エミール・ガレ ひとよ茸ランプと価格、作品、ガラス技法

アール・ヌーヴォーの巨匠エミール・ガレの代表作「ひとよ茸ランプ」は、一夜で溶ける儚いキノコの生命を表現した傑作です。被せガラスや手彫り技法を駆使した超絶技巧の作品は現存3体のみ。本物と偽物の見極め方や価格相場について、あなたは正しく理解できていますか?

エミール・ガレ ひとよ茸ランプ

この記事の概要
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ひとよ茸ランプとは

ガレ晩年の代表作で、一夜で溶けるキノコの生命サイクルを三段階で表現した稀少なランプ作品

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超絶技巧の技法

被せガラス、手彫り、錬鉄製台など複数の高度な技法を組み合わせた芸術作品

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ジャポニスムの影響

日本美術の影響を受け、もののあはれという無常観をガラス工芸に昇華

エミール・ガレ ひとよ茸ランプの特徴と作品背景

 

エミール・ガレの「ひとよ茸ランプ」は、1902年頃に制作されたガレ晩年の代表作です。成長の度合いが異なる三本のキノコをかたどった独特のデザインで、総高83.8cm、底長径31.4cmという大型作品として知られています。このランプのモチーフとなった「ひとよたけ」は、新しく生まれるとすぐにぐんぐん成長するものの、一夜でドロドロに溶けてなくなってしまうという非常に儚い性質を持つキノコです。
参考)https://www.suntory.co.jp/sma/collection/data/detail?id=1619

ガレは白血病を患っており、自分の余命がそれほど長くはないと感じていた時期にこの作品を制作しました。新しく生まれ、その日のうちに成長したかと思うと次の朝には溶けて無くなるひとよたけの姿に、ガレは生命のはかなさと力強さを見出したのです。溶けたキノコの横にはまた別の新しい命が生まれているという循環に、消滅と再生という生命の本質を感じ取っていました。
参考)ひとよ茸ランプ href="https://sonokinoko.com/archives/31" target="_blank">https://sonokinoko.com/archives/31amp;#8211; そのきのこ

このランプは合計6個制作されましたが、3個はすでに壊れてしまっており、現存するのは世界に3つだけという非常に稀少な作品です。現在、北澤美術館(長野県諏訪市)、サントリー美術館(東京)、そしてガレの故郷であるフランス・ナンシーに1体ずつ保管されています。北澤美術館にあるひとよ茸ランプは、ガレが亡くなるまで持っていてベッドの脇に置かれていた物であると伝えられています。
参考)エミール・ガレのひとよ茸ランプ: いづつやの文化記号

エミール・ガレ ひとよ茸ランプのガラス技法と制作方法

ひとよ茸ランプには、ガレの技術全てが凝縮されており、「技のデパート」とも評される作品です。脈理が浮かんだ茸形の笠は、クリーム色がかった不透明ガラスに透明と栗色のガラスを重ねた三層被せガラス製となっています。被せガラスとは、ガラス素地の上に違う色のガラスを被せ、被せたガラス部分に酸化腐蝕彫りなどでモチーフを施す技法で、色調が重層的となり深みの増した表現が可能になります。
参考)https://kitazawa-museum.or.jp/collection/collection_01.html

軸の部分は白色ガラス粉を混入した半透明ガラスでねじれが入っており、繊細な加工が施されています。練鉄製の台、止め金、固定具もオリジナルで、細部を研磨して筋目模様を出すという細かな仕事が施されています。灯をともすと深くカットした葉脈から光が漏れ、美しさが際立つ設計になっています。
参考)エミール・ガレとライバル

ガレは「グラヴュール技法」という技法も駆使しており、これはガラスの表面を研磨することで細かい文様や文字などの彫刻を施す技法です。また、酸化腐蝕彫りでは、文様部分を保護膜で覆った後に文様を描き、それをフッ化水素と硫酸の混合液で腐蝕させて文様を作り上げます。このように複数の高度な技法を組み合わせることで、当時としては超絶技巧に値する技術力が発揮されています。
参考)【コラム】ガレの美しさを支える技法のいろいろ

エミール・ガレ作品の価格相場と本物の見極め方

エミール・ガレの本物のランプは非常に高額で取引されており、下は最低でも30万円、上は1000万円を超えるようなものもあります。ガレのランプは制作された数が非常に少なく、稀少性が高いため値段も必然的に高くなります。特に「ひとよ茸ランプ」や「カモメと帆船文ランプ」などの代表作は、独特の形状と光の効果が特徴的で、さらに高価格帯となります。
参考)エミール・ガレの作品価値を知る:作品の特徴と見極め方

本物と偽物の見分け方として、まず生産国を確認することが重要です。ガレはフランスのナンシーという地方で生まれ、そこでガラス工芸品を制作しましたので、ガレの作品は全てフランス製であり、それ以外の国はありえません。ガレの偽物のランプは中国やルーマニアで作られていることが多く、10万円以下のランプであれば、ほぼ偽物と考えられます。
参考)https://antique-tableware.com/blogs/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9/%E6%A5%BD%E5%A4%A9%E5%B8%82%E5%A0%B4%E3%81%A8%E3%81%8B%E3%81%A7%E8%A6%8B%E3%82%8B%E3%82%A8%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%81%AE%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%97%E3%81%AE%E5%81%BD%E7%89%A9-%E6%9C%AC%E7%89%A9%E3%81%AE%E8%A6%8B%E5%88%86%E3%81%91%E6%96%B9-1

エミール・ガレの作品価値を知る:作品の特徴と見極め方 - アート買取協会
本物のガレ作品には、フランス製であることを示す記載があるか、信頼できる美術館や専門業者が扱っているかを確認する必要があります。また、サイン(マーク)が多種多様にあるため、真贋判断がより求められるジャンルでもあり、しっかりと真贋判断・査定のできるところで購入または売却することが推奨されています。​

エミール・ガレとアール・ヌーヴォーの芸術様式

アール・ヌーヴォーとは、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に流行した芸術様式の総称で、フランス語で「新しい芸術」を意味します。この様式の影響は、絵画・彫刻といった美術作品から、建築・家具・工芸品・室内装飾・ファッション・グラフィックデザインなど多岐にわたります。エミール・ガレは、このアール・ヌーヴォーを代表する芸術家として、ガラスと陶器の創作活動を展開しました。
参考)~アール・ヌーヴォー~芸術の新たなる饗宴と魅力

アール・ヌーヴォーの特徴は、花や草木などの有機的なモチーフや曲線を組み合わせて生み出す装飾性と、鉄やガラスといった新素材の利用です。特に植物などの有機的なモチーフを用いた曲線的な装飾のほか、女性をモデルにすることや官能的な表現も多く見られます。19世紀後半の産業革命後、大量生産される安価で粗悪な商品に対抗して、イギリスのウィリアム・モリスが中心となって展開したアーツ・アンド・クラフツ運動が起源となっています。
参考)春に観たい!華やかなアール・ヌーヴォー絵画を国ごとにご紹介

ガレの登場と共に幕を開けた「アール・ヌーヴォー」の時代において、ガレは「ガラス彫刻技法」などを駆使した作品を制作し、ガラスを芸術の域に高めました。1889年と1900年のパリ万博でグランプリを受賞し、ガラスの世界でその名を不動のものにしました。当時の批評家は「ナンシーで日本人として生まれた運命のいたずらを、祝福してあげようではないか」と評するほど、ガレの作品には日本美術との結びつきが深く見受けられました。
参考)https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2008_02/index.html

エミール・ガレとジャポニスムの影響と日本美術

19世紀後半、ヨーロッパでは「ジャポニスム(日本美術ブーム)」が起こり、多くの芸術家が日本の美術や文化に影響を受けました。エミール・ガレもその一人で、日本の意匠を積極的に取り入れていました。ガレが手がけたガラス、陶器、そして家具には、さまざまな形で日本美術との結びつきが見受けられます。当初は表面的なモチーフの転用から出発しましたが、ガレに与えた影響は、日本の美意識への理解が深まるとともに次第に深化し、彼独自の芸術性を確立する上で重要な一端を担うことになりました。
参考)エミール・ガレの作品が日本人に好まれる6つの理由【アール・ヌ…

ガレは日本美術を単に装飾的な要素として取り入れたのではなく、その思想や哲学までも作品に投影しました。これは高島北海との交流による影響が大きく、日本の植物表現の繊細さや「もののあはれ」といった無常観を理解した上で、ガラス工芸に落とし込んだことが関係しています。ガレは熱烈なジャポニザンであったエドモン・ド・ゴンクールのコレクションから影響を受け、日本の動植物のモティーフをガラス工芸に採り入れ新しい表現を生み出しました。
参考)https://iwabass.com/japonism3.html

「ひとよ茸ランプ」にも、この日本的な無常観が色濃く反映されています。一夜で溶けて消えてしまうキノコの姿に、ガレは日本的な美意識である「もののあはれ」や生命の儚さを見出し、それを作品に昇華させたのです。このような繊細なガレの感性は日本の美意識と共鳴するものであり、日本人がガレの作品に親しみを感じる大きな要因の一つとなっています。​
開館1周年記念展ガレとジャポニスム - サントリー美術館

エミール・ガレのランプ作品とドーム兄弟との違い

エミール・ガレはランプをほとんど制作しておらず、晩年に数点残しただけという特徴があります。これは、同時代のライバルであるドーム兄弟がランプを多く制作したのとは対照的です。ドーム兄弟は繊細な絵付作品が特徴で「ガラスの印象派」と呼ばれており、色ガラスの粉で色鮮やかなブルーに発色させたり、金彩を施して表現豊かな作品を制作していました。​
ガレとドーム兄弟は、お互いがライバルとして切磋琢磨しながら、独自の技法に昇華させていきました。ガレの技には、ライバルと比べると執念のような執拗さがあり、同時代を生きた作家たちは高度な技術に触発され、ガラスの輝きを競い個性をぶつけあいました。技法が多ければ多いほど、手間のかかる工程が多ければ多いほど作品が高値で取引きされる傾向にあり、ガレの複数の技法を駆使した作品は特に高く評価されています。​
近年フランスで発見された世界初公開の「茄子型ランプ」も、ガレのランプ作品として注目を集めています。エミール・ガレとドーム兄弟、そしてアルジー・ルソー、ルネ・ラリックといったアール・ヌーヴォー、アール・デコ期を代表するガラス作家たちが競い合うことで、ガラス芸術は飛躍的な発展を遂げました。それぞれの作家が持つ独自の技術に注目しながら作品を見ることで、当時の芸術家たちの情熱と技術力の融合を感じることができます。​