空気エンジンは、内燃機関や電気モータなどの別の動力源によって圧縮された空気をボンベに蓄え、この圧縮空気の圧力を機械的な仕事として取り出す原動機です。内燃機関のガソリンエンジンやディーゼルエンジンが燃料と空気の混合気を燃焼させて膨張したガスでピストンを駆動するのに対し、空気エンジンはタンクに貯蔵した圧縮空気をそのまま膨張させることでピストンまたはタービンを駆動します。
参考)空気エンジン - Wikipedia
具体的な動作サイクルは次のようになります。まず吸入口が開き、圧縮空気がシリンダー内に流れ込みます。次に吸入口が閉じ、シリンダー内の圧縮空気が膨張してピストンを押し下げます。豊田自動織機が開発した「KU:RIN」では、車両に搭載された300気圧の空気ボンベから20気圧に減圧した空気をエンジンに送り込み、これを2気圧まで膨張させることで回転エネルギーを得ています。
参考)https://ameblo.jp/f-mel/entry-11933036350.html
空気エンジンは2世紀以上の歴史があり、小型の携帯型タービンから数百馬力以上のものまで広範囲に使用されてきました。排気が空気のみであるため、鉱山など火気厳禁の場所や空気量の限られた内燃機関が使用できない場所で使う目的で、無火機関車や魚雷などに用いられてきた実績があります。
空気エンジンを構成する主要な部品は、シリンダー、ピストン、コンロッド、クランク、バルブの5つです。シリンダーは圧縮空気を内部に封じ込める筒状の容器で、一般的にはアルミニウムやステンレス鋼が使用されています。シリンダー内にはピストンが配置されており、シールによって空気の漏れを防止する構造になっています。
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ピストンはシリンダー内部で上下に往復運動し、圧縮空気の膨張力を受ける部分として機能します。ピストンは通常、燃焼ガスや圧縮空気の圧力を受けるピストンヘッドと、シリンダーとの接触面として機能するピストンスカートから構成されています。これらの部品が協力して、効率的にエネルギーを伝達する仕組みになっています。
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バルブは吸入口や排気口を開いたり閉じたりする部品で、圧縮空気の流入とタイミングを制御する重要な役割を担っています。圧縮空気をシリンダー内部へ導入する入口としてポート(空気供給口)が設けられており、ここから圧縮空気が供給されることでピストンの動作が開始されます。ピストンの往復運動はコンロッドを介してクランクシャフトに伝えられ、回転運動に変換されます。
空気エンジンには大型の動力装置も存在しますが、空気の膨張時に周囲の熱を奪い結露や凍結、出力低下の問題を起こすことがあるため、熱交換機を使って温める機構を持っていることが多いのが特徴です。
空気エンジンにはいくつかの形式があり、ピストンとシリンダー型とタービン式が代表的です。ピストン式は低回転でのトルクが大きいという特徴があり、タービン式は高速回転に適しています。
スクロール式空気エンジンは、豊田自動織機が開発した「KU:RIN」に採用された独自の方式です。スクロール式コンプレッサは2つの渦巻状の部品を組み合わせて、片方を固定、もう片方を円運動させ、外側の吸気ポートから吸入された気体を中央へ移動させる際に圧縮する構造ですが、空気エンジンではこれを逆に利用します。中央から圧縮された空気を送り込み、膨張させながら外側の排気ポートへ移動させることで回転力を発生させているのです。
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ターボ式の空気エンジンは、圧縮空気の流れを利用してタービンを回転させる方式です。通常のターボチャージャーが排気ガスの流れを利用して圧縮した空気をエンジンに送り込むのに対し、空気エンジンでは圧縮空気がタービンを直接駆動します。高速回転が可能なため、小型軽量で高出力を実現できるという利点があります。
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実験的な設計として、多気筒圧縮空気エンジンも開発されています。特許PL 216801に記載された設計では、対向配置された二重ピストンがトロイダル型シリンダー内でペアで動作する構造により、従来の解決策よりも効果的に圧縮空気のエネルギーを利用できることが実証されています。
参考)https://www.mdpi.com/1996-1073/14/4/1179/pdf?version=1614064834
空気エンジンの最大のメリットは環境性能の高さです。燃料として空気を使用するため、走行中に二酸化炭素を排出せず、排気されるのは通常の空気のみで有害物質を一切出しません。エンジン音が静かで排気ガスも出ないため、都市部や住宅街でも安心して走行できます。
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空気エンジンは小型軽量で高出力のため、瞬発力に優れています。また過熱しないため過負荷に強く、燃料や電気を使わないので引火爆発や感電の危険がない点も安全性の面で優れています。耐水性が高く、排気が低温であることも特徴として挙げられます。
構造がシンプルなため、故障が少なく整備費用が安くなる利点もあります。燃料としての空気は安価であり、電気やガソリンよりも補給コストを低くできる可能性があります。概算によれば、圧縮空気タンクを満タンにするには約2ドル程度の小額な費用がかかるだろうと言われています。
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電気自動車と対照的に、圧縮空気車は長期間使われない状態で放置しておくことができます。空気を使った車の中にはハイブリッドで電気モーターを備えているものもあり、両方のエンジンが必要に応じて最適に使用されることで、さらに車の性能を向上させることが可能です。
空気エンジンには環境性能や安全性など多くのメリットがある一方で、実用化に向けた課題も存在します。最も大きな問題はエネルギー効率の低さです。専門家によると「エネルギー同士のどのような変換であっても、損失という結果になります」とされており、圧縮空気車のエンジンは空気の圧縮に電気エネルギーを使い、それが車を走らせるためのエネルギーを供給するため、エネルギーのロスにつながります。一部の意見では、エネルギー効率が10%程度とされることもあります。
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航続距離が短いことも課題の一つです。プジョーが開発した「ハイブリッド エア」では、中国のエコカー基準であるニュー・エナジー・ビークル規定で義務化されている50kmのゼロエミッション走行を実現できないため、エコカー認定されないところが悩みどころとなっています。
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圧縮空気タンクは事故の際に大変危険になる可能性があります。この問題への対策として、エアタンクは炭素繊維で作られるべきで、事故の際に圧縮空気がつぶされるより逃げられるようにタンクを設計するべきだと提案されています。
さらに、このエンジンは道路上では汚染を出さないと言われていますが、石炭、ガソリンやディーゼルといった従来の燃料が空気圧縮機を作動させるために使われると、それが汚染を引き起こすのではと懸念されています。この問題の唯一の解決策は、太陽光、水力、風力や原子力といった他のクリーンなエネルギー源を空気圧縮に使うことで、それなら汚染レベルはかなり下がるでしょう。
空気エンジンの技術の歴史は古く、最も初期のコンセプトは17世紀にまで遡ります。機能するプロトタイプは1839年にフランスで製造されましたが、当時は放棄されました。1870年代には圧縮空気車両技術において重要な進歩が見られ、「メカルスキ」空気圧モーターの開発が行われました。これは空気圧モーターが道路交通や機関車線に使用された最初の記録です。
参考)https://www.appropedia.org/Air_powered_car/ja
この時期に、主に鉱山用途のためにいくつかが米国に輸入されました。燃焼や火花を必要としないため、空気圧モーターはガス鉱山トンネルではより安全な代替品でした。圧縮空気式機関車がかつて鉱山で使用され、蒸気機関や内燃機関の使用が困難な通気性の良くない場所や火薬工場のように火気の使用が禁止される場所で運転するために使用されました。
参考)圧縮空気推進 - Wikipedia
1920年代には米国で技術が再び登場し、リー・バートン・ウィリアムズという男がガソリン燃焼モーターを改造して、主に圧縮空気で動くようにしました。その後の10年間でさらにいくつかの空気とガソリンのハイブリッドが開発されましたが、この技術は石油業界によって厳しく抑圧されたとされています。
70年代と80年代のガス危機により、世界中の発明家から多数の設計が発表され、全員が空気タンク1つで数か月間稼働できる機械を開発したと主張しましたが、消費者レベルでの生産や流通に至ったものはなかったようです。しかし電化や蓄電池の普及により、鉱山での空気エンジン利用は次第に廃れていきました。