硫化リチウム出光が量産体制構築し全固体電池実用化加速

出光興産が硫化リチウムの大型製造装置を建設し、全固体電池の実用化に向けて本格始動しました。石油精製の副産物を活用した独自技術と30年の研究実績により、次世代EV市場での競争力を高めています。この取り組みが電池業界に与える影響とは?

硫化リチウム出光の量産体制と全固体電池開発

この記事で分かること
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出光の硫化リチウム量産計画

千葉事業所に年産1000トン規模の大型製造装置を建設し、2027年6月完工予定

全固体電池の優位性

充電時間を3分の1に短縮し、航続距離1000km以上を実現する次世代技術

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30年の技術蓄積

1994年から硫化リチウム製造技術を確立し、特許出願数で世界トップクラス

硫化リチウム大型製造装置の建設と生産能力

出光興産は2025年2月、千葉事業所内に硫化リチウムの大型製造装置「Li2S大型装置」の建設を決定しました。この装置の年間生産能力は約1000トンで、蓄電池の容量換算で年間3GWhに相当し、約5万から6万台分のバッテリーEV用全固体電池に必要な硫化物系固体電解質を製造できる規模です。総事業費は約213億円で、そのうち約71億円が経済産業省の「蓄電池に係る供給確保計画」として認定され、助成される予定です。

 

参考)https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2502/28/news139.html

装置の完工は2027年6月を予定しており、トヨタ自動車が計画する2027〜2028年の全固体電池搭載EV発売に合わせたタイミングで稼働を開始します。この大型装置で製造された硫化リチウムは、同じく千葉事業所内の大型パイロットプラントで硫化物系固体電解質に加工され、トヨタに納品される計画です。

 

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出光は現在、千葉県内で2つの小型実証プラントを稼働させており、これらのプラントではそれぞれ異なる物性の硫化リチウムを製造しています。トヨタ向けの製造装置では微粒子化(1ミクロン以下)された粒子表面が柔軟な特性を持つ硫化リチウムを生産し、もう1ヶ所で製造される硫化リチウムは他社向けとして異なる物性を持つという使い分けがなされています。

 

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出光興産の硫化リチウム大型製造装置建設の詳細と全固体電池実用化への道のりについて

硫化リチウム製造の原料調達と出光の強み

出光興産が硫化リチウム製造で持つ最大の強みは、原料となる硫黄成分を自社の製油所から安定的に確保できる点です。千葉事業所などにある製油所の脱硫工程で原油から抽出される硫黄成分を活用することで、外部調達に依存せずに原料を確保できます。

 

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年産1000トンの硫化リチウム製造に必要な硫黄成分は、千葉事業所の製油所の脱硫工程で年間に抽出される硫黄成分の数パーセントにも満たない量であり、将来的に全固体電池の需要が激増した場合でも十分に対応可能です。現在、脱硫工程で抽出される硫黄成分は農業肥料や火薬、化粧品などの用途に出荷されていますが、出光は「より付加価値を付けられないか」という発想から硫化リチウムおよび硫化物系固体電解質の開発をスタートさせました。

 

参考)出光興産の全固体電池戦略 ~強みを生かした新規事業創出の戦略…

このように原料から中間原料、製品までの一貫したバリューチェーンを構築できることは、出光の大きな競争優位性となっています。石油精製という既存事業の副産物を活用して次世代電池材料を生産する事業モデルは、コスト面でも環境面でも優れた持続可能な戦略といえます。

 

参考)出光とトヨタ、バッテリーEV用全固体電池の量産実現に向けた協…

出光興産の全固体電池戦略と強みを生かした新規事業創出について

硫化リチウムを用いた固体電解質の技術開発史

出光興産の硫化リチウム研究は30年以上の歴史を持ちます。1994年に硫化リチウムの製造技術を確立し特許を取得したのが始まりで、2001年には硫化リチウムを用いた硫化物系固体電解質の研究を開始しました。2004年には画期的な成果として、電解液と同等のイオン伝導度を達成した硫化物系固体電解質の開発に成功しています。

 

参考)https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2502/28/news139_2.html

2006年には開発した硫化物系固体電解質を用いて硫化物系全固体電池を試作し、「第22回国際電気自動車シンポジウム」で披露しました。さらに2009年には大型全固体電池を示唆するラミネート型の硫化物系全固体電池を試作し、「第1回 国際二次電池展」で発表するなど、早期から実用化を見据えた開発を進めてきました。

特許面でも出光の実績は際立っており、硫化リチウムについての特許出願数は2024年末時点で19件と、2位の2倍近く引き離して1位を獲得しています。硫化物系固体電解質についても同223件で2位の地位を確保しており、技術的優位性を明確に示しています。こうした長年の研究開発の蓄積が、現在の量産体制構築の基盤となっているのです。

 

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硫化リチウムから製造される全固体電池の性能メリット

硫化物系固体電解質を用いた全固体電池は、従来のリチウムイオン電池と比較して多くの性能的優位性を持ちます。最も注目されるのは充電時間の大幅な短縮で、現在のEVが急速充電でも30分以上かかるところを、全固体電池では約10分、場合によっては3分の1以下の時間で充電できるとされています。これは硫化物系固体電解質が高いイオン伝導度を持ち、リチウムイオンが速く移動できるためです。

 

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航続距離についても大きな向上が期待されており、全固体電池を搭載したEVでは1000km以上の走行が可能になるといわれています。また、全固体電池は高電圧・高温に強い特性を持つため、エネルギー密度の向上や長寿命化も実現できます。従来のリチウムイオン電池は高温に弱く充電スピードを上げられませんでしたが、全固体電池は100℃を超える高温でも問題なく動作し、マイナス30℃でも容量や出力が大きく低下しないという幅広い温度耐性を持ちます。

 

参考)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000552.000023740.html

安全性の面でも、電解質が固体であることから液漏れのリスクがなく、発火の危険性が大幅に低減されます。加えて、リチウムイオンだけが固体電解質内を移動するため副反応が起こりにくく、丈夫な特性から長寿命が実現し、バッテリー交換のコストも削減できます。

 

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全固体電池のメリットと従来の電池との違いについて分かりやすい解説

硫化リチウム製造における鉱石愛好家の視点

鉱石に興味を持つ人々にとって、硫化リチウムは単なる工業材料以上の魅力を持つ存在といえます。硫化リチウム(Li₂S)は化学式が示す通り、リチウムと硫黄という2つの元素から構成される無機化合物で、結晶構造は立方晶系に属します。純粋な硫化リチウムは白色から淡黄色の粉末状物質ですが、不純物や製造条件によって色調が変化することがあります。

 

興味深いのは、硫化リチウムの製造プロセスが鉱石の精製とは異なる独特のアプローチをとっている点です。天然に産出する硫化リチウム鉱石は極めて稀であり、実用的な量を採掘することは困難です。そのため、出光興産のように石油精製の脱硫工程から得られる硫黄成分と、リチウム化合物を化学的に反応させて合成する手法が主流となっています。この製造プロセスでは、高温下での反応制御や不純物の除去が重要な技術的課題となります。

また、硫化リチウムは空気中の湿気と反応して硫化水素を発生させる性質があり、取り扱いには専門的な知識と設備が必要です。こうした反応性の高さが、全固体電池における高いイオン伝導性の源泉でもあるのです。出光が開発した硫化リチウムは、粒子サイズを1ミクロン以下に微粒子化し、粒子表面を柔軟にすることで、他の電池材料との密着性を高めています。この微細構造制御技術は、鉱物学的な観点からも非常に興味深い技術といえるでしょう。

 

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硫化リチウム出光とトヨタの協業体制

出光興産とトヨタ自動車は2023年10月に、バッテリーEV用全固体電池の量産実現に向けた協業を発表しました。この協業は硫化物系固体電解質を対象としており、両社の技術領域へのフィードバックと開発支援を通じて、品質・コスト・納期の観点で硫化物固体電解質を作り込むことを目指しています。

 

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協業は2つのフェーズに分かれており、第1フェーズでは「硫化物固体電解質の開発と量産化に向けた量産実証(パイロット)装置の準備」を行い、第2フェーズでは「量産実証装置を用いた量産化」を推進します。トヨタは当該硫化物固体電解質を用いた全固体電池とそれを搭載した電動車の開発を推進し、全固体電池搭載車の2027〜2028年市場導入をより確実なものにする計画です。

両社は全固体電池および硫化物固体電解質の特許件数で世界トップクラスを誇っており、協業の深化によって世界標準を狙う戦略を描いています。トヨタの豊田章男会長は「この硫化物系固体電解質はバッテリーEVが抱える航続距離への不安や充電時間の長さといった課題を解決する、最有力素材である」と述べており、実用化への強い期待を示しています。

出光は当初トヨタへの硫化物系固体電解質の提供で成果を出した後、他社への販売も構想しており、将来的には全固体電池市場における主要なサプライヤーとしての地位確立を目指しています。

出光とトヨタのバッテリーEV用全固体電池の量産実現に向けた協業内容