損失を大幅に削減でき、航続距離の延長や充電時間の短縮が実現可能になります。
参考)酸化ガリウムとは?次世代の電力効率化を担う期待と課題 - 未…
再生可能エネルギー分野では、太陽光発電や風力発電のパワーコンディショナーへの応用が有望視されています。酸化ガリウムの高効率特性により、発電した電力をより少ない損失で系統に供給できるようになり、再エネの普及拡大に貢献します。また高耐圧特性を活かして、送電網における高電圧・大電流の電力制御にも適用できる可能性があります。
参考)日本発の技術酸化ガリウムパワー半導体は自動車産業の救世主とな…
あまり知られていない応用例として、宇宙や原子力発電、地下資源探査などの過酷な環境下でのデバイス利用も研究されています。酸化ガリウムは高温・放射線環境下でも動作する耐性を持つため、従来の半導体では困難だった極限環境での電子デバイス実現が期待されています。実用化のタイムラインとしては、2025年前後に小規模な試験導入、2027~2030年に量産技術の確立、2030年以降に本格的な商用化と普及という流れが想定されています。
酸化ガリウムの現時点での評価は研究開発段階ですが、SiCやGaNと比較して10倍の性能指数を持つという圧倒的な理論性能から、特に「高耐圧領域」での優位性を発揮し、超高電圧を扱う送電網や大規模産業機器で採用が拡大すると予測されます。カーボンニュートラルなどの環境目標達成に向けて、省エネ技術に対する関心が深まる中、酸化ガリウムパワー半導体は大きな省エネ効果をもたらす技術として注目を集め続けています。
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酸化ガリウムの実用化動向解説記事
パワー半導体としての酸化ガリウムの実用化に向けた課題と展望が詳しく解説されています。