メトヘモグロビン血症は、ヘモグロビンの2価鉄イオン(Fe2+)が酸化されて3価鉄イオン(Fe3+)に変化し、酸素運搬能力が失われる病態です。正常なヒトでもメトヘモグロビンは存在しますが、還元酵素の働きによって2価鉄に還元され、基準範囲は0.04~2%程度の低い濃度に保たれています。
参考)http://square.umin.ac.jp/transfusion-kuh/disease/miscellaneous/MetHb/index.html
後天性メトヘモグロビン血症の主な原因として、局所麻酔薬(ベンゾカイン、リドカイン)、抗菌薬(サルファ剤、ダプソン)、硝酸塩・亜硝酸塩(保存料や井戸水に含まれる)、工業用化学物質(アニリン、ニトロベンゼン)があります。井戸水を用いた粉ミルクを飲んだ乳児が発症した事例もあり、窒素肥料や生活排水による地下水汚染が原因となることもあります。
参考)メトヘモグロビン血症の原因は何がありますか? |メトヘモグロ…
先天性メトヘモグロビン血症は、NADHシトクロム還元酵素の欠損など酵素異常によるもので稀です。ポメラニアンなど一部の犬種では、CYB5R3遺伝子の変異により還元酵素活性が正常の1/3程度に低下する遺伝性の病気が知られています。
参考)https://vmth.vet.iwate-u.ac.jp/disease/methb.html
メトヘモグロビン血症の診断には、特徴的な臨床症状と検査所見の組み合わせが重要です。経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)が低値であるのに対して、動脈血酸素飽和度(SaO2)が正常範囲であるという乖離現象が認められます。この乖離は診断の鍵となる所見で、パルスオキシメーターでは酸素飽和度が85%前後を示しても、動脈血ガス分析では正常なPaO2を示します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/106/7/106_1468/_pdf
最も特徴的な所見は、動脈血が「チョコレート色」または「暗褐色」を呈することです。この独特の血液の色は、ベッドサイドで即座に認識できる重要なサインとなります。動脈血ガスデータに表示されるメトヘモグロビン濃度が高い値を示すことで確定診断が可能です。
参考)血液がチョコレートみたいになる!?メトヘモグロビン血症とは?…
症状はメトヘモグロビン濃度に依存し、15%程度までは特に症状はありませんが、15~20%以上に増加するとチアノーゼ(皮膚や粘膜の青紫色)を生じます。20~50%では疲労、息切れ、脱力感が出現し、40%以上では頭痛、めまい、呼吸困難、意識障害などの症状が現れます。70%以上で生命予後に関係するため、迅速な診断と治療が必要です。
参考)https://www.pmda.go.jp/drugs/2014/P201400175/430574000_22600AMX01391_G100_1.pdf
日本救急医学会のメトヘモグロビン血症解説ページ
メトヘモグロビン血症の定義、症状、診断基準について詳しく記載されており、救急医療現場での対応の参考になります。
急性薬物中毒によるメトヘモグロビン血症の治療には、メチレンブルーの静脈内投与が第一選択となります。メチレンブルーは3価の鉄を2価の鉄に還元する作用があり、投与により臨床症状は1時間以内に改善することが多いとされています。
参考)https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/0413.html
投与量は、通常、生後3ヵ月を過ぎた乳幼児、小児及び成人には、メチルチオニニウム塩化物水和物として1回1~2mg/kgを5分以上かけて静脈内投与します。投与1時間以内に症状が改善しない場合は、必要に応じて同量を繰り返し投与できます。本邦での臨床試験では、46例中41例で有効性が認められ、メトヘモグロビン濃度が投与前32.4%から投与後2.0%へと統計的に有意な低下を示しました。
参考)https://www.daiichisankyo.co.jp/media/press_release/detail/index_5945.html
| 濃度 | 症状 | 治療の必要性 |
|---|---|---|
| 0~3% | 正常範囲 | 不要 |
| 3~15% | 無症状~軽度チアノーゼ | 経過観察 |
| 15~20% | チアノーゼ出現 | メチレンブルー投与検討 |
| 20~50% | 頭痛、息切れ、脱力感 | メチレンブルー投与必須 |
| 50%以上 | 意識障害、呼吸困難 | 緊急治療が必要 |
ただし、メチレンブルーには重要な禁忌事項があります。グルコース-6-リン酸脱水素酵素欠損症(G6PD欠損症)患者では、メチレンブルー投与により重篤な溶血性貧血を引き起こす可能性があるため使用禁忌です。また、NADPH還元酵素欠損症患者でも増悪及び溶血を起こす可能性があり、塩素酸塩によるメトヘモグロビン血症やシアン化合物中毒の解毒剤として亜硝酸化合物を投与した患者でも禁忌となります。
参考)中毒性メトヘモグロビン血症に対するメチレンブルーの安全性およ…
PMDA メチレンブルー静注の審査報告書
メチレンブルー静注薬の安全性、有効性、用法用量について詳細なデータが記載されています。
メチレンブルーが使用できない場合や効果不十分な場合には、代替治療法が選択されます。アスコルビン酸(ビタミンC)は、メチレンブルーよりも作用は遅いものの安全性が高く、G6PD欠損症患者にも使用可能です。実際に67歳の肺移植患者がプリマキン誘発性メトヘモグロビン血症をアスコルビン酸で成功裏に治療した症例が報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7467467/
治療抵抗性の症例では、血液透析による原因薬物の体外除去が有効です。特に分子量が低く、分布容積が低く、蛋白結合率が低い薬物が原因の場合、血液透析を併用することでメトヘモグロビン濃度の反復性上昇を防ぐことができます。重症例や難治例では、交換輸血、高圧酸素療法、N-アセチルシステイン(NAC)、シメチジンなどの補助療法も考慮されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10405146/
軽症で無症状の症例では、原因物質の除去と経過観察のみで自然軽快することもあります。メトヘモグロビン濃度が15%未満で基礎疾患がない場合は、対症療法のみで様子を見る選択肢もありますが、G6PD欠損症が潜在している可能性があるため、メチレンブルー投与前には慎重な評価が必要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4612705/
鉱石愛好家にとって興味深いのは、一部の金属や鉱物由来の化学物質がメトヘモグロビン血症を引き起こす可能性があることです。6価クロムは、メトヘモグロビン血症、呼吸不全、中枢神経症状、腎障害、肝障害、多臓器不全を引き起こすことが知られています。クロムは多くの鉱石に含まれ、鉱業や金属加工の現場で職業性曝露のリスクがあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jburn/46/1/46_1/_pdf
鉱山排水中のカドミウムがイタイイタイ病の主な原因とされたように、鉱物資源の採掘や処理に伴う環境汚染は健康被害をもたらします。硝酸性窒素や亜硝酸性窒素は、窒素肥料の過剰使用や生活排水によって地下水を汚染し、井戸水を通じてメトヘモグロビン血症を引き起こします。地質学的に窒素化合物が蓄積しやすい地域では、井戸水の水質管理が重要となります。
参考)地球環境と健康を考える HIRYU / SAFE GREEN
職業性メトヘモグロビン血症は、アニリン染料工場やニトロベンゼンを扱う化学工場、爆薬製造工場などで報告されています。これらの化学物質は、鉱石の精錬や金属加工の過程でも使用されることがあり、鉱業関連の職場でも曝露リスクが存在します。職業性曝露では慢性的なメトヘモグロビン血症が生じることがあり、長期間にわたる四肢脱力感や歩行障害が報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1740181/
🔬 鉱物・金属関連の曝露源
適切な治療を受けた場合のメトヘモグロビン血症の予後は一般的に良好です。本邦での調査では、メチレンブルー投与を受けた41例のうち、治癒(回復)が36例、後遺症ありが0例、死亡が5例でした。死亡例については、いずれもメチレンブルーとの関連性はないと判定されており、原疾患の重症度や合併症が予後に影響すると考えられます。
メトヘモグロビン血症の半減時間は、メチレンブルー投与後の中央値で2.7時間であり、速やかな改善が確認されています。しかし、原因薬物の血中濃度が高い状態では、メチレンブルー単回投与後に反復性の再上昇を認めることがあり、このような場合には追加投与や血液透析が必要となります。
参考)https://www.jaam-chubu.jp/images/journal_2021/2021vol17_05.pdf
予防対策として最も重要なのは、原因となる薬剤や化学物質への曝露を避けることです。遺伝性メトヘモグロビン血症患者や家族歴のある方は、局所麻酔薬、サルファ剤、一部の鎮痛薬など、メトヘモグロビン血症を誘発する可能性のある薬剤のリストを把握し、医療従事者に事前に伝える必要があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10746734/
井戸水を使用する地域では、定期的な水質検査で硝酸性窒素・亜硝酸性窒素の濃度をモニタリングすることが重要です。特に生後3ヵ月未満の乳児は、胃酸分泌が少なく胃内のpHが高いため、胃内で硝酸塩から亜硝酸塩が生成されやすく、メトヘモグロビン血症のリスクが高くなります。そのため、乳幼児への井戸水使用は避け、安全な水源を確保する必要があります。
参考)食品中の硝酸塩に関する基礎情報:農林水産省
⚠️ 予防のための注意点
農林水産省 食品中の硝酸塩に関する基礎情報
食品や水に含まれる硝酸塩とメトヘモグロビン血症の関係について、科学的根拠に基づいた詳しい情報が掲載されています。

30日間のジャーナル&トラッカー:メトヘモグロビン血症の逆転生ビーガン植物ベースの解毒&再生ジャーナル&トラッカーヒーリングジャーナル3