塩化アンモニウムの化学式がNH4Clとなるのは、アンモニアNH3に水素イオンH+が配位結合することで、アンモニウムイオンNH4+が形成されるためです。アンモニア分子は窒素原子に非共有電子対を持っており、この電子対を電子を持たない水素イオンに一方的に提供することで配位結合が生まれます。
参考)アンモニアの化学式はNH3なのに、塩化アンモニウムの化学式が…
配位結合によって形成されたアンモニウムイオンNH4+は、陽イオンとして振る舞います。このアンモニウムイオンが陰イオンである塩化物イオンCl-とイオン結合することで、塩化アンモニウムNH4Clという化合物が完成します。つまり、元々のアンモニアNH3の窒素に結合していた3つの水素原子に加え、配位結合した1つの水素イオンが加わることで、合計4つの水素原子がNH4+という形になるわけです。
参考)【質問】化学(高校):塩化アンモニウムにはなぜ分子間力がはた…
非金属元素どうしのイオン結合 - 福島廃炉安全工学研究所
配位結合とイオン結合の仕組みについて、視覚的に分かりやすく解説されています。
塩化アンモニウムNH4Clの内部には、共有結合と配位結合という2種類の結合が存在しています。まず、アンモニア分子NH3の段階では、窒素原子の不対電子3個と水素原子の不対電子3個が共有結合を形成しています。この共有結合では、両方の原子が電子を1個ずつ出し合って結合を作ります。
参考)化学の質問です。NH4Cl(塩化アンモニウム)はイオン結合、…
一方、配位結合は、窒素原子に残っている非共有電子対を、電子を持たない水素イオンH+に一方的に提供することで形成される結合です。この配位結合によってアンモニウムイオンNH4+が生成されますが、興味深いことに、一度配位結合が形成されると、4本のN-H結合すべてが同等の性質を持つようになります。つまり、結合後は共有結合でくっついた水素と配位結合でくっついた水素を区別することができなくなるのです。
参考)電子式/イオン式から配位結合/錯イオンの仕組みまでわかりやす…
塩化アンモニウムの結晶構造では、このアンモニウムイオンNH4+と塩化物イオンCl-がイオン結合によって規則正しく配列しています。さらに、結晶内では水素結合も働いており、複雑な三次元構造を形成しています。
参考)https://www.edu.city.kyoto.jp/science/3d/NH4Cl.html
配位結合の仕組みと共有結合との違い - ViCOLLA Magazine
配位結合の電子式や構造式について、図解を用いた詳しい説明が掲載されています。
塩化アンモニウムは、アンモニアNH3と塩酸HClが中和反応することで生成されます。この反応は、NH3 + HCl → NH4Clという化学反応式で表されます。中和反応の中でも特殊なケースで、通常の中和反応と異なり、生成物として水H2Oが一般的には反応式に書かれません。
参考)塩酸とアンモニアの中和反応の化学反応式を教えていただきたいで…
この中和反応は、溶液中で行われる場合と気体同士で行われる場合で様子が異なります。気体同士の反応では、発生したアンモニアガスと揮発性の塩酸蒸気が接触すると、白煙となって塩化アンモニウムが生成されます。この白煙は実験でもよく観察される現象です。
溶液中では、アンモニアがまず水と反応してNH3 → NH4+ + OH-となり、これを塩酸で中和すると NH4+ + OH- + HCl → NH4Cl + H2O という反応が起こります。工業的には、塩化水素(塩酸)とアンモニアを直接中和させる中和法によって製造されることが多いです。
参考)http://bsikagaku.jp/f-industry/AC-industry.pdf
塩化アンモニウムの製造方法 - PDF資料
中和法やソーダ併産法など、工業的な製造プロセスについて詳細な解説があります。
塩化アンモニウムの構造的な特徴として、非金属元素のみで構成されているにもかかわらずイオン結合を形成している点が挙げられます。通常、イオン結合は金属元素と非金属元素の間で形成されるものですが、塩化アンモニウムを構成する窒素N、水素H、塩素Clはすべて非金属元素です。それでもイオン結合が成立するのは、NH4+というアンモニウムイオンとCl-という塩化物イオンが形成されているためです。
参考)イオン結合とは(例・結晶・共有結合との違い・半径)
塩化アンモニウムは分子ではなくイオン性化合物であるため、分子間力は働きません。その代わり、結晶内では強いイオン結合が支配的です。この結晶構造において、アンモニウムイオンと塩化物イオンは1:1の割合で結合しているため、組成式はNH4Clとなります。
塩化アンモニウムの結晶構造では、アンモニウムイオンの水素原子と塩化物イオンの間で水素結合も形成されており、層状の構造を作り出しています。この複雑な結合構造により、塩化アンモニウムは特有の物理的性質を示します。
塩化アンモニウムの特徴的な性質の一つが昇華性です。通常の物質は固体から液体、液体から気体へと段階的に状態変化しますが、塩化アンモニウムは加熱すると固体から直接気体になる昇華という現象を示します。大気圧下では融点と沸点を持たず、昇華点を持つ特殊な物質です。
参考)塩化アンモニウム ammonium chloride
加熱時には分解昇華が起こり、337.8℃で分解が始まります。この分解反応では、塩化アンモニウムがアンモニアガスNH3と塩化水素ガスHClに分解されます。この分解反応は、塩化アンモニウムの生成反応の逆反応にあたります。冷却すると再び塩化アンモニウムに戻るため、可逆的な反応です。
参考)https://www.maruiti.co.jp/wp/wp-content/themes/maruichi/pdf/industrial/12125-02-9.pdf
興味深いのは、蒸気圧が34.5atmという高圧になったときに、ようやく520℃で融点を示すという点です。この特殊な性質により、塩化アンモニウムは精製や分離の際に昇華という方法を利用することができます。また、比重は1.53で、白色の結晶性固体として存在します。
塩化アンモニウムは工業的に多様な用途を持つ重要な化学物質です。特に注目されるのが乾電池の電解質としての利用です。マンガン乾電池では、塩化アンモニウムが電解液の主成分として使われており、電池内で重要な役割を果たしています。
参考)塩化アンモニウム
乾電池内での反応は、2MnO2 + 2NH4Cl + Zn → 2MnOOH + Zn(NH3)2Cl2という化学式で表されます。この反応において、塩化アンモニウムは複数の役割を担っています。まず、塩化亜鉛が加水分解して水酸化亜鉛の沈殿を生じないようにする働きがあります。塩化アンモニウムによって亜鉛が錯イオンZn(NH3)2Cl2として存在することで、沈殿の生成を防ぎます。
参考)【初心者ノート】マンガン乾電池(塩化アンモニウム型)のしくみ…
さらに、塩化アンモニウム自身が弱酸性の環境を作り出すことで、正極反応に必要な水素イオンを提供する役割も担っています。現代のマンガン乾電池では、塩化アンモニウムと塩化亜鉛を組み合わせた電解液が使用されることが多く、塩化亜鉛を多く含む配合にすることで、より大きな電流を連続して取り出せるようになっています。
参考)マンガン乾電池について質問です。 マンガン乾電池の電池式は↓…
電池以外にも、亜鉛メッキの染料、繊維の光沢仕上げ剤、医薬品、分析用試薬、皮なめし、メッキ浴添加剤、セメント、冷媒、安全爆薬、融雪剤など、実に幅広い分野で使用されています。食品添加物としても利用されており、膨張剤として重炭酸ソーダと併用されることもあります。
一次電池・二次電池とは?違いや構造を解説 - TDK
マンガン乾電池の構造と電解液の役割について、図解を交えた詳しい解説が掲載されています。
塩化アンモニウムは「塩安」という略称で呼ばれ、農業分野で重要な窒素肥料として広く使用されています。25~26%の窒素を含有しており、この窒素はアンモニア態窒素として存在します。アンモニア態窒素は土壌コロイドによく吸着される性質があるため、流失が少なく、基肥・追肥の両方に適した汎用性の高い窒素肥料です。
参考)塩安:技術情報 - 株式会社ファイマテック -
塩安肥料には多くの優れた特性があります。まず、根腐れの原因となる硫化水素の発生が少ないため、根を健全に育てることができます。光合成を促進させる効果があり、作物の登熟を向上させます。さらに、倒伏を軽減して栽培を安定させる効果や、お米の食味向上にも貢献します。
参考)https://miyanou.myswan.ed.jp/wysiwyg/file/download/1/2226
溶解性が高いため速効性の窒素肥料に分類され、畑や水田の両方で使用可能です。塩安を含む肥料の効果として、「安定・多収」「倒伏軽減」「根腐軽減」「光合成促進」「食味・品質向上」といった点が多くの研究成果で確認されています。日本では肥料用塩安は従来、食塩を原料としてソーダを製造する際の副産物として生産されていましたが、2010年代半ば以降は生産を停止し、現在販売されている塩安はすべて輸入品となっています。
塩化アンモニウムを水に溶かした場合の性質も、化学的に興味深いポイントです。塩化アンモニウムは水に良く溶け、水溶液は弱酸性を示します。20℃における水への溶解度は37.2g/100g水で、60℃では55.2g/100g水まで増加します。
参考)【高校化学】「塩化アンモニウムの加水分解」
塩化アンモニウムの水溶液が弱酸性を示す理由は、加水分解によるものです。塩化アンモニウムは、一価の酸HClと一価の塩基NH4OHから生成した正塩と考えることができます。水溶液中では、アンモニウムイオンNH4+が水分子からOH-を奪い、その結果残された水分子の水素イオンH+によって間接的に液性が酸性になります。
参考)http://kinki.chemistry.or.jp/pre/a-368.html
塩化アンモニウムは完全に電離する性質を持っています。水溶液中では NH4Cl → NH4+ + Cl- という電離が起こり、アンモニウムイオンと塩化物イオンに分かれます。塩化物イオンは電離しやすいため、塩化アンモニウムは完全に電離します。ただし、アンモニウムイオンは弱塩基であるため、すべてが電離しているわけではありません。
この性質を利用して、塩化アンモニウムは各種分析用の汎用試薬としても活用されています。また、溶解時の性質を考慮して、繊維の光沢仕上げ剤や染料など、さまざまな工業プロセスで使用されています。