一酸化炭素中毒の治療における最も重要な原則は、できるだけ早期に100%酸素投与を開始することです。一酸化炭素はヘモグロビンと酸素の約200~250倍強く結合するため、通常の大気中(酸素濃度21%)ではCOHb(一酸化炭素ヘモグロビン)の半減期が約320分かかりますが、常圧100%酸素吸入により約80~90分に短縮されます。
参考)https://journal.jshm.net/lib/2015/502-06.pdf
治療の第一段階として、患者をCO発生源から速やかに離し、新鮮な空気のある場所へ移動させることが必須です。その後、非再呼吸式マスクを用いて100%酸素を投与し、全身状態の安定化を図ります。軽症例では、この常圧酸素療法(NBO)のみで回復することもありますが、重症度や症状に応じて高気圧酸素療法(HBO)の適応を検討する必要があります。
参考)一酸化炭素中毒 - 22. 外傷と中毒 - MSDマニュアル…
メディカルノートの一酸化炭素中毒治療ガイドでは、具体的な治療手順と病院での対応について詳しく解説されています。
高気圧酸素療法(HBO)は、2~3気圧の高圧環境下で100%酸素を吸入する治療法で、COHbの半減期を約20~30分にまで短縮できます。日本高気圧環境・潜水医学会と厚生労働省が定める保険診療上の適応疾患として「急性一酸化炭素中毒その他のガス中毒」が認められており、一連の治療で10回まで実施可能です。
参考)一酸化炭素中毒 - Wikipedia
HBO療法の具体的な適応基準は以下のとおりです。
ただし、HBO療法の効果については議論があり、遅発性精神神経症状の発生率を低減する可能性が示唆される一方、有害性を示した研究もあるため、中毒情報センターや高圧治療の専門家への相談が推奨されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9318730/
一酸化炭素中毒の症状は非特異的で、軽度から重度まで幅広い症状を呈します。初期症状としては、頭痛、めまい、吐き気、嘔吐、疲労感などがあり、風邪症状と似ているため見逃されやすいのが特徴です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6381775/
症状の重症度分類:
| COHb濃度 | 主な症状 |
|---|---|
| 10~20% |
軽度の頭痛、めまい、吐き気 |
| 20~40% | 激しい頭痛、判断力低下、視力障害、ふらつき |
| 40~60% | 意識障害、けいれん、昏睡 |
| 60%以上 |
心停止、呼吸停止、死亡 |
診断は、①CO曝露の可能性がある病歴、②CO中毒に一致する症状、③血液ガス分析によるCOHb値の上昇(非喫煙者で5%以上、喫煙者で10%以上)の3つによって行われます。ただし、CO発生源から搬送されるまでに時間が経過している場合、COHb濃度が既に低下していることがあるため、臨床症状を重視した診断が重要です。
参考)一酸化炭素中毒—意外と知らない診断プロセスと治療法を見直そう…
MSDマニュアルの一酸化炭素中毒診断ガイドでは、専門医向けに詳細な診断手順が記載されています。
一酸化炭素中毒には、急性期の意識障害が回復した後、数日から数週間経過してから精神神経症状が出現する「間欠型一酸化炭素中毒」と呼ばれる病態があります。この遅発性の後遺症は、記憶障害、記銘力障害、性格変化、認知機能低下などの高次脳機能障害として現れ、患者のQOLに大きな影響を与えます。
参考)http://www.iryokagaku.co.jp/frame/03-honwosagasu/379/379-6.pdf
間欠型中毒の発症メカニズムは、酸素欠乏だけでなく、一酸化炭素の組織内蓄積による二次性の局所血流障害や組織のアシドーシスが関与していると考えられています。病理学的には大脳白質の脱髄変化が特徴的で、MRI画像でも異常所見が確認されます。重要なのは、これらの障害の一部は可逆的であり、適切な治療とリハビリテーションによって症状が改善する可能性があることです。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrmc/46/11/46_11_705/_pdf
間欠型中毒を予防するために、急性期における十分な回数のHBO療法の実施が重要とされていますが、具体的な施行期間については議論があります。一般的には、来院後24時間以内に約2時間3気圧のHBOを実施し、その後24時間以内にさらに2回、約2時間2気圧のHBOを追加するプロトコルが有効性を示した研究があります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/geriatrics1964/42/3/42_3_360/_pdf/-char/ja
一酸化炭素中毒が疑われる場合、まず室内を十分に換気し、暖房器具を停止して、速やかに患者を屋外の新鮮な空気がある場所へ移動させることが最優先です。意識がない場合や呼吸・心拍が停止している場合は、直ちに救急車を要請し、必要に応じて心肺蘇生を開始します。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E4%B8%80%E9%85%B8%E5%8C%96%E7%82%AD%E7%B4%A0%E4%B8%AD%E6%AF%92
家庭でできる予防対策:
📌 換気の徹底 - 火気使用時は1時間に1回以上窓を開けて換気し、換気扇を必ず使用する
参考)住宅で起きる一酸化炭素中毒事故に注意!
📌 一酸化炭素警報器の設置 - 就寝場所の近くに設置し、早期発見を可能にする
参考)https://19january2021snapshot.epa.gov/sites/static/files/2015-09/documents/pcmp_japanese_100-f-11-002.pdf
📌 定期的な機器点検 - 暖房機器や給湯器は年に1回、専門家による点検を受ける
参考)一酸化炭素
📌 適切な使用方法の遵守 - 屋外用の発電機やバーベキューコンロを屋内で使用しない
参考)知らなきゃ危険!なぜ発電機で一酸化炭素中毒になる?防ぐ方法を…
📌 排気設備の確保 - 給湯器周辺に物を置かず、適切な排気を妨げない
参考)給湯器による一酸化炭素中毒に要注意!予防と対策|イースマイル
一酸化炭素は無色・無臭のため人間の感覚では検知できず、「沈黙の殺人者」とも呼ばれています。特に冬季の密閉空間での暖房器具使用時には注意が必要で、換気不足による不完全燃焼がCO発生の主な原因となります。厚生労働省や労働安全衛生規則では、空気中のCO濃度を50ppm以下に保つことを求めています。
参考)ストーブ使用による一酸化炭素中毒|初期症状と今すぐできる対策…
東京消防庁の一酸化炭素中毒予防ガイドでは、具体的な事故事例と防止対策が詳しく紹介されています。