塩化銀の化学式がAgClになる最大の理由は、銀イオンが1価の陽イオンAg+として存在するためです。銀の原子番号は47で、電子配置は2-8-18-18-1となり、最外殻に電子が1個存在します。この最外殻電子が1個失われることで、銀は安定した1価の陽イオンAg+になります。
参考)なぜ、塩化銀はAgClなのですか?AgCl2ではないのですか…
一方、塩素は原子番号17で、最外殻に7個の電子を持つため、電子を1個受け取って1価の陰イオンCl-になります。したがって、電荷の中和により銀イオンAg+と塩化物イオンCl-は1:1の比率で結合し、AgClという化学式になるのです。
参考)モール法で何がわかるのか?沈殿滴定の原理についてわかりやすく…
銀が2価や3価ではなく1価のイオンとして安定する理由は、遷移元素特有の電子配置に関係しています。銀は遷移元素であり、内側の電子殻を先に満たしていくため、最外殻の電子が1個になり、これが失われることで安定な電子配置を実現します。
参考)なぜ銀イオンのイオン式がAg +になるのか教えてください -…
塩化銀AgClは形式的にはイオン結合性の化合物ですが、実際には共有結合性も強く持つ特殊な物質です。一般的に金属元素と非金属元素の化合物はイオン結合に分類されますが、塩化銀の場合、Ag-Cl結合にはある程度の共有結合性が含まれます。
参考)塩化銀(I) - Wikipedia
この共有結合性の高さが、塩化銀の様々な性質に影響を与えています。例えば、塩化銀は岩塩NaClと同じ塩化ナトリウム型の結晶構造を持ちますが、水にほとんど溶けないという特徴があります。0℃で水1リットルに0.70mgしか溶解せず、これは典型的なイオン結合性化合物とは異なる挙動です。
参考)塩化銀(エンカギン)とは? 意味や使い方 - コトバンク
また、塩化銀は負荷をかけると岩塩のように砕けるのではなく、展性を示して塑性変形する性質があります。ナイフを当てると角のように削れる柔らかさを持ち、さらに電気伝導性も示します。これらはすべて共有結合性が高いことに起因する特徴です。
参考)https://home.hiroshima-u.ac.jp/ktng320/PDF/5nenhoshu.pdf
塩化銀AgClは水溶液中でほとんど電離せず、難溶性の弱電解質として沈殿します。この性質を定量的に表すのが溶解度積です。塩化銀の溶解度積Kspは約1.8×10^-10^(mol/L)^2^という非常に小さな値を持ちます。
参考)溶解度積とは(沈殿の計算・求め方・単位)
溶解度積とは、飽和溶液中でのイオン濃度の積を表す平衡定数で、AgClの場合はKsp=[Ag+][Cl-]と表されます。水溶液中で銀イオンAg+と塩化物イオンCl-のイオン積[Ag+][Cl-]が溶解度積を上回ると、塩化銀の白色沈殿が生成します。
参考)溶解度積(計算問題・単位・溶解度との関係・沈殿生成判定など)…
例えば、硝酸銀水溶液に塩化物イオンを含む水溶液を加えると、すぐに白色の塩化銀沈殿が生じます。この反応は次のように表されます:Ag+ + Cl- → AgCl↓(白色沈殿)。この高い沈殿生成能力により、塩化銀は分析化学のモール法やフォルハルト法などの滴定分析に利用されています。
参考)フォルハルト法で何がわかるのか?沈殿滴定の原理についてわかり…
塩化銀が持つ重要な性質の一つが感光性です。光を吸収すると容易に分解して紫色を経て黒変する特性があり、この性質が写真フィルムの基礎技術として長年利用されてきました。
参考)https://www5.dent.niigata-u.ac.jp/~radiology/edu/basics/basics_techniques.pdf
ハロゲン化銀(塩化銀AgCl、臭化銀AgBr、ヨウ化銀AgI)は光を吸収すると内部の電子が結晶の一部に集合して感光核を形成します。光が当たった部分では、AgCl → Ag + Cl という分解反応が進行し、銀粒子が生成されます。フィルムに当たった光がハロゲン化銀を化学変化させて潜像を作り、現像液で処理することで銀粒子に変化して画像が現れるのです。
参考)キヤノン:技術のご紹介
塩化銀は他のハロゲン化銀と比較して感光感度が異なり、特定の波長の光に対する反応性を持ちます。カラーフィルムでは、ハロゲン化銀に色素を加えることで特定波長の光だけに反応させる技術が使われており、青・緑・赤の各層を感光させて色を記録します。
塩化銀は自然界にも鉱物として存在し、角銀鉱(かくぎんこう)または塩化銀鉱と呼ばれています。化学式AgClで表される天然鉱物で、銀の二次鉱物として銀鉱床の酸化帯に産出します。
参考)https://lapisps.sakura.ne.jp/gallery10/747chlorargy.html
角銀鉱の名前の由来は、その柔らかい性質にあります。硬度が非常に低く可塑性に富むため、ナイフで角のように削ることができるのです。この柔軟性は、先述した共有結合性の高さに起因しています。
参考)https://www2.city.kurashiki.okayama.jp/musnat/geology/mineral-rock-sirabekata/mineral44/epx-mineral/henkouhanshakenbikyou-koumoku/oreminerals/chlorargyrite.htm
鉱物学的には、角銀鉱は等方体の結晶系に属し、平行ニコル下では灰色ですが内部反射でやや黄色がかって見えます。融点は455℃、沸点は1550℃で、密度は5.56 g/cm³です。結晶は塩化ナトリウム型構造で、格子定数a=5.54Å、Ag-Cl結合距離は2.77Åとなっています。
角銀鉱は銀鉱石として経済的価値があり、古くから銀の採取源として利用されてきました。また、その独特な物理的性質から鉱物学研究の対象としても興味深い存在です。

R218/R0305 飽和塩化銀参照電極 R0302/R0303 取り外し可能な Ag/AgCl 塩化銀参照電極。(R0302,1pc)