イオン交換膜法は、海水中の塩化ナトリウムを電気エネルギーによって濃縮する製塩技術です。この方法の核心は、陽イオン交換膜と陰イオン交換膜を交互に配置した装置内で電気分解を行う点にあります。
参考)イオン交換膜法 - Wikipedia
電解槽の両端に電極を設置し、その間に数千枚のイオン交換膜を交互に並べます。陽イオン交換膜はナトリウムイオン(Na⁺)のみを通過させ、陰イオン交換膜は塩化物イオン(Cl⁻)のみを透過させる構造です。直流電流を流すと、陽イオンは陰極へ、陰イオンは陽極へ移動しますが、イオン交換膜が選択的な篩の役割を果たすため、一つ置きに濃い塩水(かん水)と薄い塩水ができます。
参考)https://hts-saltworld.sakura.ne.jp/salt6/salt6-85-09.html
濃い塩水の濃度は海水の約6倍(約18%)まで濃縮され、この濃縮液が真空式蒸発缶に送られて結晶化します。陽極室では塩化ナトリウム飽和水溶液から塩素ガスが発生し、陰極室では純水に水素ガスと水酸化ナトリウムが生成される仕組みです。
参考)用語解説 | 食用塩公正取引協議会
鉱石やミネラルに興味がある方にとって興味深いのは、イオン交換膜が分子より小さいイオンレベルで物質を選別する点です。PCBや重金属のような大きな化合物は膜を通過しないため、有害物質を濃縮しない安全性の高い製法となっています。
参考)日本の塩:採かんの発達/イオン交換膜法(昭和46年〜)|世界…
イオン交換膜法の詳細な反応機構と化学式
イオン交換膜法で製造される塩の最大の特徴は、塩化ナトリウム純度が約99%と非常に高い点です。この高純度は、イオン交換膜がナトリウムイオンと塩化物イオンを選択的に濃縮する性質に由来します。
参考)6.イオン交換膜法の問題点
興味深いのは、濃縮過程でナトリウム以外のミネラルも一定量は膜を通過する点です。マグネシウム、カルシウム、カリウムなどの陽イオンや硫酸イオンも膜を透過しますが、膜の孔の大きさを調整することでイオンをある程度選別できます。しかし、ナトリウムに似たカリウムイオンは異常に濃縮され、生命に必須の微量元素は排除されてしまう特性があります。
参考)https://hts-saltworld.sakura.ne.jp/salt6/salt6-97-05.html
イオン膜塩の成分組成と健康への影響に関する科学的分析
海水の成分組成と比較すると、イオン交換膜法の塩は塩化ナトリウムの純度が極めて高く、他のミネラル分が少なくなります。この特性から工業用途では高い評価を受けていますが、食用として使用する際の栄養学的な側面については議論があります。
塩の製造過程ではイオンが物理的に移動して濃縮されるだけで、化学反応は起こっていません。海水を濃縮しても塩水を濃縮しても同じ塩が得られるため、化学塩ではなく物理的な分離による天然塩と言えます。
イオン交換膜法の製造工程は、大きく分けて濃縮工程と晶析工程の2段階で構成されます。まず海水は濾過機にかけられて不純物が除去され、イオン交換膜透析槽に送られます。
参考)塩のつくり方
濃縮工程では、イオン交換膜透析装置で海水の塩分が約18%まで濃縮されます。この装置内では陽イオン交換膜と陰イオン交換膜が交互に数千枚配置され、両端の電極から直流電流が流されます。薄くなった海水には常に新しい海水が供給され、濃い塩水(かん水)が連続的に採取される仕組みです。
晶析工程では、濃縮された塩水が真空式蒸発缶(立釜)に送られて煮詰められます。真空状態で水を蒸発させることで、低温でも効率的に塩の結晶を析出させることができます。結晶化した塩は遠心分離機で余分な水分を除去され、乾燥機でサラサラの状態に仕上げられて製品となります。
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参考)いまどきな塩づくり|トイメディカル株式会社
この製法の優れた点は、多くの水を蒸発させるために莫大なエネルギーを使うことなく、塩を作るのに必要なナトリウムイオンと塩化物イオンだけを集められる点です。従来の蒸発法と比較して大幅にエネルギー消費を削減できる技術革新となっています。
日本における食塩電解技術は、歴史的に大きな変遷を遂げてきました。かつて使用されていた主な製法は、アスベスト隔膜法と水銀法の2つです。
参考)https://hts-saltworld.sakura.ne.jp/salt6/salt6-00-11.html
隔膜法は1890年にドイツで、水銀法は1897年にイギリスで商業生産が始まった歴史ある技術です。しかし、隔膜法では人体に有害なアスベストを使用し、水銀法では環境汚染の原因となる水銀を使用していたため、安全性と環境負荷の面で重大な問題を抱えていました。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/electrochemistry/73/4/73_303/_pdf/-char/ja
日本では水銀法が1986年6月に、隔膜法が1999年8月に完全に姿を消し、以降すべてイオン交換膜法に切り替わりました。旭化成が世界で初めて商業ベースでの稼働に成功したイオン交換膜法食塩電解プロセスは、1975年に販売を開始して以来、40年以上の実績を持ちます。
参考)イオン交換膜法 大型食塩電解プロセス受注について
イオン交換膜法の最大の利点は、有害物質を使用せず環境負荷が低い点です。電解電圧が低く電力消費量が少ないため、省エネルギー性能にも優れています。標準的なイオン交換膜法食塩電解槽は電流密度30 A/dm²、槽電圧約3.0Vで運転され、電流効率は96%に達します。ゼロギャップ方式の採用により約10%のエネルギー効率化も実現しています。
参考)交換膜事業のビジネスモデル変革が支える苛性ソーダ・塩素の供給…
| 製法 | 使用物質 | 運用期間(日本) | 環境影響 |
|---|---|---|---|
| 水銀法 | 水銀 | ~1986年6月 | 人体有害・環境汚染 |
| 隔膜法 | アスベスト | ~1999年8月 | 人体有害 |
| イオン交換膜法 | イオン交換膜 | 1972年~現在 | 低環境負荷・省エネ |
鉱石愛好家にとって意外な視点として、イオン交換膜法が鉱物や岩塩の価値認識に与える影響が挙げられます。イオン交換膜法によって純度の高い塩化ナトリウムが効率的に大量生産されるようになったことで、天然の岩塩鉱床や塩湖由来の塩が持つ自然由来のミネラル組成の価値が再認識されるようになりました。
世界の塩の主流は岩塩や湖塩であり、原料や製造工程の違いによって成分や味が大きく異なります。イオン交換膜法で作られる高純度塩化ナトリウムと、天然鉱床から採掘される多様なミネラルを含む岩塩では、結晶構造や微量元素の組成が全く異なるため、鉱物標本としての観点からも興味深い対比となります。
また、イオン交換膜技術は製塩だけでなく、リチウムイオンバッテリーの電極添加剤や、海水からのリチウム回収など、鉱物資源の精製・回収分野にも応用が広がっています。製塩技術を活用したリチウム回収プロセスでは、イオン交換膜法濃縮プロセスを利用して2価イオンを分離除去しながらリチウムを濃縮する技術が開発されています。
参考)https://www.shiojigyo.com/institute/event/ssss/pdf/ssss2011text.pdf
さらに、塩分濃度勾配を利用した発電技術(逆電気透析法)では、イオン交換膜が海水と淡水の塩分差から電力を生み出す重要な役割を果たしており、再生可能エネルギー分野でも注目されています。鉱物由来のイオン交換材料の開発は、環境技術とエネルギー技術の両面で今後ますます重要性を増していくでしょう。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10934257/
イオン交換膜の性能向上により、従来は廃棄されていた産業排水や海水淡水化の濃縮廃液から、マグネシウムやカリウムなどの有用鉱物資源を回収する技術も実用化されつつあります。このような資源循環技術は、鉱物採掘の環境負荷を軽減し、持資源循環技術は、鉱物採掘の環境負荷を軽減し、持続可能な鉱物資源利用を実現する鍵となります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9782584/