亜硝酸は化学式HNO2で表される窒素のオキソ酸であり、無色の弱酸として知られています。IUPAC命名法の系統名ではジオキソ硝酸(III)と呼ばれ、分子量は47.01です。硝酸HNO3から酸素原子が1つ少ない組成を持つため、「亜」という接頭語が付けられています。
参考)亜硝酸 - Wikipedia
亜硝酸は純粋な液体や固体としては得られず、希薄な水溶液状態でのみ存在する特殊な物質です。亜硝酸バリウムに硫酸を加えて硫酸バリウムの沈殿を濾別する方法や、硝酸に一酸化窒素を通じることで製造されます。この不安定な性質こそが、亜硝酸の化学的特徴を決定づけています。
参考)亜硝酸(アショウサン)とは? 意味や使い方 - コトバンク
化学式HNO2が示す通り、亜硝酸分子は水素原子1つ、窒素原子1つ、酸素原子2つから構成されています。気相中では平面構造をとり、syn型とanti型の2つの構造異性体が存在します。室温ではanti型が優勢で、赤外分光法測定によりanti型がsyn型より約2.3 kJ/mol安定であることが確認されています。
亜硝酸は極めて不安定な物質であり、加熱すると容易に分解します。代表的な分解反応は「3HNO2 → HNO3 + 2NO + H2O」という式で表され、硝酸と一酸化窒素、水に変化します。この反応は温度条件に大きく影響され、一般的には加温により酸化反応と還元反応の両方が進行します。
参考)「亜硝酸」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio辞書
水溶液における亜硝酸の分解反応機構は、気液界面で主に起こることが研究により明らかになっています。反応式「2HNO2 → NO + NO2 + H2O」は、溶液が静置状態にあるときの典型的な分解過程を示しています。興味深いことに、亜硝酸は凍らせると反応が促進されるという通常の化学常識とは異なる挙動を示すことが実験で確認されています。
参考)夢ナビ講義
亜硝酸アンモニウムNH4NO2の熱分解は、自己酸化還元反応の代表例として知られています。この反応では電子がNH4+からNO2-へ移動し、窒素N2と水H2Oを生成します。この反応メカニズムは、亜硝酸化学式が持つ酸化還元特性を明確に示しています。
参考)窒素の単体と化合物の性質・製法
亜硝酸イオンNO2-はV字形の構造を持ち、その頂点の窒素にも末端の酸素にも非結合電子対が存在するため、金属陽イオンに対して複数の配位様式をとることができます。中心の窒素原子で配位する場合はニトロ錯体、末端の酸素原子で配位する場合はニトリト錯体と呼ばれ、これらは結合異性体の関係にあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcrsj1959/30/2/30_2_113/_pdf
亜硝酸イオンの結合は通常の共有結合で構成されており、化学式は-O-N=Oと表現されます。一方、硝酸イオンは配位結合を含む共有結合で構成されるため、両者の化学的性質には明確な違いがあります。この構造的特徴が、亜硝酸イオンの多様な配位挙動を可能にしています。
参考)硝酸イオンは配位結合ですよね?亜硝酸イオンはなに結合ですか?…
亜硝酸イオンの電子密度分布に関する研究では、CdK(NO2)3やBaCd(NO2)4などの化合物で構造の乱れが観察されています。これは亜硝酸イオンが配位子として働く際の柔軟性を示唆しており、鉱物や錯体化合物における亜硝酸の役割を理解する上で重要な知見となっています。
代表的な亜硝酸塩には、亜硝酸ナトリウムNaNO2、亜硝酸カリウムKNO2、亜硝酸カルシウムCa(NO2)2、亜硝酸銀AgNO2、亜硝酸バリウムBa(NO2)2などがあります。これらの化学式はすべて金属陽イオンと亜硝酸イオンのイオン結合により構成されています。
| 化合物名 | 化学式 | 分子量 | 融点 | 比重 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|---|
| 亜硝酸ナトリウム | NaNO2 | 69 | 271℃ | 2.168 | 工業用途が最も広い |
| 亜硝酸カリウム | KNO2 | 85.1 | 350℃(分解) | 1.915 | 火薬原料の硝石の前駆体 |
| 亜硝酸カルシウム | Ca(NO2)2 | 132.09 | - | 2.23 | コンクリート補修剤 |
| 亜硝酸銀 | AgNO2 | 153.87 | 140℃ | 4.453 | 分析化学用途 |
| 亜硝酸リチウム | LiNO2 | - | - | - | 防錆効果に優れる |
亜硝酸塩は天然には硝石として産出されることがありますが、一般的な「チリ硝石」は硝酸ナトリウムNaNO3を主成分とする天然鉱石です。天然の硝石は土壌中に存在する細菌によって生成されます。まずアンモニア酸化細菌が動物の死体や排泄物から発生したNH3からNO2-を生成し、次に亜硝酸酸化細菌がNO2-を酸化してNO3-を生成します。
参考)http://repository.kyusan-u.ac.jp/dspace/bitstream/11178/1418/1/KJ00000206164.pdf
インドのベンガル地方は19世紀に硝石の一大産地として知られ、イギリス東インド会社が年間3000トンものインド硝石を輸入していました。この硝石は主に火薬製造に使用されましたが、亜硝酸イオンも硝石生成過程の重要な中間生成物として機能していました。
亜硝酸塩は鉱業において鉱石処理中の鉱物分離を助け、鉱業用爆薬の重要な成分として活用されています。インドの鉱業部門は2022年度に約12%拡大すると予測され、亜硝酸塩市場の成長が期待されています。鉱石から有価金属を効率的に分離するプロセスにおいて、亜硝酸塩は浮遊選鉱の調整剤として機能します。
参考)亜硝酸塩市場 -規模、シェア、業界分析
建設分野では、亜硝酸カルシウムのような亜硝酸塩が鉄筋コンクリートの耐食性を高める添加剤として使用されています。特に沿岸地域の橋や建物などの構造物において、鋼鉄を保護し寿命を延ばす効果があります。中国の建設産業は2022年に31兆人民元(約4兆6,100億米ドル)を超える生産高を記録し、前年比10%増加しており、亜硝酸塩の需要拡大に貢献しています。
亜硝酸ナトリウムは有機ジアゾニウム塩やアゾ染料の合成、繊維の漂白、金属の表面処理、ジアゾ化滴定用の分析試薬などの広範な用途で使用されています。芳香族第一アミンから芳香族ジアゾニウム塩を作る反応には亜硝酸が必須であり、染料化学において中心的な役割を果たしています。
参考)亜硝酸ナトリウム メーカー15社 注目ランキング【2025年…
亜硝酸ナトリウムの分析方法(公益財団法人日本食品化学研究振興財団)
この資料には亜硝酸ナトリウムの定量分析法が詳細に記載されており、スルファニルアミド溶液とナフチルエチレンジアミン溶液を用いたジアゾ化反応による定量方法が解説されています。
亜硝酸リチウムLiNO2は、コンクリート補修用混和剤として開発された工業用化学製品であり、原料はナフサとリシア輝石です。リシア輝石はリチウムの原料となる希少鉱物で、鉱石としての価値を持ちます。
参考)https://www.kkwn.net/uploaded/files/tech3-1-03.pdf
亜硝酸リチウムは正の電荷を帯びたリチウムイオンLi+と、負の電荷を帯びた亜硝酸イオンNO2-がイオン結合した物質で、水に溶けやすい性質を持っています。通常40%程度の亜硝酸リチウム水溶液として製品化され、薄い黄色または青色の透明な液体として流通します。
参考)亜硝酸リチウム メーカー20社 注目ランキング【2025年】
鉄筋腐食のメカニズムにおいて、不動態被膜が損傷するとアノード部から2価の鉄イオンFe2+が流出し、酸素や水と反応して赤錆FeOOHが生成します。亜硝酸イオンはFe2+と反応してアノード部からの鉄イオン溶出を防止し、同時に不動態被膜Fe2O3を再生します。一方、リチウムイオンはアルカリシリカ反応(ASR)劣化の補修に作用し、アルカリシリカゲルの膨張化を抑制します。
この二重の作用機構により、亜硝酸リチウムは塩害対策と中性化による鉄筋腐食の両方に有効であり、コンクリート全体に浸透して構造物の長寿命化に貢献します。工業的には硝酸リチウムLiNO3の約500℃での熱分解や、一酸化窒素NOと水酸化リチウムLiOHの反応により合成されます。
亜硝酸リチウムの製造方法と防錆原理(Metoree)
亜硝酸リチウムの工業的製造プロセスと、鉄筋コンクリートにおける防錆メカニズムの詳細が図解付きで説明されています。
亜硝酸エステルは亜硝酸と各種アルコールから生成される有機化合物群であり、化学式は一般にR-O-N=Oと表されます。代表的な化合物には亜硝酸エチルCH3CH2ONO、亜硝酸イソアミル(CH3)2CHCH2CH2ONO、亜硝酸t-ブチル(CH3)3CONOなどがあります。
| 化合物名 | 化学式 | 分子量 | 沸点 | 比重 | 用途 |
|---|---|---|---|---|---|
| 亜硝酸エチル | CH3CH2ONO | 75.07 | 17℃ | 0.90 | 化学合成原料 |
| 亜硝酸イソアミル | (CH3)2CHCH2CH2ONO | 117.15 | 97-99℃ | 0.875 | 異性体混合物として利用 |
| 亜硝酸t-ブチル | (CH3)3CONO | 103.12 | 63℃ | 0.8671 | ジェット燃料添加剤 |
| 亜硝酸n-プロピル | CH3CH2CH2ONO | 89.09 | 46-48℃ | 0.8864 | ジェット燃料添加剤 |
亜硝酸エステルは揮発性が高く、比重が1未満の液体として存在します。亜硝酸t-ブチルや亜硝酸n-プロピルはジェット燃料の添加剤として使用され、燃焼特性の改善に貢献しています。これらの化合物は鉱物由来の原料から合成された亜硝酸を出発物質として製造され、航空産業や化学工業で重要な役割を果たしています。
医療分野では、亜硝酸エステルの一種であるacyloxy nitroso化合物がニトロキシル(HNO)供与体として研究されています。これらの化合物は水溶性が改善され、血小板凝集阻害剤としての応用が期待されています。化学式に基づく分子設計により、HNO放出速度を制御することで、異なる生理学的効果を持つ薬剤の開発が進められています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4554820/
食品添加物としての用途では、ハムやソーセージの発色剤として亜硝酸塩が使用されています。肉製品が加熱後も赤みを保つのは亜硝酸塩の働きによるもので、ヨーロッパではE252というE番号が付けられています。ただし食品中のアミノ酸と反応して分解する性質があるため、使用量や反応時間には厳密な管理が必要です。
参考)硝石 - Wikipedia
Peroxynitriteと亜硝酸イオンの関係(同仁化学研究所)
生体内でNOとスーパーオキサイドから生成されるPeroxynitriteが、アルカリ領域でゆっくりと亜硝酸イオンに分解される過程が詳細に解説されています。