メチル化とは、分子にメチル基(-CH₃)を付加する化学反応です。この反応はアルキル化の一種であり、置換反応や付加反応として進行します。DNAのメチル化では、シトシン(C)の5位の炭素原子にメチル基が結合し、5-メチルシトシン(5-mC)が生成されます。特にCpG配列(シトシン-グアニン配列)が密に存在する領域であるCpGアイランドで頻繁に起こります。
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タンパク質のメチル化では、ヒストンのリジン(K)残基やアルギニン(R)残基が主な標的となります。ヒストンH3では4、9、27、36番目のリジン、および2、17、26番目のアルギニンがメチル化修飾を受けることが知られています。メチル化はヒストンメチルトランスフェラーゼ(HMT)によって触媒され、S-アデノシルメチオニン(SAM)が普遍的なメチル基供与体として機能します。
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アセチル化は、分子にアセチル基(-COCH₃)を導入する化学反応です。有機化合物中の活性水素原子がアセチル基で置換される置換反応として進行します。水酸基(-OH)の水素原子がアセチル基で置換されると、エステル(酢酸塩、アセテート)が生成されます。
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ヒストンのアセチル化は、ヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HAT)によって促進され、ヒストンのN末端テールのリジン(K)残基を標的とします。アセチルCoA(アセチルコエンザイムA)がアセチル基の供与体として使用されます。リジン残基がアセチル化されると、正電荷が失われ、ヒストンとDNAの結合が弱まります。
メチル化に関わる酵素には、メチル化を導入するヒストンメチルトランスフェラーゼ(HMT)やDNAメチルトランスフェラーゼ(DNMT)、そしてメチル基を除去するヒストン脱メチル化酵素があります。長年ヒストンのメチル化は不可逆と考えられていましたが、2004年にヒストン脱メチル化酵素LSD1が発見され、メチル化も可逆的な修飾であることが明らかになりました。
参考)https://www.activemotif.jp/epigenetics-101
一方、アセチル化では、ヒストンアセチルトランスフェラーゼ(HAT)がアセチル化を触媒し、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)がアセチル基の除去を促進します。これらの酵素は細胞内で動的に働き、クロマチン構造の変化を通じて遺伝子発現を精密に制御しています。
参考)http://www.nsc.nagoya-cu.ac.jp/~jnakayam/_src/sc746/pubj01.pdf
酵素活性の速度にも違いがあります。アセチル化・脱アセチル化は比較的速い反応であり、細胞の応答性が高い特徴があります。一方、メチル化はモノメチル化、ジメチル化、トリメチル化と段階的に進行し、より複雑な調節機構を持ちます。
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両修飾は遺伝子発現制御において対照的な役割を果たします。ヒストンのアセチル化は、全ての場合で転写を活性化する方向に働きます。アセチル化によってヒストンの正電荷が中和され、DNAとヒストンの結合が弱まり、クロマチン構造が緩和されます。これにより転写因子やRNAポリメラーゼIIがDNAにアクセスしやすくなり、遺伝子の転写が促進されます。
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一方、メチル化は転写の活性化と抑制の両方の機能を持つという特徴があります。例えば、ヒストンH3の4番目のリジン(H3K4)のメチル化は転写活性化に働き、ユークロマチン領域(転写活性な領域)のマーカーとなります。しかし、H3の9番目や27番目のリジン(H3K9、H3K27)のメチル化は転写抑制に関与し、ヘテロクロマチン領域(転写不活性な領域)を規定します。
参考)Research KIMURA-LAB
DNAのシトシンのメチル化は、基本的に転写抑制に働きます。メチル化されたDNAはメチル化DNA結合タンパク質(MBD)を集積し、クロマチンの凝縮構造を誘導することで遺伝子の発現を抑制します。
参考)助成研究者情報(一柳健司 先生1)|セコム科学技術振興財団|…
メチル化とアセチル化は互いに独立して働くだけでなく、相互作用しながら遺伝子発現を調節しています。研究によると、メチル化されたヒストンH4は、p300/CBPによるアセチル化反応を促進することが報告されています。また、H3K9メチル化は単に転写抑制だけでなく、他のヒストン修飾と関わり合いながら転写を柔軟に制御する役割があることが示唆されています。
参考)Press Releases - 東京大学 大学院理学系研究…
DNAメチル化とヒストン修飾の連携も重要です。DNAのメチル化状態がヒストンの修飾パターンに影響を与え、逆にヒストンの修飾状態がDNAメチル化の維持に影響します。例えば、DNAメチル化とヒストンH3K9メチル化は協調して遺伝子サイレンシングを引き起こし、染色質の凝縮構造を安定化させます。
ヒストンH3の27番目のリジン(H3K27)では、メチル化とアセチル化が競合的に起こります。H3K27のメチル化は転写抑制を、アセチル化は転写活性化を引き起こすため、同じ部位での修飾の切り替えが遺伝子発現の動的な制御に寄与しています。
メチル化とアセチル化の異常は、様々な疾患の発症に関与しています。DNAの過剰なメチル化は、膀胱がん、胃がん、甲状腺がん、大腸がん、脳腫瘍、肺がん、前立腺がん、乳がんなど多くのがんで高頻度に確認されています。特に、がん抑制遺伝子のプロモーター領域がメチル化されると、その遺伝子の発現が抑制され、がん化が促進されます。
参考)胚発生や細胞分化におけるメチル化DNA結合たんぱく質の役割
ピロリ菌感染による慢性炎症が続くと、胃粘膜細胞にDNAメチル化異常が誘発されます。DNAメチル化異常が蓄積すると発がんリスクが高い状態になり、さらに刺激が加わると胃がんが発生すると考えられています。現在では、胃粘膜でのDNAメチル化レベルを用いて胃がんのリスク診断を行う研究も進められています。
参考)エピゲノムと疾患:日本医療研究開発機構・革新的先端開発支援事…
ヒストンのアセチル化異常もがんや神経疾患と関連しています。アセチル化を調節する酵素(HATやHDAC)の異常は、細胞周期の調節、細胞分化、アポトーシスなどに影響を及ぼし、疾患の発症につながります。神経障害性疼痛の発現時には、いくつかの転写因子の発現がヒストンのアセチル化やメチル化を伴って上昇することが報告されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/147/4/147_225/_pdf
これらの知見を基に、エピジェノム異常を標的とした治療法の開発が進んでいます。DNAメチル化異常を元に戻す薬やヒストンタンパク質のアセチル化を元に戻す機能を持つ薬が開発され、臨床応用されています。
参考:メチル化DNA、タンパク質、および小分子の生物学的プロセスについての詳細な解説
参考:アセチル化の基礎から応用まで、生物学的プロセスとその医学的意義について
参考:エピゲノムと疾患に関する研究成果と臨床応用について