後炭手前では、香合は一切使いません。
茶事の流れを大まかに追うと、席入り→初炭手前→懐石→中立→濃茶点前→後炭手前→薄茶点前という順になります。つまり後炭(ごずみ)とは、濃茶が終わった後で、薄茶をいただく前に行う「炭の補充・火直し」のための手前です。
初炭手前が「茶を点てるための火を起こす」という目的であるのに対し、後炭手前は「一度おこした火が弱まったのを補い、薄茶のための湯を保つ」という目的で行われます。目的が違います。
そのため、後炭は初炭ほどのボリュームで炭をつぐわけではなく、火の状態を見ながら必要な分だけ組み入れるのが基本です。亭主の目に映る炉中の景色に応じて、炭の量が変わることもあります。裏千家では「後炭は初炭と違い、火の流れ具合でなるもので、定まった形は無い」と教本でも記されており、ここに後炭の難しさと奥深さがあります。
炉の時期は11月から4月。この半年間だけ炉が開かれ、その中で初炭・後炭の二つの炭手前が行われます。一般的な茶道のお稽古では初炭手前を先に学びますが、後炭手前は「茶事全体の締めくくりに向けた要」として、格別に重視される場面でもあります。
茶炭倶楽部|茶の湯炭に使われる用語一覧(初炭・後炭の定義を確認できます)
後炭手前で使う炭斗(すみとり)の仕込みは、初炭手前とは構成が異なります。最も目立つ違いは「輪胴(わどう)」の存在です。
初炭手前では通常の「胴炭」を使いますが、後炭では胴炭よりも短い輪胴を使います。輪胴は炉中にすでに残っている下火の上に縦向きに乗せるため、長さの調整が必要になります。これは後炭専用の炭の形です。
炭斗の中の構成は以下のとおりです。
| 炭の種類 | 役割・特徴 |
|---|---|
| 輪胴(わどう) | 胴炭の代わり。短く縦につぐ |
| ぎっちょ(丸毬打) | 3本。初炭と同じつぎ方にならないよう向きを変える |
| 枝炭(えだずみ) | 初炭と逆向きに、枝の元が上になるよう立てる |
| 管炭・割管 | 火の補助として火箸で同時につかんでつぐ |
| 点炭(てんずみ) | 最後に置く細い炭。火の流れを整える |
枝炭の向きが「初炭では枝先が上」「後炭では元(根元側)が上」と逆になる点は見落としがちですね。これは茶席における「前と後で景色を変える」という美意識から来ています。
また、炭斗には紙釜敷ではなく組釜敷を使います。紙釜敷は初炭手前のときに懐中して持ち出すものですが、後炭では組釜敷(籐組のもの)を炭斗に仕組み、釜を一時的に釜敷の上に移すために使います。
アメブロ|「初炭と後炭の違い?」——輪胴など後炭の炭の組み方を画像付きで確認できます
炭手前と香合は、切っても切り離せない関係です。茶席を清浄にするためのお香を入れる香合は、炭点前の道具の中でも特に格調高いものとして扱われます。しかし後炭手前では、香合をそもそも持ち出しません。
初炭手前では香合を炭斗に仕組み、亭主が客の前で香合の蓋を取って香をたきます。その後、正客から順に香合の拝見が行われます。これが炭手前の中でも「鑑賞の場面」として美しい所作の一つです。
一方、後炭手前での香は「灰匙の上に練香を直接のせた、さじ香(匙香)」として持ち出します。香合ではなく灰器とともに運ばれ、灰匙から直接炉中に落とす形をとります。つまり後炭では「香合拝見」がありません。
陶器の香合が炉の季節に使われる理由は、炉の時期に使う「練香」の性質にあります。練香は香木の粉末を蜂蜜などと練って固めた固形の香で、湿り気があります。そのため木地や塗物の香合では傷みやすく、陶磁器が選ばれます。
炉の季節の香合は、信楽・瀬戸・備前・志野・唐津など、さまざまな陶磁器が用いられます。陶器の質感と練香の濃厚な香りが組み合わさる冬の初炭手前は、陶器好きにとっても格別の見どころです。
つまり後炭手前は陶器の香合が出ない場面です。だからこそ逆に、初炭手前での香合拝見の価値がより際立つとも言えます。
茶道具買取・東京|香合の拝見と見所——炉・風炉の香合の材質の違いを詳しく解説
後炭手前を他の手前と大きく区別するものの一つが「灰の扱い」です。灰器を持ち出して、湿し灰を炉中に蒔くのは初炭と同じですが、後炭ならではの細かい約束が複数あります。
まず灰器の仕込みについて。後炭では灰器に湿し灰を入れ、灰匙の上に練香(三角形に形作ったもの)を直接のせた状態で持ち出します。これを「さじ香」といいます。初炭では香合に入れた香を炉中に置きますが、後炭ではこのさじ香の形式をとります。
灰を蒔く手順は初炭とほぼ同様で、向こうの山から左の山へ、左から手前へ、向こうから右の山へという順で5回ほどすくいます。炉の灰形は美しい山の稜線を描くため、蒔き方は慎重に行われます。
さじ香の練香は、灰匙を傾けて炉中に落とすか、あるいはそのまま炉中に置きます。練香が燃えて立ちのぼる香りが、濃茶のあとのひとときをさらに清らかにします。これは時間にして10秒ほどの短い動作ですが、客にとっては茶事の深みを感じる瞬間でもあります。
また、後炭での灰まきが終わると灰匙は伏せておきます。これが「後炭の所作が一段落した」ことを示す合図でもあります。灰器の扱いを含め、後炭手前では「道具を最小限に、でも所作は丁寧に」という精神が随所ににじみ出ています。
茶道具買取・東京|炭道具の基本的な扱い——灰器・灰匙の持ち方・置き方を確認できます
裏千家には、通常の炉とは別に「大炉(だいろ)」という特別な炉があります。2月に開かれる大炉は、通常の炉縁が一尺四寸(約42cm)であるのに対し、一尺八寸(約54cm)という大きなサイズです。名刺の長辺が約9cmですから、大炉は名刺約6枚分の一辺をもつ大きな炉です。大炉は玄々斎(げんげんさい)が創案したとされています。
この大炉の後炭手前には、通常の後炭にはない独自の所作があります。その中でも特に陶器好きの目を引くのが「陶器の灰匙(はいさじ)」の使用です。
裏千家の家元一問一答には「陶器の灰匙を大炉以外で用いることができますか」という質問があり、これに対する回答として「大炉の後炭手前に用いる灰匙は陶器で作られており、大炉以外では用いない」という旨が示されています。陶器の灰匙は大炉専用です。
通常の炭手前で使う灰匙は銅製(煮黒目仕上げ)や砂張(さはり)、南鐐(なんりょう)のものが多く、金属素材が中心です。ところが大炉の後炭手前だけは陶器製の灰匙が使われます。これは大炉の格と特別性を示すものであり、陶器の灰匙は普通の茶道具屋でもめったに見かけない希少な道具です。
大炉では雪輪瓦(ゆきわがわら)も使われ、初炭手前では雪輪瓦の向こう側に湿し灰を盛って灰匙を立てておく独特のスタイルをとります。大炉は逆勝手で行われるため、慣れた人でも左右の感覚が逆になり、改めて習い直しが必要になります。
裏千家公式|家元と一問一答(大炉・後炭手前・陶器の灰匙など茶道の疑問に家元が直接回答)
後炭手前は「初炭のあとにするもの」という位置づけから、稽古では後回しにされがちです。しかし実際の茶事では、後炭の出来が薄茶の質にも影響するため、亭主の技量が試される場面でもあります。
見落としやすいポイントを整理すると、まず「炉中拝見」の存在です。後炭手前では初掃きのあと、正客から順に炉縁に進んで炉中を拝見する所作があります。これは後炭手前だけに現れる独自の場面です。客側が「炉の中の景色を見せていただく」という意味を持ちます。
次に「釜を上げるタイミング」です。後炭では釜を組釜敷に上げてから炭をつぐ作業に移ります。釜を炉から出す・戻すという一連の動作は初炭とも異なる手順を含みます。慌てて炭をつごうとする前に、まず釜をきちんと扱う準備が必要です。
また、水次(みずつぎ)の仕込みも後炭特有です。後炭では最後に釜に水を足す「水次(水継ぎ)」の場面があり、片口か薬罐(やかん)を使います。この水次は初炭にはない後炭だけの所作です。
道具選びの観点から言えば、後炭に使う灰器は釉薬のかかっていない素焼き系の陶器が一般的です。炉用の灰器は藤灰や湿し灰を入れるため、大振りでずっしりとした重量感があります。こうした道具の質感や土味を楽しめることも、陶器好きの方が茶道の炭手前に惹かれる理由の一つでしょう。
茶道具店では炉の季節に合わせた陶器製の香合や灰器が多く並びます。たとえば「茶道具 後炭 道具 炉用」と調べると、備前焼や信楽焼の灰器が多数見つかります。稽古を始めたばかりの方でも、道具を一つ一つ手に入れる楽しみが後炭手前にはあります。
茶の湯おぼえがき|炭手前 炉(後炭)——仕込みから水次まで全手順を図解つきで解説