コバルト酸リチウム(LiCoO₂)は、リチウムイオン電池の正極材料として広く使われていますが、熱的安定性に欠けるという重大な欠点があります。この物質は80℃程度で熱暴走を起こすおそれがあり、220℃付近で酸素を放出して発火する危険性が確認されています。過充電状態になると230℃で熱暴走し、400℃まで急激に温度が上昇することがわかっています。
参考)リチウムイオン電池正極材
熱暴走(サーマルランアウェイ)は、電池内部で異常な発熱が発生すると、その熱がさらに化学反応を加速させ、自己発熱が連鎖的に進行して温度が制御不能になる現象です。内部短絡や過充電により正極と負極を隔てるセパレーターが破損すると大電流が流れ、急激な発熱を引き起こします。この反応は発熱の大きい反応であり、周囲のセルにまで熱暴走が拡大したり、周囲の可燃物に引火する危険性があります。
参考)コバルト酸リチウム - Wikipedia
コバルト酸リチウムの熱暴走の危険性は、他のリチウムイオン電池材料と比較しても最も高いレベルにあります。三元系リチウムイオン電池やマンガン酸リチウムイオン電池よりも熱安定性が劣り、火傷を負う高温のガスを発する特性があります。このため、車載用バッテリーには使用されず、主に小型の電子機器に限定されています。
参考)リチウムイオンバッテリーについて - 隠居エンジニアのものづ…
リチウムイオンバッテリーの種類別熱暴走リスクの詳細な比較データ
コバルト酸リチウムは人体に対して複数の健康リスクをもたらします。安全データシートによると、吸入するとアレルギー、喘息または呼吸困難を起こすおそれがあり、アレルギー性皮膚反応を引き起こす可能性があります。粉じん、煙、ガス、ミスト、蒸気、スプレーを吸入しないよう厳重な注意が必要です。
参考)https://www.kishida.co.jp/product/catalog/msds/id/7282/code/020-45912j.pdf
呼吸器感作性および皮膚感作性の両方で区分1に分類されており、これは労働環境において極めて重要な管理対象となることを意味します。作業環境評価基準では管理濃度が0.02mg-Co/m³以下と定められており、適切な換気設備と呼吸用保護具の着用が必須となっています。
発がん性についても懸念があり、国際がん研究機関(IARC)ではグループ2B「ヒトに対して発がん性があるかもしれない」に分類されています。日本産業衛生学会でも「人におそらく発がん性があると判断できる証拠が比較的十分でない物質」として2Bに指定されています。長期にわたるばく露や反復ばく露による血液および膀胱への臓器障害のおそれも指摘されています。
コバルトへの職業的曝露は、採掘や加工作業に従事する労働者にとって深刻な健康リスクとなっています。高濃度のコバルトに曝露された人々には呼吸困難、喘息、さらには肺炎といった症状がよく見られ、慢性呼吸器疾患や心血管疾患のリスクを高めることが報告されています。
参考)リチウム電池材料の健康影響の調査 — Large Batte…
コバルト酸リチウムの公式安全データシート(労働安全衛生法に基づく詳細情報)
コバルト酸リチウムを安全に保管するためには、いくつかの重要な条件を守る必要があります。容器を密閉しておくこと、直射日光を避け換気の良い涼しい場所で保管することが基本となります。保管容器はガラス製が推奨されており、温度管理された環境での保管が望ましいとされています。
取り扱いの際には、適切な換気のある場所で作業し、洗眼設備および手洗い・洗顔設備を設けることが必要です。保護手袋、保護眼鏡・顔面保護具、呼吸用保護具を着用し、取扱中は飲食・喫煙を避けなければなりません。汚染された作業衣は作業場から出さず、再使用する場合には洗濯が必要です。
リチウムイオン電池として製品に組み込まれた状態でも、保管には注意が必要です。直射日光を避けて10~25℃で温度が安定した環境が保管場所として適しています。ショートによる発熱や発火を防ぐために、電池の端子部分が他の金属や電池と接触しないようテープなどで覆う必要があります。
参考)リチウムイオンバッテリーを捨てたい!安全に廃棄する方法とは?…
🔒 保管時の重要ポイント
コバルト酸リチウムを含むリチウムイオン電池は、一般のゴミとして捨てることはできません。自治体が指定する収集場所、またはリサイクル施設に持ち込む必要があります。廃棄までの間は安全な保管が求められ、施錠して保管することが推奨されています。
リチウムイオン電池の適正な処理ルートは以下の流れが一般的です。まず排出事業者による分別保管として、他の金属くずなどと混合せず専用の容器に保管します。次に、リチウムイオン電池の取扱いに精通した許可業者による収集運搬が行われます。中間処理施設では、放電処理による安全化、解体・分別処理、そして有価物(コバルト、ニッケル等)の回収が実施されます。
参考)リチウムイオン電池の適正処理:安全性と法令順守のためのポイン…
回収された有価物はリサイクルされ、残渣は適正に最終処分されます。これにより資源の有効活用と環境保護の両立が図られています。コバルトは貴重な金属資源であり、使用済みリチウムイオン電池から58%もの重量割合でコバルトが回収できるという報告もあります。
参考)https://www.mdpi.com/2075-4701/12/6/1056/pdf?version=1655886494
廃棄物処理法に基づく適切な処理が必要であり、内容物や容器を承認された処理施設に廃棄することが義務付けられています。個人や事業者が独自に処分することは環境汚染や火災事故の原因となるため、必ず専門業者を通じた処理ルートを利用しなければなりません。
♻️ 廃棄とリサイクルの流れ
コバルト酸リチウムは環境に対しても深刻な影響を及ぼす可能性があります。GHS分類では水生環境有害性が短期(急性)で区分1、長期(慢性)でも区分1に指定されており、「長期継続的影響によって水生生物に非常に強い毒性」があることが示されています。環境への放出を避けることが強く求められ、漏出物は必ず回収しなければなりません。
参考)https://www.chemicalbook.com/msds/jp/12190-79-3.pdf
コバルト化合物の環境中濃度を見ると、公共用水域の淡水域では予測環境中濃度(PEC)が9.1 µg/L程度、海水域では0.45 µg/L程度となっています。水生生物に対する毒性試験では、オオミジンコの48時間LC50が1,110 µgCo/L、ニジマスの96時間LC50が1,406 µgCo/L、ウキクサの生長阻害に関する96時間EC50が136 µgCo/Lという値が報告されています。
参考)https://www.env.go.jp/chemi/report/h24-02/profile/pf1-09.pdf
電池を不適切に廃棄すると、これらの有毒物質が水道に流入し、公衆衛生上のリスクが増大する可能性があります。ニッケル採掘においても発がん性の二酸化硫黄を放出し、地元住民に害を及ぼすことが指摘されています。リチウムイオン電池の需要が急増する中、採掘活動の増加により環境への負荷がさらに高まることが懸念されています。
消火水が地上水または地下水のシステムを汚染しないようにする対策も重要です。火災発生時には、コバルトやコバルト酸化物、酸化リチウムといった有害な蒸気が放出される可能性があるため、自給式呼吸器の使用や適切な保護衣の着用が必須となります。
🌍 環境保護のための対策
コバルト酸リチウムの原料となるコバルトの採掘現場では、労働者が深刻な健康リスクにさらされています。コバルトは発がん性物質として分類されており、長期曝露は呼吸器疾患や心血管疾患につながる可能性があります。採掘や加工作業に従事する労働者は最も高いリスクにさらされており、適切な取り扱いとリサイクルにより曝露量を減らし、労働者と環境の両方を守ることが求められます。
リチウムイオン電池の製造工場でも、労働者は肺に損傷を与えるフッ化水素酸蒸気などの危険物質にしばしばさらされます。リチウム化合物への曝露は中枢神経系に害を及ぼす可能性があり、コバルトは呼吸器系疾患や心血管疾患を引き起こす可能性があります。生産作業の反復的な性質により、筋骨格系障害のリスクも存在します。
グローバルなリチウムイオン電池市場の拡大に伴い、コバルト、リチウム、マンガン、ニッケルといった金属の採掘活動が急増しています。これらの金属にはそれぞれ既知の毒性学的リスクがあり、採掘による職業的曝露および環境曝露を通じて潜在的な人体健康リスクをもたらしますが、採掘活動の増加に伴うリスクに関するデータは不足している状況です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11348589/
コバルトへの職業的曝露は主に吸入によって発生し、さまざまな肺疾患を引き起こします。コバルト粉末生産における環境空気を測定した研究では、労働環境における高濃度のコバルト曝露が確認されています。100万人以上の労働者がアメリカだけでもコバルトにさらされていると推定されており、世界規模ではさらに多くの労働者が影響を受けていると考えられます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1904204/
⚠️ 採掘現場の主なリスク
リチウムイオン電池用金属採掘における職業的・環境的・毒性学的健康リスクの包括的レビュー

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