メチルトランスフェラーゼとは酵素によるメチル基転移反応と生物機能

メチルトランスフェラーゼは、DNA、RNA、タンパク質などに対してメチル基を転移させる酵素群です。遺伝子発現の調節やエピジェネティクスに深く関与し、生命活動に欠かせない役割を果たしています。この酵素の多様な機能と分類について、詳しく知りたくありませんか?

メチルトランスフェラーゼによるメチル基転移の機能

この記事で分かること
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メチルトランスフェラーゼの基本構造

S-アデノシルメチオニンを用いたメチル基転移の仕組みと酵素構造の特徴

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メチルトランスフェラーゼの分類と種類

DNA、RNA、タンパク質を標的とする各メチルトランスフェラーゼの特性

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生命活動における応用と役割

遺伝子発現制御からバイオテクノロジー応用までの幅広い機能

メチルトランスフェラーゼの基本構造とメチル基供与体SAM

メチルトランスフェラーゼは、メチル基を供与体から受容体へと転移させる転移酵素の総称であり、生命活動において極めて重要な役割を担っています。この酵素群は、S-アデノシルメチオニン(SAM)と呼ばれる分子をメチル基の供与体として利用する特徴を持ち、SAMの硫黄原子に結合した活性メチル基を基質に転移させます。

 

参考)メチルトランスフェラーゼ - Wikipedia

メチルトランスフェラーゼタンパク質(METTLファミリー)は、中心に7本のβ鎖構造で形成されるSAM結合ドメインを持ち、この保存された構造領域がメチル転移反応の触媒機能を担っています。この酵素は、核酸やタンパク質、さらには小分子化合物などの多様な基質に対してメチル基を付加する能力を備えており、mRNA、tRNA、microRNA、rRNA、ミトコンドリアRNAなど様々なタイプのRNAをメチル化する機能が知られています。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10394802/

SAMはあらゆる生物に普遍的に存在する補欠分子族であり、DNAやタンパク質のメチル化に寄与するメチル基供与体として機能します。植物や放線菌、糸状菌における二次代謝産物の生産においてもメチル化反応に関与し、複雑な骨格を持つ機能分子の構造的多様性を生み出すことに貢献しています。

 

参考)KAKEN href="https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PUBLICLY-19H04656/" target="_blank">https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PUBLICLY-19H04656/amp;mdash; 研究課題をさがす

メチルトランスフェラーゼのDNA標的による分類と機能

DNAメチルトランスフェラーゼ(DNA MTase、DNMT)は、DNAへのメチル基転移を触媒する酵素であり、メチル化される位置によって複数のタイプに分類されます。主要な分類としては、m6Aメチルトランスフェラーゼ、m4Cメチルトランスフェラーゼ、m5Cメチルトランスフェラーゼの3つが存在します。

 

参考)Methyltransferase families

m6Aメチルトランスフェラーゼは、N6-メチルアデニンを生成する酵素であり、遺伝子発現の調節や細胞周期の制御に関与しています。大腸菌のEcoDamやCaulobacter crescentusのCcrMなどが代表例として知られています。m4Cメチルトランスフェラーゼは、N4-メチルシトシンを生成し、プロカリオートのタイプII制限修飾システムの一部として機能します。特定のDNA配列を認識してメチル化することで、同じ配列を認識するタイプII制限酵素によるDNA切断から保護する役割を果たします。

m5Cメチルトランスフェラーゼ(C5シトシン特異的DNAメチル基転移酵素)は、DNA中のシトシンの5位を特異的にメチル化する酵素です。哺乳類細胞では、特定のCpG配列をメチル化して遺伝子発現と細胞分化を調節すると考えられています。細菌においては、制限修飾システムの一部として機能し、DNAの操作に有用なツールとなります。この仕組みは、バクテリアが自身のDNAをメチル化によって保護すると同時に、異質なDNAを除去する制限酵素を使う制限修飾系において重要な役割を果たしています。

 

参考)DNAメチルトランスフェラーゼ - Wikipedia

メチルトランスフェラーゼのde novoとmaintenance機能

DNAメチルトランスフェラーゼには、de novo(新規)とmaintenance(維持)の2つの異なる機能タイプが存在します。de novoメチルトランスフェラーゼは、DNA内の特定の構造を認識して新たにシトシンをメチル化する酵素であり、主に初期胚発生の段階で発現してメチル化パターンを設定する役割を担っています。哺乫類では、DNMT3A/3Bがこの機能を担い、DNMT3Lという酵素活性を持たないホモログが機能補助や制御に寄与しています。

 

参考)https://www.cellsignal.jp/pathways/dna-methylation-pathway

一方、maintenanceメチルトランスフェラーゼは、DNAのメチル化パターンを維持するために作用する酵素です。標的部位の片側の鎖のみがメチル化されている場合(ヘミメチル化状態)、複合体は両方の鎖がメチル化されるようDNAの修飾を行います。この維持型メチル基転移酵素は生涯を通じて機能し、de novoメチル基転移酵素によって確立されたメチル化パターンの維持を担当します。

メチル化されたDNAは、MeCP2、MBD1、MBD2/4などのメチル化DNA結合タンパク質(MBP)によって認識されます。これらのリーダータンパク質はメチル化マークを読み取り、DNMT1やヒストンデアセチラーゼ(HDAC1、HDAC2)などのコリプレッサータンパク質をリクルートすることで、転写的に不活性なクロマチン領域を構築し維持します。このメカニズムにより、遺伝子の発現調節や細胞分化の制御が可能となり、エピジェネティックな変化として遺伝情報自体の変化を伴わずに柔軟な遺伝子機能の調節が実現されています。

メチルトランスフェラーゼによるRNA修飾と遺伝子調節

RNAメチルトランスフェラーゼ(MTase)は、RNAメチル化という生命現象において中心的な役割を果たす酵素群です。RNAメチル化は、エピトランスクリプトミクスと呼ばれる新しい研究分野における最も重要な側面とされており、近年その研究が急速に進展しています。

 

参考)https://academic.oup.com/nar/advance-article-pdf/doi/10.1093/nar/gkac224/43370636/gkac224.pdf

METTLタンパク質ファミリーの中でも、METTL3/METTL14複合体は代表的なメンバーであり、RNAのN6-メチルアデノシン(m6A)修飾に関与するメチルトランスフェラーゼ複合体を形成します。このm6A修飾は、腫瘍の増殖、転移、浸潤、免疫療法への耐性、代謝などを調節する機能を持っています。m6Aの量は、メチルトランスフェラーゼ(METTL)、脱メチル化酵素、m6A結合タンパク質によって共同で制御されており、これらの協調作用がRNA分解や転写後の調節を含む様々な細胞プロセスに影響を与えます。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10202045/

METTLタンパク質は、核酸、タンパク質、その他の小分子に対する結合ドメインを持ち、正常な生物や疾患における多様な生物学的挙動において重要な役割を果たしています。その構造的特徴として、メチルトランスフェラーゼ様構造ドメインと、中央の7本鎖β折り畳み構造によって形成される構造的に保存されたSAM結合ドメインを持つことが特徴です。研究が深まるにつれて、METTLタンパク質ファミリーが様々な腫瘍疾患において異常に発現していることが明らかになり、腫瘍疾患との関係の解明が創薬ターゲットとしても注目されています。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11409517/

メチルトランスフェラーゼの基本概念と分類についての詳細解説(Wikipedia)

メチルトランスフェラーゼによるタンパク質修飾と機能多様性

タンパク質におけるメチル化は、アミノ酸に多様性を与え、その結果としてタンパク質の機能にも多様性をもたらす重要な翻訳後修飾です。タンパク質のメチル化は、N末端上またはタンパク質の側鎖上の窒素原子上で起こり、通常は不可逆的な反応として進行します。

ヒトMETTL20は、ミトコンドリアに局在するリジン特異的タンパク質メチルトランスフェラーゼであり、電子伝達フラボタンパク質のβサブユニット(ETFβ)をメチル化することが報告されています。このメチル化は、ETFβがアシルCoAデヒドロゲナーゼから電子伝達を媒介する能力を阻害する機能を持ち、METTL20による修飾がETFβの機能を調節していることが示されています。これは、動物における最初のミトコンドリア局在リジン特異的タンパク質メチルトランスフェラーゼの報告例であり、その結果として生じるメチル化が機能的な影響を与えることが実証されています。

 

参考)301 Moved Permanently

ヒストンメチル基転移酵素も重要なタンパク質修飾酵素であり、神経系においてニューロンの発生、成熟、機能、維持に関与しています。その異常な活性化または不活性化は、神経疾患につながる可能性が指摘されています。タンパク質のメチル化反応は、細胞内のシグナル伝達、遺伝子発現制御、クロマチン構造の変化など、多岐にわたる生命現象に深く関わっており、生命活動の精密な制御において不可欠な役割を果たしています。

 

参考)ヒストンメチル基転移酵素 - 脳科学辞典

メチルトランスフェラーゼの産業応用と酵素工学的利用

メチルトランスフェラーゼ酵素は、バイオテクノロジー分野において重要な産業応用の可能性を秘めています。ナメコ(Pholiota nameko、現在はPholiota microsporaやP. velutipesとも)の培養菌糸体中には、各種ポリフェノールなどの水酸基構造を有する化合物を基質とし、水酸基をメチル化する新規メチルトランスフェラーゼ酵素が存在することが発見されました。

 

参考)https://patents.google.com/patent/WO2010100831A1/ja

この新規酵素は、食品や飲料への使用が可能であり、消費者が受け入れやすく、かつ工業生産を考えた場合の大量製造が可能な特性を持っています。メチル化ポリフェノールは、メチル基で修飾されていないポリフェノールに比べて、生体内での吸収性のみならず機能性も優れているという報告が多くなされています。ポリフェノールはその構造に複数のフェノール性水酸基を持つことを特徴とし、抗酸化活性、血圧上昇抑制、血糖値上昇抑制、内臓脂肪蓄積抑制、動脈硬化抑制、抗炎症作用、抗がん性、アレルギー抑制、抗う蝕作用、消臭作用、抗菌活性などの様々な機能性が研究・報告されています。

メチルトランスフェラーゼ活性の測定技術も発展しており、供与体から基質へ共有結合性のメチル基を転移する酵素活性を定量的に評価するキットが開発されています。タンパク質やDNAといった構造に共通性のない化合物を基質としますが、いずれもS-アデノシルメチオニンをメチル供与体として利用する点が共通しています。こうした測定技術の進歩により、メチルトランスフェラーゼの機能解析や創薬研究が加速しています。

 

参考)https://www.cosmobio.co.jp/product/detail/asd_20110708.asp?entry_id=7713

メチルトランスフェラーゼ活性測定の技術的手法(コスモ・バイオ社)

メチルトランスフェラーゼと環境中の金属代謝における意外な関係

メチルトランスフェラーゼは、生体内の核酸やタンパク質の修飾だけでなく、環境中の金属代謝においても重要な役割を果たしています。ヒ素の生体内代謝において、S-アデノシルメチオニンがメチル供与体となり、メチルトランスフェラーゼ(AS3MT)によってメチル基転移を受けてMMAAやDMAAへと順次変換されることが知られています。

 

参考)https://www.airies.or.jp/attach.php/6a6f75726e616c5f6368696b79756b616e6b796f5f32322d31/save/0/0/%E5%9C%B0%E7%90%83%E7%92%B0%E5%A2%83Vol22-No1.pdf

鉱山地域における金属汚染と生物学的メチル化の関係も研究されています。中国の万山水銀鉱山地区では、コメを介したメチル水銀曝露のリスクが重要な問題となっており、脳組織を収集してDNAメチル化およびDNAメチルトランスフェラーゼ1(DNMT1)の研究が行われています。水銀やヒ素などの金属元素は、鉱床の風化作用によって土壌へ、次いで水域へと移行しますが、その過程で微生物によるメチル化反応が起こり、メチル水銀やメチルヒ素といった形態に変換されます。

 

参考)https://www.env.go.jp/content/000206643.pdf

特に注目すべきは、ハロゲンメチルトランスフェラーゼ(HMT)の存在です。ゲノム情報からハロゲンメチルトランスフェラーゼをコードすると推測された遺伝子を大腸菌に形質転換して培養実験を行った結果、クロロメタンが生成されることが確認されています。このように、メチルトランスフェラーゼは生命科学の枠を超えて、環境化学や地球化学の分野においても重要な酵素として認識されており、鉱物由来の金属の生物学的変換プロセスにおいて予想外の役割を担っています。

 

参考)日本地球化学会年会要旨集