グロー放電とアーク放電は、どちらも気体中で発生する放電現象ですが、その性質と発生条件には明確な違いがあります。グロー放電は低圧の気体中で「高電圧・小電流」の条件下で発生し、放電管内の気体分子の温度が低く保たれる特徴を持ちます。一方、アーク放電は「低電圧・大電流」の条件で発生し、放電管内の気体分子が約5,000℃から20,000℃という非常に高温になります。
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放電のメカニズムにも違いがあり、グロー放電では正イオンが陰極に衝突することで二次電子が放出され、この電子が気体分子を電離・励起させることで放電が持続します。この現象はγ作用と呼ばれ、グロー放電の維持に不可欠な役割を果たしています。対してアーク放電は、主に陰極からの熱電子放出によって電子が供給される熱陰極アークと、強い電界により直接電子が放出される冷陰極アークに分類されます。
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電流密度の観点からも両者は大きく異なります。グロー放電の代表的な放電電流密度の上限値は数100mA/cm²程度ですが、アーク放電ではこれをはるかに超える電流密度が実現されます。この高い電流密度により、アーク放電では金属膜層の原子がより多くイオン化され、高エネルギーの粒子が生成されるため、物質の加工や溶解に適しています。
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陰極電圧降下の違いも重要な特徴です。グロー放電では陰極電圧降下が50ボルト以上、場合によっては数百ボルトに達するのに対し、アーク放電では20ボルト以下と小さく、これが低電圧動作を可能にしています。さらに、グロー放電からアーク放電への移行は、印加する電圧を高くするか抵抗を小さくして電流を増加させることで起こり、アーク放電は気体放電の最終形態とされています。
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グロー放電は、放電管内の気圧を数Pa程度の低圧状態に保ち、電極間に高電圧を印加することで発生します。この放電形態では、陰極近傍に特徴的な発光領域が形成され、特に負グロー領域と呼ばれる部分で最も強い発光が観察されます。この発光は、励起された気体分子や原子がより低いエネルギー状態に戻る際に放出される光子によるものです。
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電極構造としては、ガラス管の両端に封入された陰極と陽極から構成され、陰極表面への正イオン衝突によって二次電子が放出される仕組みが採用されています。この二次電子放出は、グロー放電を持続させるための核心的なメカニズムであり、放出された電子が電界によって加速されて気体分子と衝突し、電子なだれ効果として知られる連鎖反応を引き起こします。
参考)放電 - Wikipedia
グロー放電では電流が変化しても電極間の電圧があまり変化しないという特性があり、この安定性が実用装置での利用に適しています。電圧-電流曲線で見ると、グロー放電領域では電圧がほぼ一定に保たれながら電流が増加する特徴的な挙動を示します。この特性により、ネオンライトや蛍光灯などの照明装置、さらには分析装置において安定した放電状態を維持できます。
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鉱石や金属の分析においては、グロー放電発光分析法(GD-OES)という技術が活用されています。この方法では、アルゴンイオンの衝突により試料表面をスパッタリングし、放出された原子をプラズマ中で励起させます。励起状態の原子が緩和する際に放出される光の波長は元素固有であるため、この光を分光することで元素の同定と定量分析が可能になります。
アーク放電の最も顕著な特徴は、その到達温度の高さにあります。アーク放電では5,000℃から20,000℃という超高温が発生し、この熱エネルギーによって鉄をはじめとする多くの金属を溶解することが可能です。鉄の融点は約1,538℃であることから、アーク放電の熱は鉄を容易に溶かして加工できる十分な温度に達しています。
参考)https://www.kabuku.io/tech/mw-basic/arc-welding/
アーク溶接では、電極となる溶接棒やワイヤーに電流を流し、その電極を溶接したい金属に当ててアーク放電現象を発生させます。このとき、空間的に離れた2つの電極に電圧をかけることで空気の絶縁が破壊され、電極間に電流が発生して強い光と高い熱が生じます。この現象を利用することで、2枚の金属を効率的に接合できます。
参考)アーク溶接の種類と原理
アーク放電は、消耗電極式(溶極式)と非消耗電極式(非溶極式)の2種類に大別されます。消耗電極式では溶接棒やワイヤー自体が溶けて溶接材料となるのに対し、非消耗電極式では電極は溶けずにアークのみを発生させます。産業用途では、製鋼用直流アーク炉が代表的な応用例であり、炉上部の可動電極からアークを発生させ、溶湯を通して炉底電極との間に電流を流すことで鉄鋼スクラップなどを溶解します。
参考)産業用電気加熱への応用
アーク放電によって発生するアークプラズマは、内部の電子温度と周囲の分子やラジカルの温度がほぼ等しい熱プラズマとして分類されます。磁力などでアークを絞って電流密度を高くすることで、数万度という極めて高い温度を得ることも可能であり、これにより様々な物質を溶解・加工する用途に利用されています。
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グロー放電発光分析法は、鉱石や金属材料の成分分析において非常に有効な技術です。この方法では、試料表面にグロー放電プラズマを接触させることでスパッタリングを行い、放出された原子を励起させて発光スペクトルを測定します。発光線の波長から元素を同定し、その強度から定量分析を行うことができるため、鉱物の組成を詳細に調べることが可能です。
参考)グロー放電発光分析(GD-OES)
高周波方式のグロー放電を用いることで、酸化膜・セラミックス・ガラスなどの非導電性材料の深さ方向分析も実現できます。従来は導電性材料に限定されていた分析が、この技術により幅広い鉱物試料に適用可能となりました。また、測定前の化学的処理が不要であるため、迅速な分析にも対応できる利点があります。
鉱物の発光現象に関して、一部の鉱物は紫外線やX線、電流などのエネルギーを受けると発光する特性を持っています。この現象はルミネッセンスと呼ばれ、鉱物が吸収したエネルギーを可視光として放出する仕組みです。グロー放電分析では、この原理を応用してプラズマ中で励起された原子が発する光を利用することで、鉱物中に含まれる微量元素まで検出することができます。
参考)キラッと☆きらめく鉱物の世界 - 『科学館日記』
金属元素だけでなく、酸素や水素などの軽元素の分布も調査可能である点が、グロー放電発光分析の大きな強みです。例えば、酸洗・焼鈍後のチタン材の表面元素分布調査など、鉱物資源や金属材料の品質管理において重要な役割を果たしています。高速スパッタリングが可能なため、数十μm程度の厚い皮膜でも迅速に分析でき、表面・界面・バルク組成の同時分析が実現されています。
アーク放電によって生成される高温プラズマは、金属加工だけでなく様々な産業分野で応用されています。プラズマ処理では、アーク放電の経路や電極を円筒状やノズル状にすることで、アークを拘束したりプラズマを一方向に噴出させるなど、指向性を改善した利用が可能です。これにより、処理対象に対して効率的にエネルギーを伝達できます。
鋳造工場では、アーク式取鍋加熱装置という設備が使用されています。この装置では、溶湯を運搬する取鍋にアーク電極を挿入し、注湯前の予熱を行います。熱源温度が高く取鍋をほぼ密閉状態にすることで、加熱時間の短縮とエネルギーの大幅な削減が実現され、さらに周囲の熱環境や騒音環境の改善にも貢献しています。
海底資源探査の分野では、アーク放電を利用した現地元素調査の研究も進められています。高圧水中でのアーク放電により発光スペクトルを測定することで、海底堆積物に含まれる物質の同定を現地で行う技術が開発されています。酸化金属粉末表面に放電を近づけた際、亜鉛やアルミニウムなどの金属元素の発光が確認されており、この手法による鉱物元素の同定可能性が示されています。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/file/KAKENHI-PROJECT-16K06123/16K06123seika.pdf
アーク放電は熱プラズマとして分類され、プラズマのエネルギーが熱に変換されて周囲の物質を蒸発させる効果があります。この特性は、鉱石の破砕技術にも応用されており、高電圧パルスを岩石に印加することで選択的に鉱物を分離する研究も行われています。機械的な破砕プロセスのエネルギー効率が1%程度と低いのに対し、電気パルスを用いた方法は効率向上の可能性を持っています。
参考)https://www.mdpi.com/1996-1944/15/3/1039/pdf
放電現象において、電極材料と気圧は放電の性質を決定する重要な要因です。典型的な放電は電極間の気体で発生し、低圧の気体中ではより低い電位差で放電が起こります。電流を伝えるものは電極から供給される電子、宇宙線などにより電離された空気中のイオン、そして電界中で加速された電子が気体分子に衝突して新たに電離されてできた気体イオンです。
グロー放電では、放電管内のヘリウム圧力を適切に制御する必要があります。ヘリウムグロー放電発光分光法による分析では、放電管内のヘリウム圧力が665Pa(5Torr)以上に保たれることが一般的です。気圧が低すぎると放電が不安定になり、逆に高すぎると放電開始電圧が上昇してしまうため、適切な圧力範囲での運用が求められます。
参考)https://www.tetsutohagane.net/articles/search/files/94/9/KJ00005028571.pdf
電極材料の選択も放電特性に大きく影響します。熱陰極アーク放電では、陰極を加熱することで熱電子放出を促進させる必要があるため、タングステンなどの高融点金属が用いられます。一方、冷陰極アーク放電では陰極表面の強い電界によって直接電子が放出されるため、電極材料の選択肢が広がります。
参考)アーク放電|電源の用語集|松定プレシジョン
電極間に印加する電圧を上げると、電極間の気体分子が高電圧によって加速された電子と衝突して電離する現象が起こります。この過程はα作用と呼ばれ、電離によって生成された正イオンが負極に衝突する際にγ作用として二次電子放出が発生します。これらの作用により生成される荷電粒子の量が、電極や周囲の空間へ失われる量よりも多くなると、電極間の荷電粒子がなだれ的に増加し、大電流が流れるようになります。
真空放電の実験では、放電管内の気圧を変化させることで放電の様子が大きく変わることが観察されます。高い電圧を電極間に加えると、気圧が低い条件で光っている部分が見られ放電が起こります。この陰極線と呼ばれる現象は、マイナス極からプラス極へと流れる電子の流れであり、電圧を加えた別の電極によって曲げることができます。このような実験結果から、気圧条件が放電現象の本質的な性質に深く関わっていることが理解できます。
参考)【中2理科】真空放電とは ~真空放電の原理・実験、陰極線の変…